【6】異外者狩り(イレギュラーハンター)

「参ったなぁ、最強の異外者イレギュラーが目の前にいやがる……生きて帰れっかなぁ……」

「生きて帰すけど」

「夜食差し出したら許してくれっかなぁ……」

「差し出さなくても許すけど」

「うーん……ムリそうだし、ワンチャン狙っていっちょ派手に突っ込むかァ!」

「人の話を聞きなさい少年。挙句の果てに捨てがまるんじゃ無いよ」


 しばらく見つめ合う二人。


「お前、なんでコイツと戦ってたのよ」

「会話出来ない奴だなァ! ━━戦闘技術を強化しようと思ってね。能力頼りに戦っていたら、いつ足元を掬われるか分かった物じゃ無いだろう? 」

「へぇ。いい心がけだな。まぁ俺の獲物になったけど」


 少年はそう言って、無銘武術ノーマンズファイトの上に座って腕を組んだ。

 さながら、エサを守る肉食獣である。

 仮面の下で顔をしかませながら、アラハバキは説得を試みる。


「今からでも遅くは無いから、彼を置いて何処へなりとも行ってくれないか? 死活問題なんだよ、結構」

「ん? お前まさかコイツに武術を教えてもらうとか、そういうつもりなのか!? オイオイ待てよ! さっきのヤツ見てなかったのか、お前? 」


 そう言うと少年はぴょんと飛び上がり、おもむろに片足で無銘武術ノーマンズファイトの頭を踏みつけて言った。


「明らかに! 強いだろ! オレが! コイツより! 」


『!』の部分で少年が足を踏み鳴らすたび、足下から呻き声が聞こえた。


「まぁ……うん。そうとも言えなくもない」

「だろォ!? じゃあ師事すべきはこんなのじゃなくて、オレにじゃねーのか!? 」


 そこまで言うなら、と、アラハバキは一回真面目に考えてみる。


(そもそもなぜ無銘武術ノーマンズファイトを選んだのかと言えば、『武術に長けた人間である』という一点のみだった。異外者イレギュラー であると知ったのは実際に会ってからだったし、そういう意味では師事する相手はどんな人種でも良いわけだ。だが……目の前のガキはちょっと厳しい。戦いの才能は溢れんばかりにあるが、どうみたって俺より年下、十三か十四のクソガキだ。武術家の老人と比べるまでもなく、キャリアが圧倒的に足りない)


 つまり。


「君に物事を教授する能力は無さそうに見える」

「あるわい! 」


 少年は怒りのままに無銘武術ノーマンズファイトを明後日の方向へ蹴っ飛ばす。

 駐車場の囲いを越えていった先で鈍い音がしたが、死んではいないはずである。多分。


「分かった! じゃこうしよう! 何でも良いから何か一個、ロハで教えてやるよ! それで内容が気に入ったら、オレの弟子になれ! 」


 少年は、腕を組んで胸を反らしつつそう言った。

 無視して無銘武術ノーマンズファイトの方へ向かおうとしたが、向き直るたびに「な! 」「な! 」と少年が道を塞いでくる。

 いっそのこと『飛んで』いってやろうかとも考えたが、そのとき唐突に、今朝がた鵐目が言っていた言葉を思い出した。


「……無料タダより安い物は無い、か……」

「その言葉、承諾と受け取った! そら、何が知りたい? 言ってみろ」


 独り言のつもりだったが少年は耳聡みみざとく、なし崩し的に教わることになってしまった。

 この少年、戦闘以外にも押し売り営業の才能があるようだ。


「仕方ないな……。では、正拳突きの正しいやり方などどうだろうか」

「オッケ! 」


 快諾した少年は、少し離れたあとに構えをとった。


「まず半身を開いて、腰だめに構える。んで、弓矢を引くように拳を引いたら、全身を回転させ、力を伝達させて殴る。腕じゃなくて身体全部を叩きつける感じでな。以上だ、やってみろ」


