【10】虐殺列車、運行中。
三日前、夜。『教会』内部・礼拝堂にて。
「早速だが名代殿。アラハバキの弱点は何だと思う? 」
講壇に立ちながら、
視界の隅にちらちら映る彼女に若干うざったいなと思いつつも、冬弥は長椅子に寝っ転がったまま答えた。
「『不殺主義』」
「ご名答。彼は自ら殺すことはもちろん、眼前に起きる如何なる殺人も許容しない。目の前で誰かが死に瀕したとき、全てを優先して助けに行くのがアラハバキだ。当然、我々はそこを突く」
「アレで一線引いてるつもりなのか?アイツは。殺人だけ犯さなければ大義名分が勝ち取れると、本気で思ってんのか? 」
「そうだろうな。実際、大衆からのイメージを守護する手段としては正解だろう。仮に彼が殺人者だった場合、世間は彼の言葉を容赦なく切り捨てていたはずだ」
世界において未だ少数派ではあるものの、着実にその数を増しているアラハバキ肯定派。彼らの肯定する理由は千差万別だが、否定しない理由に関しては『彼が不殺の宣言を守っているから』だと、異口同音の言葉でネットの海に浮かんでいる。
冬弥には、それが面白くなかった。
「不殺がそんなに偉いかね━━」
よっこらせと起き上がりながら、冬弥は聞く。
「で? またオレのときみたいに、通行人まるごと人質にすんのか? 」
それに対し
「いや?
「そんなに.....殺すのか」
冬弥本人には全くそんなつもりはなかったが、『殺す』と言う際に若干言い淀んでしまった。
未だに生温い心情が残っているのだろうか? 今まで、さんざ殺してきたというのに。
「そんなに殺す。またこれにより、アラハバキのおびき寄せ・心理的ダメージ・パブリックイメージの低下などが期待できる」
「おびき寄せって、どこにだよ」
「走行中の電車だ。狭いスペースで機動力を封じることが出来、移動し続ける故に警察も迂闊に手出し出来ず、投射に使える物がほとんど存在しない。ワタシが影を『焼き付け』ておくから、キミはそれで乗り込め。キミが運転手を射殺次第、ワタシも参加する。
「あいさ〜」
いつの間にかデッサンに飽きてスマホをいじっていた
「彼は大量殺人を察知した瞬間、すぐに飛び込んでくるだろう。キミが攻撃、ワタシが防御、彼女が伏兵。連携は後で訓練する。そう難解なことはやらんから安心しろ」
あっという間に作戦を立案していく
冬弥は未だに、『最低百人殺す』という文言が頭を巡っている最中だった。
(百人……最低百人……。電車一両に入るのが何人だ? 大体二十人だとして……山手線って何両編成だっけ? 多分十両くらい……だから、多分五両分くらいは殺すのか……? 五両って結構長いぞ……カーブのときなんか向こうまで視線が通らないくらい長い……そんな長さに詰め込まれた量の人間を殺すのか……? )
ひとつ深呼吸して、あの言葉を想起する。『オレは覚悟を決め直した』。彼はそう自分に何度も言い聞かせてきたし、今でもそうだと思っている。
『オレは誰が死んでも心は動かない』(本当に? )
『ただオヤジの為に銃を撃つ』(撃ちすぎでは? )
『その為だけに生きられる』(その為だけに生きるのか? )
ブツブツ呟きながら俯いて動かない冬弥を見て、
「心配しなくても大丈夫だよ~。オジサンはこういう策、外したことないから。一緒にがんばろ~ね~! 」
相も変わらず完全に冬弥の心情を無視した能天気さだったが、なんとも珍しいことに、
「その通り。さあ。力を合わせて、ボスを倒そうじゃないか」
有無を言わさぬ激励だった。
……この場において自分に何も選択権が無いことに気づいた冬弥は、もはや考えることが面倒になったので、目を閉じることにした。
━━
そして。
「━━アァッ!! 」
静粛は、アラハバキによって破られた。
「ハァ、ハァ……」
息を切らしながら、彼は血と死体の大海で満たされた車内を見渡す。
「……間に合わなかったか……」
無言で冬弥を見つめるアラハバキ。いつも通り、その目から感情は読み取れない。
ひとつひとつの単語を確認するように、ゆっくりとアラハバキは質問した。
「これは……何の、為に……? 」
「お前の為だよ、アラハバキ。丹精込めて作ったレッドカーペットだ。気に入ったか? 」
ずっと言ってやろうと思ったセリフを言って、冬弥はとてもスカッとした。
だがアラハバキは怒鳴るでもなく、悔しがるでもなく。
