第8話 過去 六 モガ

 一人の女性が此方コチラに近づいて来る。して、明継あきつぐの座っている隣に腰を据えた。

 何ら違和感のない動作に、興味すら引かれず、気にも留めていないふりをした明継。


 紅を連れている不安感から、明継はの女の人相を視界に入れず、ウカガった。


 日本人らしい顔付きと、れでいて現代人女性の凛とした面持ちがあった。

 髪型は今風で、モガを彷彿ホウフツとさせる。女性の雰囲気に恐怖は感じない。しかし、何かが可笑オカしい。


 女性に失礼なので、明継は目線全部をこうに移した。



 相変わらず紅は、木蓮モクレンにご執心シュウシンで、明継の心配何て、何の其の。

 風に揺れて紅い木蓮の花びらが揺れるたび、喜びながら上を眺める紅。


 ビィドロの様な肌の横顔を見た時、今までに感じた事のない変な危機感を知った明継。


 紅を失いたくないと思えば思うほど、強く激しくなる鼓動。紅を鍵まで渡して自由にする覚悟と理性が混じり会う。其れでも、平常心を作ろうと紅の方を向くが、余計に不安をアオられた。


「どうかしました。」


 其の女は、不意に話し掛けてくる。

 天都てんとの街は、他の地方と比べ、人間関係が希薄な雰囲気であるのに、女は知り合いのように平気で言葉を付いた。

 表情は柔和ニュウワで気さくな人物のようだが、明継は関わり合いになりたくないと感じた。


 時代は、女性は一歩引いて歩き、ヒカえめで感情的にならないのが理想とされていた。所謂ショセン、大和撫子タイプでは見るからになさそうだった。


「いいえ、何でもないです……。」


「気分が悪いのですか。」


 女は、明継あきつぐに対する、其の不快さを漂わせている顔色を、気分が悪いと勘違いしたらしい。

 明継は他人の事を気遣うのだから、悪人ではないだろうと予測する。其う考える事で何か嫌な予感を振り払おうとした。


「いいえ。」


木蓮モクレンは綺麗ですよね。良く裏山に咲いていました。」


 女は御構オカマいなしに話を、発展させる。


 近所の女が花見にきているのだ、紅を知っているバズはないと、必死になって良い方へ考える事にした明継。

 今席を外れたら余計怪しまれると計算もしていた。


「彼は御連オツれさんですか。」


 女の目線は紅の方に向かった。変に詮索センサクされては困るので、明継は受け流す。


「えぇ。まぁ。」


「見かけない子ですね。」


 此の侭コノママだと紅の話題になると踏んだ明継は女に会釈をする。


「すみません。用事があるので失礼します。」と言い残した。

 其して、立ち上がると、はや走りで紅の方へ向かおうとした。

 彼女から、一秒でも早く離れ様と思ったからだ。


「すみません。伊藤さんですよね……。」


 耳から脳へ思考が回らなかった。直ぐに、呼び止めに答えまいとする明継に、大きめの声で其の女は問い続けた。

 明継の背に話す女。

 明継の動きが止まる。


「私の事を知っているのなら、始めからって下さい。」


 明継は、女の不気味な行動を嫌悪に思った。



 秋継の名前を知っている女。明らかに、不快感満載に近い警戒心をアラわにする。

 其の女の方に、見向きもせず、正面にする事なく、紅の方へ前に進もうとした。

 明継は、会話を対等に話し合う気さえないようだ。


「其れは、失礼。」


 言葉上で謝罪する女は、明継を鼻で笑った。

 ベンチから立ち上がり、明継の斜め後ろに、はり付いて来る。


 明継は、思考した。


 自分を知っているのは、宮廷の者か、実家の者くらいである。だが、女の顔に見覚えはない。余計、怖くなった。


「自己紹介しておきますね。私は田所 節たどころ せつ。」


 此の侭コノママ、節の話を聞いてはいけないと感じ、早く紅から引き離そうと思う。


 『では、用件は……。』と聞いたら最後、蛇のように巻き付いてくる気配が、せつからした。

