Day12 門番

「私は一体誰なんでしょう?」

 旅人は月明かりに照らされた大海原を前にして呟いた。

 彼が佇むテラスのタイルは波飛沫を受けてしっとりと濡れている。

 隣には旅人に寄り添うように長身の支配人が佇んでいた。

「長い旅を続けてきました。けれど、旅に出る前……いや、このホテルに来る前の記憶がないのです。記憶の扉を開けようとすると、誰かがそれを押し留めます。扉の隙間からチラリと何かが見えそうになっても、暗闇から手が伸びてきて、すぐにバタンと閉じてしまう……」

 旅人は振り返る。

 支配人の光る瞳と目が合った。

「私の記憶の扉が開かないように見張っている門番……それは貴方ですね、イガタさん」

「……思い出さなくてもよいものもあるのですよ、お客様。少なくとも、あのお方とお会いするまでは……ね」

 支配人は右手の人差し指を唇に当てて、そっと微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る