「…………ハァー…………」
ただ、酷く大きなため息を吐くだけだった。
しばらくその姿勢のまま固まるアラハバキ。
だが「アァッ! 」と怒りを振り切ったと思しき声を出すと、彼はポケットからスマホを取り出し、冬弥に突き出した。
「スマホ、持ってる? 持ってるなら出してくれ」
「なんで? 」
「連絡先を交換する」
時が止まったかのような沈黙。
…………。
「は? 」
体感時間の果てしない延伸の後、冬弥の口から出た音はソレだった。
「『は? 』じゃねーよ……。もうこんな事は、二度と御免だ。お前の仇討ちなんぞ知った事じゃないが、したいってんなら何時だろうと連絡しろ。すぐに行ってやる」
そして、まるで冬弥を慈しむかのように、悲しげな声で言った。
「だから━━二度と、こんな真似はするな」
彼は虐殺の主犯に、
冬弥は過去に一度、仇討ちに赴いた自分をアラハバキに救われたことがある。だがそのときは、少なくともアラハバキの視点では誰も殺していない。苦しい理屈だが、一応は不殺主義に反していないわけだ。
今はどうだ? 目の前に広がる血の池地獄を直接見て、あまつさえその実行者は目の前で悠々と待っていた。その上で、彼は自分に情けを掛けている。まるでオイタをした子どもに反省させるように。
コイツは、頭がおかしいのか?
「……それだけか? お前の為に、一般人を何人も、何百人も殺された反応が? 」
「そうだよ」
「この血を見て、臭いを嗅いで、何も思わないのか? 」
「大変遺憾に思っている」
「挙句その犯人が目の前にいるのに、やることが連絡先の交換? イカれてんのか? 」
「私は正気だよ」
一切の淀みなく、アラハバキはハッキリと答えた。まるで正義は自分にあるかのように、文字通り被害者の骸の上に立ちながら、虐殺犯を赦免しようとしている。
もう一度思う。
「……何さ。泣くでも怒るでもして欲しかったのか? 」
「まぁな。そのくらい人であることを期待してたんだが。どうやら身も心も化け物らしいな、テメェは」
「殺しの張本人が、それを言うかね……」
ハア、とまた嘆息するアラハバキ。
あまりにも、平然が過ぎる。
冬弥は目の前の仇敵について考えるのを放棄したくなってきた。考えど考えど、彼の思考が、価値観が、感情が理解できない。
だが、やる事はひとつ。
「オレは覚悟を決め直した。オレはオヤジの為に、全てを捧げる。オレの分だけじゃない、周りに居るヤツの分もだ。何人死のうが何人殺そうが知ったことか! 一切合切全部巻き込んで、オレはお前をぶち殺すッ! 」
「『止めたかったら殺しに来い』ってか? お断りだね! キミは私に生け捕られて、今後一生恥を晒し続けるだろうさ! 復讐に懸けられる程度の人生なんぞ、たかが知れてんだよッ! 」
冬弥は両手の銃を腰に差したナイフの柄に嵌め込み、逆手のナイフと拳銃を同時に握ったような形にする。
アラハバキは前回の戦いでは見せなかった、何らかの格闘技の構えをとる。
そして。
「死ねよアラハバキィィィィーーーッ!!! 」
「やってみろよ半グレ風情がァァァッ!!! 」
戦いが、始まった。
冬弥の放った数多の銃弾が襲いかかる中、アラハバキは『地面を蹴って』瞬時に距離を詰め、その手刀を冬弥に振り掛ける。冬弥は銃で防御して受け流し、同時に嵌め込まれているナイフで反撃する。切り込んで来たナイフをバク宙でかわすと見せかけ、『冬弥の腕を両足で挟み、肘から先を身体全体で捻じろうとする』。しかしもう片方の銃がその隙を突いて『発砲』。だがギリギリのところで気づいたアラハバキは、組み付きを解いて回避する。
(コイツ、ヤケに近接が出来る!? )
(コイツ、格闘技覚えてきやがった……ッ! )
二人は同時に敵の近接能力を判断し、各々次の戦術を実行する。
冬弥がまたもや銃を構えたところを、二度目は通じぬと言わんばかりに『無理やり引き寄せ』、体勢を崩した所でアッパーカットを腹部に叩き込もうとする。しかし冬弥は崩れた体勢を逆手に取り、そのまま身体を縦回転させてかかと落としを食らわせに行く。寸前に気づいたアラハバキは『最小限の距離を後ろにスライドし』かかと落としを回避。床に着地した冬弥へお返しとばかりに『かかと落としで反撃を試みる』。しかし冬弥は握る拳銃のグリップをスライド部分に素早く持ち替え、アラハバキのアキレス腱目掛けて切りつけようとする。対してアラハバキは瞬時に『落とす足の慣性を殺し』足を引っ込め、そのまま折り畳んだ状態で冬弥の顔へ膝蹴りを叩き込んだ。
