第9話 交渉

「ええと、ゆるふわロールケーキを……三つと、アイスコーヒー三つ。それと、持ち帰りでゆるふわロールケーキを一つ追加で」


 慣れた感じでアリスは店員へ注文を伝える。

 早い感じだったな……。何を言っていたのかさっぱり分からないぐらいだ。それは言い過ぎか?


「はい。ご注文、繰り返しさせていただきます。ゆるふわロールケーキを四つとアイスコーヒー三つ、そのうちケーキの一つはお持ち帰り、で宜しかったでしょうか?」

「はい、その通りです。持ち帰りはドライアイス多めでお願いします」

「追加料金が掛かりますが……」

「愚問ですね。お願いします」


 余計な一言が入ったような気がするが、無視して良いか?


「はい、承知しました。お席でお待ちください。お持ち帰りのロールケーキは、お帰りの際にお渡しいたしますが、宜しいですか?」


 それに頷くアリス。

 頷くということは、それで問題ない——ということではある。

 一先ず、これで注文を終えたので、後は席で待つだけ……ということである。


「……しかし、まあ」


 商品が来るまでに適当な座席を見繕って、そこに腰掛ける。

 四人がけのテーブルが空いていて、ちょうど良かった。

 店内は平日の夕方なのに、それなりに混雑していた。殆どが若者……だと思う。見た目で人を判断してはいけないと思うのだけれど、少なくとも見た限りでは若者であることは間違いない。まあ、ぼくと比べると年上ではあるけれどね。


「凄い人気だな、ゆるふわロールケーキ、というものは」

「だから、言ったじゃありませんか。有名なケーキです、と……。まあ、それすらも知らない人間が居たらしいですけれどね」

「何処のどいつだろうな」

「——でも、森さんの好物がゆるふわロールケーキだなんて、ちょっと在り来たりな感じがしますけれどね。これで良いんでしょうか?」

「何を勘違いしているのか分かりませんけれど……。少なくとも、森女史は甘い物に目がないのは間違いないです。甘い物を食べ過ぎたと、週明けには毎回愚痴っているぐらいですからね」


 それって、誰からの情報なんだろうか。

 少なくともそういった愚痴を言い合える関係からのタレコミであることは、間違いなさそうだけれど。


「しかし、そんなプライベートな情報も流出してしまうぐらいなんですね……。わたしだったら、人間不信に陥りそう」


 有り得ない話ではないな。

 現に有名人だって、親友に等しい関係性だった人物からプライベートを暴露され、芸能界を引退するケースだってあったらしいし。

 人の口に戸は立てられぬ、とは良く言ったものだけれどね。


「いや、だとしても、ですよ……」

「お待たせいたしました」


 あずさの言葉に割り込むように、ゆるふわロールケーキが運ばれてきた。

 丁寧にそれぞれの前にケーキとコーヒーを置いて、一礼した後店員は去って行く。


「さあ、食べましょうか。色々とやらなくちゃいけないことは多々あるにせよ……、先ずは甘い物を食べて補給しないと」


 それは間違っちゃいないな。

 そうぼくは締めくくって、先ずはティータイムに洒落込むのであった。



 ◇◇◇



 ゆるふわロールケーキの味は、大満足だった。甘すぎず、かといってしつこくもなく。男子が食べても大満足出来るスイーツであることは間違いなかった。口下手だから、そう細かく説明出来ないのが非常に心苦しいのだけれど、あんこの入った生クリームがフルーツの味を引き立てつつも纏めている、とでも言えば良いだろうか? そこにふわふわのスポンジ生地があるので、成る程、これを併せてゆるふわというのかなどと勝手に納得していた。


「ゆるふわロールケーキの人気の秘密、分かってもらえたかな?」


 お持ち帰りの紙袋を持ちながら、アリスは上機嫌にそう言った。

 もしかしてぼくにこれを布教するために、奢りにしたんじゃないだろうな……。


「いいや、そういう訳ではないけれど。でも、半分正解ではあるかな」

「半分正解?」


 なら、もう半分は?


「もう半分は、何だろうねえ……。単純に食べに行きたかったから、それで良くないかい? 森女史に食べさせて情報を入手するというのもあるけれどね」


 まあ、確かに。

 ぼくもこの騒動がなければ、食べに行くことはなかっただろうからな。

 ちょっとは、この事件に感謝するべきかな?


「さて、森女史に食べてもらうためには……、急いで戻らないとね! さあ、ダッシュで帰るよ!」


 いや、お前が手に持っている紙袋の中身を考えてから行動しろよ!

 ショートケーキやモンブランのように、ちょっとした衝撃で崩れるような代物ではないにせよ、扱いを慎重にしなければならないというのは間違いないはずなのにな。



 ◇◇◇



 再び、学生課。


「はあ……、またきみ達か。今は何時だか分かっているかな? 最終下校時刻のギリギリ十分前だぞ? レストランならもうラストオーダーも終わっている時間帯だ……。にも関わらず、どういった用件でここにやって来たのか、きちんと話してもらおうか」


 ちょっと怒っていないか、森女史?

 まあ、退勤時刻ギリギリ——なのかどうかは分からないけれど——に面倒臭いのがやって来た、と思っているのだろう。申し訳ないけれど、しかし、こちらだって時間がないのだ。


「さっきは無礼をしてしまって申し訳ない、と思っている」


 アリスはそう言うと、深々と頭を下げる。


「ん? きみにしちゃあ、珍しく折れたね……。何を企んでいるのか分からないけれど」

「お詫びの品を、持ってきたよ」


 そう言って、紙袋を差し出す。

 一瞬目を細めたが、直ぐにそれが何か分かり、破顔する。


「ちょっ、これって……。冠天堂のゆるふわロールケーキじゃないの! なかなか食べられないからちょっとナーバスになっていたのよね……。え、でも、これ……」

「どうぞ。お詫びの品ですから」

「ほんとうに? ほんとうに食べても良いのねっ?」

「二言はありません」


 やったー! と高らかに言うと、直ぐに学生課の冷蔵庫にそれを入れて、また戻ってきた。


「今日の楽しみが出来たわ。ありがとうね。……で、何が望みかしら?」


 まあ、そうなるよな。

 お詫びという話だけで、手土産を持ってくる訳はない。

 それは子供だろうが、大人だろうが、同じだ。


「さっき言っていた……、あずさの見た瞬間移動をした生徒、それを教えてほしいの。可能かしら?」

「瞬間移動というのは聞いていないけれど……。見た特徴だけで一人の生徒を特定するのって、なかなかに難しいのよね」

「そこを何とか、お願い出来ないかしら」


 瞬間移動の生徒を見つけることで、先ずはアリスとしても超能力者が居ることの確認を取りたい訳だしな。

 ぼくはそんな人間居る訳ないし、トリックを立証したいから確認したい——つまり、双方にきちんとした理由があるのだけれどね。


「分かりました。さっきのスイーツを貰っては、何もしないというのも気持ちが悪いし。聞きましょう、その生徒の特徴とやらを。ちょっと待って、会議室の鍵取ってくるから」


 そう言って、森女史は席を外した。

 ……何というか、スイーツ効果恐るべし、だな。

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