第10話 モンタージュガール

 会議室は、一番小さい会議室だった。四つぐらい会議室があったと思うけれど、その中でも一番小さいはずだ。何故知っているかというと、暇なときに一通り見たから。


「……さて、話を始めるけれど、どういった特徴なのか教えてもらえるかな?」

「特徴……ですか。ええと、金髪でしたね」


 金髪というのは、かなり絞られそうだな。

 この学校、かなりルーズだからな、その辺り。ロックバンドでもやっているのか、って感じの風貌も居るっちゃあ居るし。


「それと、黒い服を着ていて……小柄で、目は丸かったかな。青い目をしていたと思うけれど……」


 結構覚えているじゃねえか。

 ぼくは朧気なイメージしか持っていないのかとばかり思っていたけれど、これならばあっさり特定出来ちゃうのでは?


「うーん、そうねえ。残念ながら、そう簡単には特定出来ないかしらね」


 えっ、どうして?


「だって、やっぱり、広すぎるもの。金髪の生徒っていうけれど、有栖川学園にどれぐらい居ると思っているの? わたしのシステムに入っているデータでは、二十人は居たと思う。染めている人間も居れば、地毛の人間も居たわね。けれども、そこから特定するだなんて難しい。青い目も、結構居たし。それでも十人ぐらいにしか絞れないかしらね」


 逆に金髪の青い目の人間が十人も居るのかよ。

 まあ、ハーフとかだったら有り得ない話でもないのか……。


「じゃあ、それ以外のことで絞るとしたら……」

「うーん、それが出来れば苦労しないけれど。そうねえ、かといって特定も出来ていない状態で全員の情報を持ってくる訳にもいかないし……」

「絵を描いてみてはどうかな?」


 アリスの言葉に、全員が首を傾げた。


「絵、って……。それこそ、絵心がないと難しくないか? いったい誰が絵を描くというんだ……」

「そりゃあ、森女史でしょう。モンタージュを描くイメージで、描いてもらうんです」

「そんな簡単に言うけれどね……」

「駄目ですか?」


 アリスの言葉に、森女史は深く溜息を吐く。


「……あー、もう! 最近の子供は、ほんとうに生意気だ。分かったよ、描けば良いんだろう。描けば! ……尤も、わたしはシステムから顔を引っ張ってくれば良いから、別にわざわざモンタージュを描く必要性はないのだけれど」

「分かりますけれど、描いてください」

「はいはい。普通の人間には顔を見せないと分からない——と言いたいんでしょう。分かりましたよ、描きますよ。でも、わたしは絵心がないからね、文句を言われても困るからね!」

「別に文句を言う必要性はないですから、安心してください」


 もっとオブラートに包むってことを意識して発言したらどうだろうか。

 これじゃあ、いつ喧嘩が勃発してもおかしくないぞ。


「絵心があってもなくても……そこから正しいデータが導き出せればそれで良いのですから。分かりますか?」

「あーはいはい。わたしがあんたに性善説を唱えるのが間違いだったよ。スイーツをもらったから、それなりの働きはするつもりだけれど、それ以上のことはしないからねー」

「ええ、それで構いませんよ」


 どっちが上なのか、分からないね。全く。

 一応、教員ではないにせよ大人だからな。敬語は使っているけれど、少しはおとなしくしておくべきだと思うけれど……。


「まあ、良いんだよ。それぐらい。有栖川学園の生徒は変わり者だらけだからな。きみみたいな普通の人間が居ることの方が珍しいと言っても、差し支えないだろうね」


 差し支えあるって。

 流石にそれで受け入れる訳がないだろうよ。


「あり? そうかな……。普通の人間だったら、それでスルーしそうなものだけれど」

「一般人を流石に馬鹿にしすぎじゃないか? もっと一般人も頭は良いはずだぞ」

「……その討論そのものが、既に馬鹿にしているような気がしますけれど……」


 あずさの言葉に、ぼくは心の中で頷いた。

 確かにそうだ。間違いない。ぼく達が今やっている討論こそ、一般人を馬鹿にしている——そんなことは、あってはならない。


「さてと、どういった特徴があるのか、教えてもらえるかな。無論、さっきまでの特徴も含めて、の話だけれど」


 閑話休題——強引ではあるけれど、軌道修正をしなければならない。


「ええと、他の特徴ですけれど……」


 他にもあるのか。

 ともあれ、先ずは対象人物のモンタージュを作成する——話はそれからだ。



 ◇◇◇



 モンタージュの作成が終わると、森女史は探してくるとだけ言い放ち、ぼく達を会議室にほったらかしにした。

 システムから探し出すとしても、データは脳内にしか入っていない訳ではない。

 マスターデータである学生課のサーバから、何かしら情報を出してくるのだろう。

 数分後、森女史はぶつぶつと呟きながら戻ってきた。


「……ほんっと、我ながら絵心がないわね。でも、これでシステムにはアクセス出来るから、何とかなりそうだけれど」

「アクセス、って……。アクセス出来るのは、一人だけでは?」

「ええ、そうね。それは間違っていないわ。人間の脳が完全に電子化されることがあれば、他人が勝手に脳にアクセス出来る未来もあるのでしょうけれど、しかしそれはわたしが生きている内には実現しないでしょうね」


 そんな未来が訪れるとするなら、人間よりも遙かに優秀なロボットも開発されているだろうしな。

 それはそれとして。


「モンタージュが完成した……それは良かった。けれども、問題はそこじゃない。それは分かりますよね? どうしてぼく達が放課後にここにやって来ているのか……、その意味を」

「……それぐらい、分かっているとも」


 森女史は写真を一枚、テーブルの上に置いた。

 これはいったい?


「…何故きょとんとした表情を浮かべているのか、答えに苦しむところはあるけれど……。お望み通り、探して来たのだけれど。これが、彼女の写真よ」


 これさえ分かれば、何とかなりそうだ。


「いやいや、名前ぐらい聞いておきなさいよ……。ええと、彼女の名前は——」


 そうして、森女史から瞬間移動をしたと思われる生徒の情報が提供されていく。

 長かったけれど、もうすぐ終わりそうだ。

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