第15話 禁足地①

「……お嬢様という概念そのものが、最早古いと言っても過言ではないだろうに。未だそんなことを言えるぐらいなのかしら」


 生粋のお嬢様がそんなことを言ったって、何ら説得力はないと思うぞ。


「そんなものかしらねえ。そう思っているのは、お嬢様だけではないと思うけれど」


 お嬢様を別に馬鹿にした訳ではないが。

 まあ、お嬢様を揶揄しているのは間違いないな。


「……鬼火の話をしても良いかな?」


 そうだった。

 何のためにここに来ているのかを、すっかり忘れていた。

 何も、お嬢様とはなんたるかというのを教えるために来た訳ではないしな。

 それにしても、こちらが落ち着くのを、何も待たなくても良いだろうに……。別に、言ってくれれば話を何時だって中断出来るさ。


「ほんとうにそうかな? こないだの付き合いを見て思ったけれど……、あんた、事なかれ主義だろう。流されるだけ流されて、抵抗することを全くしようとは思っていない。そういうやり方もありなのかもしれないけれど……。或いは、今の若者ってこうなのか?」


 和紗はそんなことを言ったが、年齢は大して変わらないはずだろう?

 別に、ここで年齢差を感じる程のことは、ないだろうよ。


「鬼火の話。そうだった……。それを聞きたかったのに、随分と本筋を外れてしまったよ、全く、誰が悪いのかな?」

「今、犯人捜しをするとえらい時間が掛かると思うけれど、良いか?」

「それは困るかな……。それなら、今すぐ鬼火の話を聞き始めた方が良いだろうね。時間は有限だからね。早く超能力者を見つけ出したいし、それについては、きみ達だって分かっているだろうけれど」


 超能力者なんて居る訳がないだろう。

 もし居るなら、とうのとっくに見つかって研究材料にされているか見世物にされているかのいずれかだろうし。


「鬼火の話はまだか?」


 一応、言っておく。

 鬼火の話を話したいと言っているのに、何時までこんなやりとりを繰り返させるのか。

 ジャンプのアニメも驚きの伸ばし方だよ。


「言うてドラゴンボールよりは伸ばしていないでしょうよ」

「何で関西弁?」

「改になった時は伸ばし伸ばしにしなかった、とは聞いたことあるけれど。でも、現役でアニメを見ていた世代は、かなり困っていたんじゃないかな。結構色々なアイディアを使って、何とか原作に追いつかないようにしていたらしいし」

「週刊連載していてもアニメに追いつかれちゃうなんて、大変だよね」


 いや、まあ、そうなのだけれど。

 今はドラゴンボールの話をしている訳ではないし。


「鬼火の話を……」

「ああ、そうだった」


 そうだった、じゃねえ。

 鬼火の話をしに来たんだろう、その陸上部員は。


「……ああ、そうでした。ちょっと押されてしまって……。でも、大丈夫です。今度は、きちんとお話ししますから」


 ほんとうかな?

 そうも何度も脇道に逸れてしまうぐらいだから、実は大した話ではなかったらどうしようか。


「わたしを馬鹿にしていますか?」


 そんなつもりはないんだよ。

 お前が勝手にそうしているだけだろう。

 そこだけは、はっきりと言っておきたい。


「うーん、でもそれを言われてしまうと残念なことになってしまう——とは思うのですけれど」

「何が?」

「いや、だから……」

「鬼火の話をしに来たんだよな?」


 しっちゃかめっちゃかになりそうな——いや、既になっていたか。失敬失敬——話の流れを、無理矢理に繋ぎ止めたのは他でもない和紗だった。

 和紗は何処か一歩外れた場所でこの会話を流し見ていたのだろう。だから流されることもなく、こうやって冷静に突っ込みを入れることが出来るのだ。

 やはり、一人ぐらいそういった人間は居ないとね。


「じゃあ、話を始めますね……」


 何で諦めた表情で話し始めるんだよ。漸く話をすることが出来るのだから、少しぐらい納得した表情を浮かべてほしいものだけれど……、まあ良いか。

 とにかく、先ずは鬼火の話を聞こう。

 どう推理していくかは——それからだ。



 ◇◇◇



 宇都宮真凜は、陸上部員だ。

 得意種目は短距離。

 陸上部は、長距離、短距離、障害走の三種目で構成されており、大体三割ずつバランス良く配置されている。

 それは、彼女が休憩中に起きた出来事だ。

 陸上部の練習は、基本的に個人で実施される。それは、顧問が忙しいとかそういった理由ではなく、そもそも陸上競技が個人種目であるから、ということが理由だと言えるだろう。

 リレーや駅伝もあるが、それはあくまでもこの学園においては重要ではなく、個人種目に力を入れている以上、練習も個人にならざるを得ないのが事実だ。

 休憩中は、なるべく陸上のことを考えないようにしている、らしい。

 いつも考えていては、頭がパンクしてしまうからだ。

 そうして、走り出すと、何も考えないようにする。

 頭の切り替えを直ぐに出来るのも凄いことだが、そうもしなければ陸上に没頭出来ない。

 ハードルを越える練習をする生徒を見ながら、真凜はふとグラウンドの端にある森を見ていた。



 ◇◇◇



「森?」


 ぼくは分からないことが出てきて、思わず口を挟んでしまった。


「あなた、知らないの? 有栖川学園のグラウンド、その端には山があるのよ。森で覆われているその場所は、禁足地とも言われているの」


 禁足地。

 つまり、誰も入ってはいけない場所。

 そんな場所が、この学校にあるとは……。


「で、その禁足地に足を踏み入れたのか?」

「それを、これから話そうとしたのですが……」


 そいつは失敬。

 ぼくは頭を下げて、話を聞くこととした。

 鬼火——もしかして禁足地と何か関係性があるのか? そんなことを思いながら、再び語り手を真凜に移すのだった——。

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