第11話 過去 九 報告

 明継あきつぐは急いで、佐波さわに会いに行った。根本的問題の解決にはならないが、心の気休めぐらいはなるだろうと思い、こうの助けになればと考えた。

 緊急に呼び出しを受けた時と同じように、裏から入る。

 大まかな事情を話した明継に佐波はケワしい表情でこうった。


れで、私にどうしろと……。」


 佐波が返したのは冷淡な返事であった。彼は薄暗い部屋の中で、昨日と同じ様な面持ちで、上座に座っていた。衣装すら同じである。


 佐波の突き放した言葉が、明継の心を虚無キョムにした。其れでも、変に取り乱す事はしなかった。


「何かをしてほしいとう気はありません……。ただ、伝えておく必要があると考えたからです。」


 佐波は頷く事がない。


「伊藤殿は、紅を元に戻したいのだろう。ならば、せつとやらを野放しにしておいても、良かろうに……。結果的には同じ事であろう……。たかが女の言葉など誰も信じはせん。新聞記者などほおっておけ……」


 佐波の様子に愕然ガクゼンとした明継は、自分に味方がいないと実感した。

 元から味方の無さは分かっていたが、自覚すると、辛いものがあった。

 新聞とっても、イデオロギーを拡散する様な内容が主流で、女性誌が軽く扱われていた時代だ。


言葉ですが……。こうを危険にさらすのはどうかと……。」


うなのか。」


 佐波はどうやら事の重大さに気が付いない。

 暗くて表情がウカガえないが、れでも何となく分かる。


慶吾隊けいごたいが動いています……。」


「誠か。」


 流石サスガに声が裏返っている。


 佐波は、唯一の一連の事件の真実を了解している人物である。佐波は紅を弟のように可愛がっていた。


 紅のタメに、佐波は、ウワサを握り潰し、明継を不信に思う輩を処罰した。後ろから紅のために支援をしていた人物でもった。

 皇院おういんの血族が血相を変えて、紅を捜索すると出た時も、佐波が止めた。


 宮廷のスキャンダラスはおうの威光を損ねるとして、揉み消されるのが風習になっていたが、皇院勢力が黙っている訳がなかった。

 れを黙らせ、佐波の父親であるおうを動かした。


 威厳や神々しさが今だ健在である父皇の命令を利用して、何とか明継と紅は難を逃れた。

 其れ故に三年間も紅は何とか明継の側に居られるのである。其の苦労を明継は知らない。


「皇が動いているものと思います……。節がっていました。」


 明継は上司に失敗を報告するように、険しい口調である。

 佐波は狐に抓まれた顔でいた。

 其して、口に手を当てて、薄暗くとも血の気が引いた表情をしたのが、確認できた。


「其れは……、考えられない。父皇ちちおうが、慶吾隊けいごたいを動かしている何て……。」

 佐波は考えを巡らせた。




 大分昔に、皇院の男が逃げだした事があった。其の時は、脱走であった。

 当時の皇は、軍人の敵前逃亡と云う罪を利用し、最も不名誉に、皇院の男を処刑させたらしい。

 其れだけではなく、周りの皇院の血族が其の様な重い行為を、時代皇に懇願コンガンした。

 時代の皇院達が、表舞台に立たなくても、絶大な信頼を勝ち取って来ただけはある。



 だが、佐波の父皇は、其の行為ソノコウイを実に遺憾イカンだと考えて、紅が逃げた時も、佐波の願いをココロヨく引き受けて、の他の皇院を押え付けたのである。所詮ショセン、皇院は皇の権力を利用しているに過ぎなかった。


