第二十二話 あれがいっぱい

 俺の手の平に落ちた二つの雫。


 そのマガツヒノセオリツの涙のうちの一滴は、茜さんの手のひらにあるものと良く似た指輪へと変化する。


 波をモチーフにしたデザインの指輪のようだ。石はついておらず、指輪自体の材質は一見してプラチナに見えるが、明らかに硬度が高い。

 未知の金属の可能性すらある。


 そして、反対の手に落ちたもう一滴。

 そちらは細長い手のひらサイズの金属のような光沢をもった棒のような物へと変わった。


「二つの指輪は対なの。お兄さんもお姉さんも、左手に早く。この子の声が生んでくれたこのうたかたの空間が、『アレ』で弾けてしまう前に」


 マガツヒノセオリツのいう『アレ』とはなんだろうと思いながら、俺の体は勝手に指輪を左手にはめようとする。

 どうやらマガツヒノセオリツの声には強制力があるようだ。


 スルリと指輪が左手の指へと滑り込む。

 同じように茜さんも指輪をはめた時だった。


 マガツヒノセオリツのいう『アレ』が何か俺は理解する。

 ここに来たときから不思議に思っていた、空間に充満して視界を妙に遮ってくる薄暗い闇。それがまるで実体化したかのように集まりはじめ、ついにはモゾモゾと動き出したのだ。


 広間のそこかしこで。


 まるで、真っ黒な多足の虫のようになった『アレ』が、広間に、空間自体にわだかまっている。良く見ると『アレ』の口らしき部分が蠢いているのだ。ムシャムシャと。


 ──空間を、食べている!?


 そのうちの一体が、モゾモゾと結構な速さで、俺たちへも迫ってくる。

 思わず俺は茜さんを抱き上げて、足元へと迫った『アレ』を、力一杯踏みつける。


 その瞬間、手の中の金属光沢の棒が、またたきするように輝く。俺の足のしたで、『アレ』が薄暗い闇へと戻っていく。


 ──物理攻撃が効いた? いや、マガツヒノセオリツの涙のこれのおかげか?


 しかし俺が倒したものは、広間のそこかしこに現れ始めた無数の『アレ』の一つに過ぎなかった。

『アレ』は俺を避けるようにしてマガツヒノセオリツの足元へも何体も何体も這いより、その体を覆い始めていく。


「リツちゃん!」


 茜さんが、叫ぶ。リツちゃんとは、どうやらマガツヒノセオリツの愛称のようだ。


「大丈夫、お姉さん。僕は、いつものことなの。ありがとう、この子を連れてきてくれて──」


 そう話している最中で、『アレ』が、完全にマガツヒノセオリツを覆った瞬間だった。

 何かが弾けるような感覚が全身を駆け抜ける。。


 気がつけば俺たちは例の壁抜けをした袋小路の壁の前へと戻っていた。


 その様子を、無事だったラジ夫が撮影している。


 茜さんをお姫様だっこして、左手の薬指にお揃いの指輪をした俺たちの姿が、ライブ配信で全国へと伝えられたのだった。

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