 無視し、紅と避難しようと決心し、木蓮の元に足を動かした。


「すみません。時間はありますか。」


「急いでいますので……。」


 冷たい口調で明継は云う。


「此の頃、政府に不信な動きがあります。貴方アナタは、内部に詳しいでしょ……。少しぐらい話を聞かせてほしいのよ。」


 女は明継の態度を御構オカマいなしに続けた。


 早歩きで、逃げ様とする明継、ホッと胸を撫で下ろす。

 紅の事が表沙汰オモテザタにならないのなら、問題はない。


話、出来ません……。失礼。」


 其れでも、何処ドコから紅の話題が出て来るかもしれないので、足を早めた。


「貴方も関係しているのですか。」


「失礼な……。変なウワサをたてられては困る。」


 今の時期に紅の存在が知れ渡れば、結果的に紅は保護され、彼は明継をウラむと思った。紅の意志で戻るなら、怨む事はない。

 紅に忘れられても、怨まれるのは屈辱的だった。


 第三者の力によって、二人の生活を踏みニジられるのは耐え難かった明継。

 紅の意志で、三年前の状態に元に戻すのとは、雲泥の違いがあると感じた。



 秋継の蛮声バンセイに、驚いた紅が不信に思って近づいて来た。


 明継の元に来て、節の反対側に寄り添った。


 失敗したと感じた明継は、すぐに作り笑いをして紅を安心させようと笑顔を造った。


 節の視界に入らないように、仕方なく紅を連れて歩く。結果的に明継が邪魔をして節に紅は見えない。


 節は、秋継の表情を追うのに必死だ。

 紅の存在に気付いてから、冷淡レイタンに挨拶するだけだった。話し掛けなかった所を見ると、どうやら紅に興味はないらしい。少し安心する。


慶吾隊ケイゴタイが動いています。」


 節は、声を潰して云う。


慶吾隊ケイゴタイが動いている。」


 異質な言葉を耳にして反応してしまう明継。其の言葉で歩みを止めてしまった。



 呆然と節の顔を眺める。

 宮廷版、警察官の有能部隊に近いものである。主に、警護や内向きの仕事が多いが、慶吾隊が出動していると云う事は内密に処理したい事である。

 明継が知っている限り、紅の失踪以外に主立オモダった問題はない。


 今まで宮廷のスキャンダラスはおうの威光を損ねるとして、揉み消されるのが風習になっていた。其れが原因でか、三年間も紅との生活が続いたのかは、分からないが、一つの要因にはなっただろう。

 (だが、此処ココで内部陣が動いていると云う事は……。)


「先生……。」


 隣に居る紅は、明継の背広袖セビロソデを持って黙って立っていた。不安そうな顔付きでいる紅。


慶吾隊ケイゴタイ程の上部の者が動かせる人間は、一人しかいないわ。」


 意味ありげに笑う節。


おうか……。」


「ええ。此の世に其れだけの権力を持っているのは、おうだけだわ……。其処ソコを知りたいのよ。」


 誘導尋問に引っ掛かり悔しそうに下唇を噛んだ明継に、追い討ちを掛ける節は紅に視線を移した。


 節が狙っているのは、宮廷の一大事件だ。


 皇院おういんである紅隆御時宮こうりゅうおんときのみやの失踪の尻尾を掴み掛けている。



「彼……、弟さん。」


 しまったと明継は息を呑む。一番握られたくない事を握られたと感じた。


「否。友達だ。」


「へぇ。たった三年間少しで同居するほど仲の良い友達……。」


 又、不快な笑みを浮かべた節。


 此の女は自分に関する諜報チョウホウを手に入れていると明継は考えた。諜報はあるが、証拠がないため明継に釜を掛けているのだろうと感じ、黙った方が得策と思った。



 自分が目当てか、紅が目当てか、どちらにしろ大変な事になるのは目に見えていた。

 此れ以上は危険だと判断し、紅の手を引いて歩みを早めた。逃げるように紅を連れる。


 背後で節が叫んでいる。其れに目もれず、足早に去って行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る