 少年は喋りながらゆっくりと動きを見せ、そして実践を促した。

 とりあえず、言われた通りにやってみる。


「フンッ! 」


 ブォン、と空気を引きずる音がした。

 何にも当てていないのに、拳に何かが当たった感覚がする。何より、全身の歯車がガッチリと噛み合った結果力学的エネルギーが余すところ無く使われた感じを覚え、それには一種の爽快感があった。


「これで合ってるか? 」

「あ、うん。オッケ。完璧。一発で覚えやがったよ、お前すげーな」


 少年は若干引いていた。

 彼はどんな簡単な技でも最低二百回は練習する必要があると考えていたが、目の前の怪人は自分の二百回をたった一回で超えてしまったのだ。


(コイツ絶対IQ高いんだろうなぁー。なんか……アレだ。オセロとか十秒でクリアしそう。すげー! )


 少年はアラハバキに対してちょっとした憧れを覚えていた。それにしても『あたまがいいひと』に対する解像度がだいぶ低いが。


「じゃあ、無料期間はこれで終わりか」

「ん? ずいぶん名残惜しそうじゃねーの? なんならまだ教えてもいいぞ? 出血大サービスだ」

「良いのか? それは助かる。じゃあ次は鉄山靠てつざんこうのやり方を」

「鉄山靠!? まぁ良いけどさ……オレも使えるし」

(良いんだ……)


 そうやって、夜も更ける中、二人の少年は技を磨いていった。


 ━━


 そして、数時間後。空が白み始めた頃のこと。


「……フゥ! これで何個目だっけ? 」

「二十から先は数えて無いな」

「お前吸収速すぎるんだよー! しかも色んな所から技引っ張り出しやがってよー! オレにCQCと功夫クンフーと琉球空手とブラジリアン柔術の知識があって良かったなマジでよー! 」

「必要そうな技をピックアップしたらそうなった。我ながらビックリだ」

「オリジナル拳法でも作るつもりか? ちゃんと技のシナジーとか考えとけ? 」


 二人は上裸でアスファルトに寝っ転がりながら、少年たちは駄弁る。徹夜で身体を動かし続けたが、まだまだ二人には余裕があった。

 アラハバキは異外者イレギュラー であるからして体力があるのはおかしくないが、驚くべきことに少年は常内者ノーマルの身で彼と並んでいた。

 躰道たいどうの動きを教えて貰っている最中にさらっと告げられた事実である。態度にこそ出さないが、今になってアラハバキはとても驚いていた。


「お前、明日ヒマか? まだまだ教え足りないことがたくさんあるんだ。明日もやろうぜ」

「筋肉痛じゃなかったら、付き合ってやるよ」


 爽やかに笑い合いながら、いつからか脱いでいた服を少年に放り投げ、自分も服とローブを着ようとする。


 そのとき。


「━━あ」


 仮面が取れた。


「ん……ありゃま」


 素顔を、見られた。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が、二人の間に流れる。


「……んーと」


 それを破ったのは、少年の方だった。

 おもむろに、スマホを取り出したと思うと。


「おらっ」


 ……と、指でレンズを割った。


「へへっ……セーフ! 」


 そう言って、ナハハと笑った。


「…………セーフ、だよな? 」


 また、沈黙が訪れる。


(……今この時点で、まず考えられる選択肢は三つ)


 一、逃げる。


(最も短絡的な解答だ。コイツの連絡先を知らないから、行方知れずの爆弾に怯え続けることになる。無し)


 二、買収する。


(最も浅ましい解答だ。確実な買収には懸賞金の最低二倍以上はある大金が必要。オマケにコイツへ貸しを作ることになる。無し)


 三、殺す。


(論外。無し)