「フゴッ……! 」
「ハッハァッ! 」
ここに来てようやっと、初めてのダメージである。
痛みでよろける冬弥を見ながら、アラハバキは異様に上手くなったナイフ捌きと近接戦について考察する。
(コイツの能力は『無限弾』と『射撃の必中』かと思っていたが、どうも後者に関しては『銃それ自体の扱いに卓越する』と言った方が正確らしいな……。だから拳銃を介して近接戦闘を行うことで、能力の定義に組み込み戦闘能力を引き上げている。マガジン部分にナイフを嵌めているのも、その一環か……)
アラハバキは一旦距離をとる。
(だと言うなら、こうするまでの話だ……! )
そして、『車両内の窓ガラスを全て砕き始めた』。
「何をするつもりだ……? 」
訳も分からぬままに、冬弥は二発ほど『弾を撃ち込む』。案の定銃弾はアラハバキの目前で『停止』し、ガラス片と渾然一体となった。銃弾を飲み込んだガラス片はアラハバキの前で塊を作り、やがてそれは細く長く形を変えていく。銃弾もそこへ巻き込まれていったが、奇しくもその位置が、龍の目玉のようだった。
「『
アラハバキがそう唱えると、ガラス片で出来た龍は冬弥の元へと突っ込んだ。
「うおッ!? 」
狼狽える冬弥。かなりの軽装で来ている彼にとって、ガラス片の奔流に巻き込まれれば致死的な出血量になりかねない。
だが彼には、こんな時の為の防御策がある。
「出番だぞッ! 」
そう叫びながら来ていた上着を龍に向かって投げつける。すると、『上着の中から黒い胞子の塊が広がった』。
「新手か!? 」
驚くアラハバキをよそに、『黒の塊は突っ込んでくるガラスの龍をどんどん飲み込んでいく』。尻尾の先まで全て飲み込むと、塊はホロホロと崩れ落ちていった。
「……もう少し、早めに呼んでも良かったのではないかね」
「うっせぇ。結果オーライだっての」
『落ちた上着の中から生えるように』、壮年のスキンヘッドが姿を現す。戦う二人と同じく血まみれになった男は、鷹揚な声で挨拶した。
「お初にお目にかかる。
「へぇ。意外と人望あるじゃないか……見直したよ」
予想だにしなかった
(投げた上着の影に吸い込まれて消えた……『影をゲートに異空間へ繋がる能力』ってところか。道理で、頭上の機関銃が動かないわけだ。銃口の中にまでゲートを作ったってことだろ? 影ならなんでも使えるのか? 射程距離どうなってんだ? )
こうなると、第三の
「『
冬弥は銃を構える。
「そうだ、言い忘れてた。さっきはありがとな」
「礼は勝ってから言いたまえ」
冬弥の『発砲』。なんなく『弾く』アラハバキだが、弾かれた銃弾は『散在する影胞子が能動的に掴み取り、吸収する』。
「そら、上から来るぞ」
その言葉と裏腹に、『アラハバキの影から銃弾が飛び出した』。
「古典的な手をッ! 」
手を伸ばして
「ふむ、これで回収出来たかな」
「出来てるわけねーだろ、オレでさえ出てこれたんだから……」
その言葉通り、アラハバキは突入してから数秒で、影から飛び出してきた。
「ま、そうなるか」
息を切らしながらも、アラハバキは渇いた笑い声を出す。
「……随分と、強い能力じゃないか。抜け出せたから良かったものの」
「私の『影』から脱出したのは、君で二人目だ。やはり、獲物を捕えるには対象の意識を喪失させねばならぬようだな。最近
その瞬間、アラハバキの身体を『床から伸びた装飾豊かな円柱形の檻が何本も刺し貫く』。重要臓器を避けるような形にはなっているものの、肉の端を抉られたことには変わり無かった。
「━━上手くいったようだな」
「お、当たった感じ〜? 」
影胞子のひとつから、ゆるふわな雰囲気の女性が顔を出す。言動から、彼女がこの檻を作り出した主犯であることは自明である。
(コイツは……鳥籠? 視線の届く範囲に彼女の気配は無かったし、視界外の遠くから狙ったにしては精密過ぎる。恐らくトラップ、そしてタイミング的にキーワード……『ゲーム』か『知った』で起動したと見た。つまり前戦った『
天井に固定されながら、アラハバキは『檻を捩じ切ろうとする』。
しかし、檻はビクともしない。というよりも、能力の照準が
(能力で破壊出来ない!? そんな馬鹿な!? )
