第二章 グラウンドの鬼火の謎

第14話 陸上部

 鬼火——と言われたところで、それが何であるかを直ぐに言える人間はそう居ないと思う。

 それぐらいに、鬼火はマイナーな存在だ。

 とまあ、ぼくだって鬼火は調べないと分からないのだけれど……。


「鬼火というのは……、いわゆる火の玉のことよね。でも、それがどうしてグラウンドに? 超能力者が自分の力を誇示したいからかしら……」


 はい、ちょっと黙ってくれないか。

 陸上部員の話を聞いておきたいのに、また勝手に暴走されてしまっては困る。

 こないだの瞬間移動だって、もう少し早く解決出来たと思うよ、多分ね。


「ところで、それがどういうことなのか、一度話してはくれませんか?」


 相談に来た人間のことを、一切説明していなかったけれど——彼女は少しおどおどした様子だった。陸上部のユニフォームを着て、小麦色に肌が焼けているのに、どうしてか見た目とは裏腹な性格をしている。

 緊張しているのかもしれないけれどね。

 同じ学校の人間同士、仲良くしようぜ。


「ええと、その……」


 もじもじしているのは、何か理由があるのか?


「まあ、有名人だからね、彼女」


 言ったのは、和紗だった。

 そういや、何で和紗まで部室に居るんだ?


「入部したんだよ、文芸部に」

「へえ、文学に興味が?」

「興味なんてある訳ないよ。それはあなただって同じでしょう?」


 まあ、間違っちゃいないな。

 文芸部に来た理由は、別に文学に目覚めた訳ではないし。


「……というか、ぼくは未だ入部届を出していないけれど」

「へえ? 出さないとそろそろ不味いんじゃなかったっけ? 入学してから、一ヶ月が期限でしょう? 今はもう四月も終わりに差し掛かるから……。ゴールデンウィーク明けには決めないと」

「入れば良いじゃないか、ワトソンくん」

「ワトソン?」


 ぼくはホームズの助手になったつもりはないぞ。


「彼女、変なところがあるからね……。いわゆる不思議ちゃんとでも言えば良いのかな? でもまあ、それも含めて人気ではあるけれど」


 そう、それだ。

 どうして有名人なんだ、こいつが。


「知らないのか。……まあ、入学したばかりでは知らないよな。彼女の家は白河家という超が付く程の大富豪だよ。この学校はお嬢様学校とも言われるけれど、別格だね。四天王の一人とも言われているから」

「四天王?」


 また知らないワードが……。この学校で過ごしていくのも、大変だ。


「四天王とはね、この学校で権力を握る四人の生徒のことだよ。今は、大曲家と新庄家、それに高崎家と……最後が白河家の令嬢だ。全員が、それなりに権力を持ってグループを形成しているのだけれど、中でも白河家だけは異例だね。何故なら、自らグループを作ろうとしないのだから」


 一匹狼ってことか?

 別にそれぐらいなら、然程珍しい話でもないような気がするけれど。


「辞めてほしいね。そういう風に担ぎ上げられるのが嫌だから、わたしはこうやって暮らしているのに」

「……自覚はある、ってことかよ?」


 自覚があるのは、それはそれで面倒だけれどさ。


「結局、こうやって注目を集め始めているのだから、致し方ないってところもあるだろうよ……。残念ながら、逃げられないのだから」

「逃げられない、か……」


 しかし。

 簡単に言ってのけるだけでは、それをこう解釈することしか出来ないというか。

 難しい話を希釈しないと説明が理解出来ない、と言う子供みたいな感じでもあるけれど。


「四天王は、とにかくもう終わりにしたいの。大曲に新庄、それに高崎は常に上を目指している。仕方ないと言えば仕方ないのよ。大曲家は総理大臣を輩出したこともあるぐらい、リーダーシップが受け継がれている家系であるのだから。今は生徒会長をやっているのだっけ?」

「だっけ、って……。もう少し他人に興味を持つべきでは? 少なくとも、この有栖川学園に居る以上は」

「居ても居なくても変わらないでしょう。別に自分の学生生活に影響が出ないのならば、覚える必要もありません。間違っていますか?」


 そりゃあ、そうかもしれないが……。


「第一、学園で政治を牛耳って何になるというの? わたしはそうは思わないのよ。別に平穏無事に暮らせれば良いのだから」

「成る程。つまり別に学校の政治には興味がないと」

「そりゃあそうでしょう。そういった人間が居ても、別に何もおかしくはない……。逆に、飽き飽きしたからこういう場所に居ると言っても良いでしょうねえ。窓際族ではなく、自らここに来るのを望んだ。それを他の四天王からしてみれば、逃げと言われるのだけれど。わたしからしてみれば、自分が一番好きで居られる場所を確保して、何が悪いの? と言いたいのよねえ」

「……そりゃあ、言いたいことは分かるけれどさ」


 四天王という存在が居るのは、知らなかった。

 まあ、学校というのは特殊な環境で、何かしらの支配階級があるのも珍しくはない——らしい。らしい、というのはそう何校も通っている訳じゃないし、伝聞ぐらいでしか聞いたことがないからだ。

 まさかそんなことが、自分の通っている学校でもあるなんて、思いもしなかった。

 まあ、有り得そうなことではあったけれどね。

 有栖川学園は、お嬢様学校とも言われているけれど、別に女子しか入学しちゃいけないなんて決まりはない。

 お嬢様というのは、何もお金持ちという意味で使われているのではない。

 かつて居たとされる王族や、それに近しい存在——権力を持つ女性のことを、遠回しにそう呼んでいるのだ。

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