第8話 冠天堂

 流行に疎いとは思っていたけれど、こうも実感する出来事に直面してしまうと、やはりというか、少しは流行も知っておかねばならないのだろうかと一瞬考えることはある。

 けれども、きっとそんなことは一瞬で忘れてしまうだろう。流行ばかりを追っているからといって、何でも出来る訳ではないし、何でも限界はあるからだ。限界を超えて動くことも出来るかもしれないけれど、それは全員が全員そうである保証はない。

 駅前にやって来るのは、そんなに珍しいことではない。けれども、徒歩圏内に学校があるぼくからしてみれば、そう来る場所でもないのは事実だ。休日に何処か遊びに行こうか——なんて言い出す友人は居ないからね。ゆっくりのんびり一日を過ごすのが、性に合っている。


「……そうは言うけれど、自分で言っていて寂しくなりはしないのかしら?」

「だから、人の心を読むな、と……」

「読んではいないけれど。顔にそう書いてあるだけで」


 読んでいるじゃないか。

 心ではなく、顔になるのだろうけれど。それもまた、心を読んだとは言わないのかな?


「と、いうか。そんなことを言いたいのではないと思うけれど?」


 それは、そうだ。

 今何をすべきか、それを忘れてしまうところだった……。というか、そういう風に仕向けているのはそちらではないのだろうか?


「わたしはそんな悪ふざけをしたつもりはないけれど。それとも、あなたの被害妄想ってだけじゃないの?」


 被害妄想。

 被害を、妄想する。

 実際にはそんなことになっていないのに、ありもしないことを妄想し、挙げ句の果てに言いふらしたりしてダメージを与える。

 有り得る話だ。個人間のトラブルとしては、容易に起こり得る出来事でもある。

 でも、それとぼくが何の関係性が?


「だから、自分のことを卑下しているんじゃないの、って……言いたい訳。要するに、あなたはひねくれ者である、と自覚していないのでは?」

「自覚はしているつもりだけれど」

「なら、猶更救えないわね」


 何だよそれ?

 まるで自覚していないから駄目なのだ——みたいなニュアンスだったじゃないか。

 それを自覚していると言ったら、それの方がもっと酷い、みたいな。後出しじゃんけんにも程があるぞ。


「別に後出しじゃんけんをしようだなんて思ってはいないけれどね。そっちが勝手に負ける一手を繰り出しているだけでは?」

「何もこっちだって負けようとして一手を繰り出しちゃいねえよ。そんなことをするだなんて、ぼくはマゾヒストなのか?」

「違うの?」


 違うよ!


「まあ、良いでしょう……。今はそんな下らないことを延々と言える暇はあるけれど、これが終わるのもそう遙か未来ではないでしょうから」

「超能力者は居ないから安心しろ。もう暫くはこの下らないやりとりを続けてやるよ」


 ずっとこの部活動に所属していないといけない、っていう問題は発生するのだろうけれどな。


「それは困るかもね。だって、わたしは成績優秀だから。こう見えても」


 自慢を聞くつもりはないぞ。


「自慢だなんて、何も言っていないけれど?」


 或いは嫌味とでも言えば良いか?

 今このタイミングでは言わなくても良いぐらいの話ではあるだろうよ。


「そうねえ、確かに……。それはその通りかもしれないけれど、別に嫌という訳でもないし」

「嫌じゃないのか? それはちょっと意外だな」


 人の意見をしっかり聞いて、そのたびに精神的なダメージを負っていると思っていたぜ。


「……あなた、さっきから失礼なことばかり言っている自覚はある? はっきり言うけれど、だから友人なんて居ないのではなくて」

「友人が居ないことは否定しないが、人間性そのものを否定される筋合いはないぞ」

「でも、間違いではないでしょう?」


 間違いか間違いでないかと言われれば、自覚もしなければ認識もしないので、間違いではないと言い張りたいところではあるが。

 きっとアリスは負け惜しみとでも言うのだろうな。


「負け惜しみね、ほんとうに」

「……まさかほんとうに言うとは思わなかったぞ。ほんとうに心を読める人間ではないのか? それこそ、超能力者だと思うけれど」

「別にピーナッツは好きではないし」


 サブカルチャーには詳しいんだよなあ、アリスは。


「まあ、一言で言えば超能力者になれるならなってみたい、ってところかしらね。それとも、わたし自身が平凡な人間であれば、超能力者に出会う確率は上がるのかしら?」


 ゼロに何をかけてもゼロだから、安心しろ。

 それを言ったところで、何か色々文句を言われそうな気がするので、口で言うのは避けるけれど。

 さて……、ぼく達は何も無駄話をするために駅前に来た訳ではないし、話している間ずっと立ち止まっている訳でもない。この会話は全て歩きながら行われていたことで、時折信号も挟むから立ち止まりながら、それでも少しずつ前に進みながら話をしていた。

 話の内容そのものは生産性など何一つもないけれど、行動はしっかり取っていたという訳だ。

 冠天堂の入るビルは、雑居ビルのようだった。それでも一階を借りることが出来るのだから、冠天堂の人気は凄まじいのだろう。しかしながら、今は平日の夕方近くということもあり、それほどお客さんは居ない様子だった。

 しかしながら、ぼく達にとってみれば、好都合だ。

 お客さんが居ないということは、直ぐにロールケーキを入手することが出来るのだからね。


「入りましょうか」


 間髪入れずに、アリスは店の中へと入っていった。

 入ると、正面にはカウンターがあった。和菓子屋さんにありがちな古いショーケースというよりは、ケーキ屋さんにある透明なショーケースといえば良いか。モンブランやショートケーキが並んでいても何らおかしくない場所に、ロールケーキがずらりと並べられている。


「いらっしゃいませ。ごゆっくりとご覧下さいませ」


 店員はそう恭しい笑みを浮かべて頭を下げる。

 仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、お面に貼り付けたかのような笑顔は少々不気味だ。客商売は苦手なのかもしれない。だけれどこういう商売をしたかったからか、ここに居るのだろう。誰がシフトを采配しているのかは知らないが、こうやってこの店員をお客さんが少ない時間帯に配置しているのだ。名采配と言えるだろうね、間違いなく。

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