 ここまで一秒。ハバキはもう一秒を全力で『思考』に消費する。


(縺昴m縺昴m縺。繧�s縺ィ譁�ォ�閠�∴繧九�縺碁擇蛟偵¥縺輔¥縺ェ縺」縺ヲ縺阪◆縲ゅ∪縺ゅ〒繧ゅ>縺�h縺ュ縲√←縺�○蠕ゥ蜈�☆繧句・エ縺ェ繧薙°螻�↑縺�□繧阪≧縺励ゆサ雁セ後b縺薙�貍泌�縺ッ菴ソ縺�¢縺ゥ縲∽シ冗キ壼シオ縺」縺溘j縺ィ縺九◎縺�>縺�%縺ィ縺ッ辟。縺��縺ァ繧医m縺励¥縲�)


 以上二秒間の脳内会議を経て、最終的にハバキが下した決断とは━━。


「……セーフでいいよ」


 友情に訴えることだった。


「マジで!? 良かったー、殺されるかと思ってた! 」

「だから殺しはしないんだって。あの演説ちゃんと聞いた人、案外少ないのか…? 」


 ハバキは頭を掻きながら、少年の肩に手を置く。


「言わずとも分かると思うが、このことは他言無用だ。良いな? 」

「応! 誰にも言わなきゃ良いんだろ? ダイジョブ! オレ、友だち、裏切らない! 」


 快諾してくれたが反応が少し不安だったので、ハバキは両肩をギッシと鷲掴み、目を見て念を押す。


「……良いか? 例外とか存在しないからな? 例え親だろうが、絶対に誰にも『アラハバキの素顔を見た』って言うんじゃないぞ? 似顔絵とかも駄目だからな? 」

「お前意外と若ェんだな。いくつ? オレ十五」

「話聞けよ! 十六だよ! 」


 フリーダム過ぎる反応に、弾かれたように後ろへ身体を投げ出し倒れるハバキ。


「ジョーダン! ジョーダンだって! 流石にバカなオレでも分かってるって! 」

「どうせなら『記憶を消せる異能力』とか欲しかった……『ギアス』みたいな……」

「起きろよー! ホントにダイジョブなんだからよー! 」


 ━━


 数刻の後。


「……そういえば。俺に稽古をつけようと発想したのはなんでだ? 君にどんなメリットがある? 」


 高架のへりで、朝日を眺めながらハバキは聞いた。

 少年も同じ方向を向いて答える。


「夢があるのさ。『最強になりたい』っていう」


「少し長くなるぞ」と前置きしてから、少年は語り始めた。


「オレ、元々は剣道の家に生まれたんだ。しかも、箸を握る前から竹刀握らせるような、ガチの流派。 稽古も朝から晩まで、雨が降ろうが雪が降ろうが竹刀を振り続けるキツイやつ。でも嫌いじゃなかったし、むしろ大好きだった。自分が強くなる感覚ってのに病みつきになってな。ひたすら辛いけど、その辛さが身体を強くする。ひたすら痛いけど、その痛みが心を強くする。そうやって日増しに強くなって行くのが大好きだった。家を出た身だが、今でも剣道はオレの軸だ」


 鉄筋の握り方がやたら様になっていたのはそういうことだったのか、と、ハバキは合点がいった。


「だがある時から、オレは剣道をキライになり始めた。剣道に段があるのは知ってるだろ? その昇段審査を受ける資格ってのがさ、年数で決まるんだよ。そう……年だ。例えば、初段から二段に上がるには一年必要。三段には二年。四段には三年……っていう風にな。そして、一番上の八段に昇る頃には、どんだけ早くても四十代後半になっちまうんだ」


 少年は、手を置いていたコンクリートに爪を立てる。


「それがな……本当に、ムカついたんだ」


 朝日に雲がかかり始めた。そういえば、昨日見た予報では今日雨が降ると書かれていたことをハバキは思い出した。


「オレは、ただ強くなりたかった。そして、誰が見ても『強い』と思えるような証拠も欲しかった。実際、実力なら達人のジジイにだって引けを取らない! 何回もじいちゃんと戦って、何回も勝ち越してんだ! だけど頂点に行くには、何十年も待たなくちゃいけないんだぜ!? ゲームで例えるとさ、レベルがカンストしてんのに『魔王の城に行くにはあと三十年待ってください』って言われるようなもんさ。やる気無くすだろ!? それと同じことが、オレにも起こったんだ! 」


