第11話 待ち合わせ

 次の日。

 ぼく達は、部室に居た。

 ここを文芸部と言って良いのか、未だに踏ん切りがつかないところもあるけれど、しかしながら傍から見ればこれは文芸部で間違いないらしい……。もしかしたら、あんまり関わりたくないから適当に言っているだけなのかもしれないけれどね。

 さりとて、ぼく達が何故再びここに集まっているかというと——答えは、火を見るより明らかだ。


「さて……、瞬間移動の生徒を突き止めたは良いけれど、どうやって呼び出そうかね?」


 名前は、森女史のシステムから突き止めた。

 けれども、教えてくれた情報は、名前を含めなければ、学年とクラス、そして所属している部活動のみ。後者に至っては、幽霊部員であることが明らかになっているので情報としてはあんまり必要性はない。

 磐城和紗、それが彼女の名前だった。

 学年は三年生で、クラスは三組。

 情報、以上。


「……しっかし、まさかシステムから得られる情報がこれっぽっちだとは、流石に思わなかったよ。もっと揺さぶるべきだったのかねえ?」

「それは脅迫罪になるから辞めておけ。それに、システムが幾ら万能だからといっても、そう無闇矢鱈に他人の個人情報をべらべらと喋ってくれる訳もないだろうよ。システムを管理しているのは人間だ。その人間がしっかりしていれば、システムの運用も問題はない。そして、それを倣っている……ってことだろ」


 がっかりしなかったか、と言われれば嘘になる。

 けれども、システムを管理している以上、何かしらのルールは必要になるし、そのルールを間違いなく運用していた、ということだ。だから……別に、森女史は悪くない。消化不良感があるのは否めないけれど。


「そうかなあ……。まあ、情報がもらえただけ良しとしようかな。とにかく、瞬間移動をする生徒に一歩前進した訳だし。手を伸ばせば届くぐらいの距離にまで、近づけているかな?」

「どうかな。案外、瞬間移動で何処かに消えてしまったかもしれないぞ?」

「……意地悪」


 ジョークを言ったつもりだったが、そうは捉えてくれなかったらしい。残念だ。

 さて——何もぼく達は、ただここでぼうっと待っている訳ではない。

 瞬間移動の生徒を、待っているのだ。

 どうやって呼び寄せたか?

 答えは単純明快——生徒だけが使うことが出来る、あるシステムを使ったからだ。

 有栖川学園に入学した生徒は、もれなくポータルサイトへのアクセス権限が付与される。

 その後、ポータルサイトから生徒専用のSNSへとアクセス出来るのだ。

 ダイアリーと名付けられているそのSNSは、いわゆる世間一般のそれと同じく利用出来る。フォロー出来るのも生徒だけだし、アクセス出来るのも当然生徒だけ。グループを作って、仲間内でワイワイ会話することも出来れば、鍵をかけて一人で楽しむことも……多分出来なくはないだろう。恐らく。

 さて、名前さえ分かってしまえば、後はそのSNSで検索すれば良い。

 アカウント名は残念ながら本名しか登録出来ないし、学園に入学した時点で自動的にアカウントは生成されるのだから、正直言って隠れる術がない。一応、アカウントそのものが見えたとしても、鍵をかけていれば何を書いているかまでは読み取れないけれど。

 そう。

 ぼく達は、SNSを使って瞬間移動の生徒を呼び寄せている、という訳だ。

 翌日夕方、文芸部の部室にてお待ちしています、と。


「……しかし、そんなことでほんとうに来るのかね? ちょっと心配にはなってくるけれど」

「何だよ、それを提案したのはきみだろう? だったら、最後まで自信を持ってくれないと困るよ。こっちだってそれが移っちゃうからね」

「いや、そうかな……。まあ、そうかもしれないなら、ちょっとは反省しておくよ」


 ちょっとだけな。

 全部反省したら、つけ込まれるから。

 誰に、と言われたらちょっと即答出来る自信がないけれど。


「しっかしまあ、全然来ないね。どうすれば良いかな……。もう一度SNSで声かけてみる?」


 それ以外に良いアイディアが出ないなあ。

 松本に相談してみるか?


「——とにかく、待ってみましょうよ。話はそれからでも良いじゃないですか」

「そうだな……。あくまでもこっちは夕方としか指定していないんだ。もしかしたら、最終下校時刻五分前とかにやって来るかもしれない」


 それはそれで困るのだけれどね。


「そうね……。全く来なければ、また言えば良いだけの話。それ以上のことは何もない……」


 ちょっとアリスも失望している感じがある。

 未だ来るか来ないか決まっていないのに、もう少し楽観的に思ったらどうだ?

 文芸部の部室、その引き戸がノックされたのは——その時だ。


「……来た?」

「いや、まさか……、ほんとうか? ほんとうに、そうなのか?」


 そうだとすれば、どうなのか。

 分からない——正直、怖さすらある。

 ぼくの仮説が正しいかどうか、そんな保証すらないからだ。

 もし、ぼくの現実が思ったよりもちょっとだけファンタジー寄りだったとすれば?

 もし、ほんとうに瞬間移動をすることが出来る、それこそ超能力者が存在しているとすれば?

 有り得ない。

 有り得ない——とは、言い切れない。

 ぼくの、生きている現実は、もしかしたらぼく自身を裏切るやもしれないからだ。

 だけれど、目の前に答えが待っている。

 ならば、それを見るしかないだろう——ぼくはそう思い、


「どうぞ」


 短く、ノックに答えた。

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