「しかし、皇以外に慶吾隊が動かせる人物は……。」


「否。其れはない。」


 明継は佐波の次の言葉を待った。


何故ナゼならば、紅を救うように、父皇ちちおうに願いしたのは私だからだ。の上、父皇が今さら、紅を捕まえて何をしようと云うのだ。もしや……。」


 自分に問い掛けている佐波に、明継はウツムいたママでいた。


「父皇以外の人間が、紅を探そうとしている……、もしくは、紅を……。」


 佐波の予想外の言葉に、目を丸くした明継は、慌てて話を聞こうとした。

 次代当主の不信感に、明継が慌てた。佐波の不吉な言葉に動揺を隠せなかった。佐波の次の言葉は出てこない。


「皇以外に国の権力を振るえる者がいるはずはありません……。」


 明継の声が引き攣っている。恐怖の為、脂汗が一気に流れ出た。


「父皇はまだ御健在ゴケンザイ。側近の皇院が皇の許可なく、動くはずはない……。可笑オカしすぎる……。」


 佐波はまだ頭の中で考えをマトめているようだった。佐波のれ聞く言葉に、一抹イチマツの不安をき立てられた。



 佐波は、表情を立て直すように、背筋をしゃんとし直した。


「見苦しい姿だった。忘れてくれ。」


 皇院おういんは、おう尻馬シリウマに乗って、同行しているに過ぎない、皇の一声があれば未然に防げるし、皇が反論すれば、意見など通りもしない。

 だが、厄介な事に、血縁関係になっているので、|皇の弟が皇院に位置する時期もある。そうでない時もあるが……。

 やはり、肉親の情は切っても切れない物がある。


 明継は、漏れ聞いた佐波の言葉に大きな存在が音をたてて、接近して来るのが分かった。

 今までにない強力な権力。其して、自分達への敵意。



「お前は、何をしたいのか……。」


 意味が分からず、視線がクウを舞う明継。

 突然の言葉に反応が鈍る。


「紅を……。」


 言葉を続け様としたが佐波が奪う。


イナ。伊藤殿が紅をどうしたいのではなく、自分に対して……。」


「はい。」


「自分がどうしたいか……だ。」


 上手い言い回しではないが、意図するものは理解できた。しかし、今までの会話の流れと全然違う質問に驚きはあった。


「私は……。」


 明継は、自分の事に関して執着シュウチャクがなく、逸脱イッダツした行動が多く見受けられた。

 其れは、生命維持に不可欠な食も放棄ホウキしている事からもウカガえた。

 (れでも、紅がいるから、生きる気力が出て来るのである)と佐波は考えている。

 明継に、元から生への執着シュウチャクはなかった。


「余り……。考えておりません。」


 余りではなく、全然と云う訳にいかず、そうったにぎなかった。


「では……、紅がいなくなった後はどうする。」


 一番難解な問いだった。

 前に、問われた時は、倫敦ロンドンに帰ると答えた。だが、今は違う。状況や、紅への感情。

 返答に困り、の選択肢は明継の頭の中には存在していなかった。

 シドロモドロしている明継。


「……。」


イナうではなくて……。現実はきっとムゴいだろう。罪を負わされる。皇家おうけに対する反逆罪で終身刑か、無期懲役か……。もっと悪くなるかもしれない。」


「其れは、ゾンじております。覚悟の上…。」


 イブカしげな雰囲気の佐波が、真剣な面持ちの明継を、し目がちに見た。


「お前はの意味を分かっているのか……。」


ゾンじ上げています。」


 沈黙が空気を包つむ。

 面持オモモちだけが険しくなっている明継に、佐波は、ダダ大きな溜息タメイキを吐いた。


「分かっていないな……。」


 佐波はアキれ果て、言葉を失っているように見えた。

 明継が言葉を解かっているだけで、死を理解していない。頭で理解しようとしている明継に、佐波は不安感をツノらせた。周りを犠牲にしている事すら、気付いていない明継に腹立ちを感じた。


 事態ジタイは、もっと深刻になっていると佐波は踏んでいる。状態をトラえていない明継に、の話をしても理解出来ないだろうと考えていた。


「ホトホト、御前は馬鹿だ……。」


 佐波は思った。

 紅の性格は解っている。紅は其れでも明継にしがみ付こうとするだろう。明継は、紅の事で周りが見えなくなってしまっている。愚かしいほど馬鹿だ。

 明継の問題点は其処ソコにないと思っているのが余計、厄介だ。愛する者を守ろうとすればする程、何も見えなくなるのは、全般的な人間にえる事でもある。


 倫敦での実績もる男が、一人の少年のために、我を無くしている。る意味美しくあり、気の毒でもあり、哀れであった。

 其して、佐波も……、愛する者を助け様として同じ事をしている事に気が付く。


 佐波が自傷気味に笑った。


「お前ではラチがない。紅を連れてマイれ……。」


「宮廷に紅を……ですか……、其れは危険ではありませんか……。」


「木は森に隠せ……、を知らんのか。一番安全なのは、私の手の内である。怪しい奴等ヤツラネラわれないですむ……。」


「いいえ……。怪しい者が紅を狙うとう事は、佐波様の身にも何かあるかもしれません。余りに危険すぎます。」


 佐波の独り言を思い出し、紅が危険に遭遇する時は、佐波も危険と隣り合わせではないか……と、明継は考えた。

 今まで紅の身ばっかり気にしていた。佐波も危険に巻き込まれると危険性があると、考えた。


「伊藤殿一人で紅の身を助けられると思いか……。」


 佐波の言葉に押し黙る。

 もしも、慶吾隊を出動させるほどの権力の持ち主であるなら、紅の命が狙われるかもしれない。だが、佐波の元なら……。


「其れでは、佐波様が、危険にサラされるのでは……。」


諄諄クドイ。」


 佐波はピシャリとい放った。

 明継は目上の人間に押し黙り、仕方なくウナズいた。


「深夜に、ムカえにやる。其れで紅を連れて参れ。闇夜なら、誰も怪しまれず、此処ココまで来られる。信頼できる馬子マゴも付ける。其れならば、顔を見られず、来られるだろう。いいな。」


 流石に生まれの良い威厳は健在で、命令した。明継は頷く。

 其して、佐波の異変に気が付いた明継は、今までにない行動と言葉が、事の重大さを理解させるのには十分だった。

 以前にも増して、色の濃い雰囲気が佐波の周りにマトわり付く。


「紅に危険が迫っているのか……。」


 明継は、下唇を噛んで、言葉をらした。

 三年間、佐波はどんな事があっても、紅を連れて来いとはわなかった。

 佐波自身が紅を守り切れないと確信をしているようだった。

 明継は腹をククる。


「分かりました。」


 節の時も、自分一人の力では紅も守り切れないと薄々は感じ始めていた。

 明継は、力強くウナズいた。

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