 怒りのままに拳をコンクリートへ叩きつける。

 その後、深呼吸を一回してから「悪ぃな」と話を続けた。


「だから、オレは『剣道』を、『求道』を辞めたんだ。ただ『剣』のみを追い求めることにした━━強くなる、ただそれだけの為にな。お前に色々教えたのはその一環だよ。最強のお前を倒せるようになれば、オレは最強だ。だがお前はまだ最強じゃない。だから、オレが最強にしてやる。それだけの話だ」


 そして、彼の話が終わった。

 ハバキの感想は、たったひと言。


「お前、生まれるのが五百年遅かったな」

「だろ? 」


 たったこれだけだが、少年にとっては十分だった。彼自身も、全く同じことを常日頃感じ続けていたからだ。

 自分の感じたことと相手の感じたことが、全くの同一であったとき。人はそれに幸福を覚える生き物なのだ。


「……にしても最強、か。アラハバキは巷じゃ『最強の異外者イレギュラー』と言われているじゃないか。実際、驕りじゃなく事実として、その気になれば目に入った人間全てを一瞬で縊り殺せる。実行こそしないが、理屈の上ならもう俺は最強なんじゃないか?」

「いーや! お前にゃまだまだ強さが足りてねぇよ、アラハバキ。『最強の異外者イレギュラー』、なんて通り名がその証拠さ」


 そう言って、少年はその場で立ち上がり、ハバキの方を向く。

 ちょうど雲の間から顔を出した朝日が、彼の背後を照らしていた。


「だって本当に最強なら……『異外者イレギュラー』なんて範囲を限定する言葉を付け足す必要、無いだろ? ただの『最強』だけでいい。違うか? 」


 初めて、ハバキは彼に感心した。


「━━と言いつつも、本当はお前の能力の対抗手段が思いつかないだけだったりして。例え真剣持ち出しても、振り下ろした刀テキトーに弾かれて終わりだもん! どうしろって言う話だよ! ナハハハ! 」


 照れ隠しに笑う少年。


「ま、こーいうのは生きてたらある日パッと思い浮かぶもんだからさ! それまではお前を更に強くしてやるよ! 」


 彼はそう言って、拳を突き出す。


「なるほど。この友情が生まれた理由も理解できた。良いじゃないか、最強。男なら誰しも目指したいもんさ。俺も含めてな。オーケー、乗ってやろうじゃないか」


 ハバキも彼の隣に立ち、そう言って拳を打ち合わせた。


 こうして、『最強の異外者イレギュラー 』と『異外者狩りイレギュラーハンター 』の友情が成立した。


「そうだ。お前の名前聞いてなかったな」

「『ナミケン』でいーよ! 知り合いからは大体そう呼ばれてるし」


 二人で『高架から降りた』あと、ハバキは少年の名前を聞いたが、それはあくまでを聞いたつもりだった。例えばアラハバキのような。

 だが、少年━━ナミケンが答えたのは、明らかに本名を元にしたあだ名だった。


 心配になったハバキは、一旦確認する。


「……それ、本名をかなり絞れるあだ名だが大丈夫か? 例えば、『ナミハラ ケンイチ』とか」

「……あ! やっべ! 」

「一番やべぇのは、そこで『やばい』と言ってしまうことだよ」


 正解だった。


 なお、今回に限っては先の刑事のように当てるつもりで勘を働かせたわけではなく、完全に偶然の一致であることを明記しておく。


「あの……オレたちの友情にウソは要らぬ! ということで……」

「……そういうことにしといてやるよ」


 そうして、ナミケンこと波原 憲一ナミハラ ケンイチと見鹿島 ハバキは、連絡先を交換した後、帰路に着いた。

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