第12話 答え合わせ

 入ってきたのは、あずさの言っていた通りの特徴を持った人物だった。

 金髪で、青い目をしていて、黒い服を着ていて、そいでいて小柄……。いやはや、確かに言っていた通りではあるけれども、よもやここまで完全に一致しているとはね。人間の記憶も、存外馬鹿に出来ないということなのかもしれない。


「……ども」


 短く挨拶をする。

 マスクをしているからか、表情は窺えない。

 黒い服に合わせるように黒いマスクをしているからか、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 世界的な感染症が流行してもう暫くが経過しているけれど、この国の人間はさっさとマスクを取り外すことは出来なかった。当然と言えば当然だけれど、次の日からマスクを外して良いと言ったところで、全員が一斉に外す訳でもないし。

 しかしながら、海外のそれと比べれば非常に緩やかだ。

 花粉症のシーズンになるとまた増えてくるのだけれどね。


「……あなたが、磐城和紗、さん?」


 肩を少しだけ震わせた。

 驚きはしているのかもしれないけれど、一応校内SNSで名前は簡単に発見出来るのだし、別に驚くことでもないと思うのだけれどな。


「あの、どうしてわたしを呼んだのか……全然見当がつかないんだけれど」

「まあ、確かにねえ……。そっちは全然考えていないかもしれないけれど、こっちには明確な理由があるんだよね」


 ここに呼んだ理由——それは、きちんと明確にしておかねばならないだろう。


「それって?」

「あなた……瞬間移動をしたことはない?」


 単刀直入過ぎる。

 探偵が推理を披露するときでも、もう少し段階を踏むと思う。

 現に和紗はいきなり言われて目を丸くしている——いやはや、当然だよ。寧ろそれぐらいの反応で良かったと思いたいぐらいだ。

 もっとオーバーなリアクションでも取られていたら、どう対処していたか分かったものじゃないよ。


「瞬間移動……? いや、全然見当がつかないな。いったい何を見てそんな戯言を?」

「戯言なんて一言も言っていないけれど? 正直に話してくれないかしら……。それとも、超能力者は無闇矢鱈に自分の能力を開けっ広げにしてはいけない、みたいなルールでもあるのかしら?」

「はい? 超能力者? いったい何を言いたいのかさっぱり……」

「あー、もう良い。良いよ、それ以上言わなくても。……悪かったな、ちょっと変な発言を続けていて。超能力者を本気で信じているらしいんだよ、困ったものだよな。実際にそんな人間が居る訳もないのにさ」


 もう埒が明かない——そう思ったぼくは助け船を出すこととした。

 アリスが頬を膨らまして不満をアピールしているが、今はそんなことをしている場合じゃない。

 突拍子もない推理よりも、現実的な推理をしよう。


「三階の渡り廊下から僅か数秒で一階に降りたことは、ないか?」


 ぼくの問いに、再び肩を震わせる。

 図星、といったところか。


「……何故、それを?」

「目撃者が居るんだ。その彼女が見た限りでは、瞬間移動ではないか……などと思っていたのだけれど、ぼくは違う。極めて現実的な回答をするべきだろう」

「極めて、現実的ね……。わたしが答えを話すと?」

「最初はそう思ったよ」


 けれども。


「そうはいかないだろう。ぼくは思った。何故なら、瞬間移動は人目に隠れてやっていたからだ……。確かに、大衆の目に瞬間移動が映ってはならない、なんて仮説が立ってしまうのも分からなくはない。しかし、翻って現実的に考えると……こうも考えられる」


 そのルートは、隠されていたルートではないか? ってね。


「……成る程。そこまで推理出来ているのか?」

「ああ、後は仮説を実証するために……。向かいましょうか、全員で」

「何処に?」

「そりゃあもう分かっているでしょう。瞬間移動が起きたとされる……三階の渡り廊下ですよ」



 ◇◇◇



 渡り廊下には、誰も居なかった。

 好都合と言えば好都合だけれど、建物の構造を理解していれば、それは案外当たり前だと結論づけられる。

 渡り廊下の向こうにも、教室は存在する。けれども、今は誰も使っていない物置だらけだ。階段やトイレもあるけれど、誰も使っていない部屋だらけならば、そこに向かう人間の絶対数も多くない。

 つまり、人目に付きづらい場所、ということ。


「それは分かるけれど……、でも瞬間移動とは何の関係性が?」

「瞬間移動とは言いますけれど、はっきり言って場所限定の出来事なんですよ」


 アリスの質問に、ぼくは答える。


「場所限定?」


 アリスは首を傾げ、ぼくを見ていた。


「さて、あずささん。あなたが瞬間移動を見たのは、何処でしたか?」


 ぼくは目撃者に質問する。

 あずさはええと、と言ってからゆっくりと歩き始め——やがて一点を指さした。


「ここ……ですね、確か」


 それを聞いて、一瞬ではあったがばつの悪そうな表情を浮かべたのは和紗だった。


「今、何故嫌な表情を浮かべたんですか?」

「えっ?」


 まさか見ていないとでも?

 それとも、見逃してくれるとでも思っているのか。

 だとしたら、滑稽だね。


「ぼくの予想が正しければ……」


 近づいて、ぼくは壁を思い切り叩く。

 ただ壁を当てずっぽうに叩いているんじゃない。床に近い場所を——低い場所を叩く。

 予想が正しければ、この後に——、

 少しだけ、壁が動いた。


「えっ……?」


 今度はあずさが言う。

 和紗は何も言ってこない。きっと隠していた物を探し当てられて、何も発言出来ないのだろう。

 少しずれた壁をどう動かせば良いのか一瞬分からなかったけれど、どうやら上に蝶番か何かが着いているようで、下にスライドするように開いていく。

 そこに広がっていたのは——細長い通路だった。


「そう、これが……瞬間移動の正体だ」

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