何人もの
狼狽するアラハバキ。だがなんとかそれを悟られないように隠す。
「全く、痛いじゃないか……」
「さしもの怪人アラハバキも、彼女の『檻』は破壊出来んか。というより、能力の発動すら叶わんかね? 」
その言葉を吐いた瞬間、『
「ぐぉぉ……ッ」
「あるぇ!? うっそぉ~!? 」
「残念。身体の自由を奪った程度で、私を無力化出来るわけ無いだろう? 」
「クソ、封印機能では無かったのか……! 」
「これ以上は貴様の手足と引き換えだ! 流石に治癒能力は持っていまい!? 」
「ゲートを利用した強制切断か? ハハ、えげつないねぇ……」
「さあ、お膳立ては済んだ! やりたまえ……」
「ああ」
冬弥がアラハバキの額に銃を向ける。
「こんな……他力本願で、満足なのか? 冬弥……」
「まァな。コイツらを連れて来たオレの運を含めて、オレの全てだ。そう考えることにした。言っただろ? 『全てを使ってお前を殺す』と」
能力を使おうが間に合わないよう、彼の仮面に銃口を押し付ける。
「それにな、アラハバキ。他力本願ってのは、そう悪い意味じゃないらしいぜ。オレはバカだからよく分からんが」
「……クハッ」
その瞬間。
アラハバキは『全速力で天井をぶち破って脱出した』。
「な━━ああッ、クソ! その手があったかッ! 」
「うわ、やらかした〜! 床に押しつけるカタチにしておけば良かったよぉ〜! 」
考えてみれば当たり前の話である。下から天井に向かって串刺しにされているのなら、天井を壊して逃げてしまえばいい。しかし実行に移すとして問題になるのは速度。四肢を人質に取られているため、天井の破壊から脱出までを人間の反射速度……〇.二秒未満で行わなければならない。
失敗した場合、行きつく先は達磨である。いや、もしかしたら後の治療で奇跡的にくっつく可能性はあるかもしれないが、失った四肢はきっと
もう一度言うが、失敗の代償は四肢喪失である。
もし仮に、あなたにそのチカラがあるとして。
出来るだろうか?
リスクを取る覚悟が、あるだろうか?
「ハハハハハッ!! 今のは本当に危なかった! ここまで死を間近に感じたのは久しぶりだ! やっと勝負の土俵に上がれたな、おめでとう! 」
彼は、
「だが私は、常に有利でありたい人間でねェ! 」
そう言うと、彼の後ろ……つまり二号車目の車両から、バチンバチン、と何かがちぎれたような、大きな音が二つする。すると一号車と二号車の距離が段々と離れていき、つまりはアラハバキが『列車のコネクターを破断させた』ことが分かる。二号車以降の車両が『持ち上がり、血と骸をこぼしながら背後で纏められる』。
そして『アラハバキの背後で次々に粉砕され、捻じ切られ、ちぎられていく』。
よく晴れた青空の下、ひた走る一号車両の上では、血に濡れて赤く染められたアラハバキと『同じく真っ赤な、夥しい数の車両だった瓦礫が宙に浮いていた』。
「だからほんの少し、容赦を減らして戦う事にしよう━━さ、ラウンド・ツーだ」
肉の抉れた身体を『能力でなんとか直立させつつ』、アラハバキはそう宣言した。
「……おい。電車は武器に使える物が少ないんじゃなかったか? 」
空いた穴から異常な光景を見つつ、呆れた声で冬弥は言う。
「『破壊というワンステップを挟まない限り』という前提でな。どんな物でも砕いてしまえば、当たり前だが瓦礫になる。空の彼方でも無い限りこうなる定めだ、いちいち無駄に付け加えることも無かろう」
「最初の一回くらい言えよ!? 」「オジサンそういうトコだよホント!? 」
「ムゥ……」
むすっとして腕を組む壮年男性をひっぱたきたい欲望に抗いながら、冬弥は一歩前に出る。
「ま、とにかく……何とかするぞ。アレ」
そして冬弥は、視界一面に広がる瓦礫を背負った怪人目掛けて拳銃を構えた。
「ここまでやるのは初めてだ! ハハハハハッ、どうか死んでくれるなよォ!? 」
「バケモノ退治だ! 腹括って行くぞォッ!! 」
Lose,Loser,Losest 蒼青 藍 @Sohjoh_AI
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Lose,Loser,Losestの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます