第二十三話 カオス

 コメント欄が、元気いっぱいだ。


 '木村と、茜さんが帰ってきたぞ!'

 'いま、明らかに中空から現れたよな!?!?'

 'あり得ない。テレポートも瞬間移動も、スキルですら実現不可能とされてきたのに'

 'なんと、壁抜けの衝撃を上回って来たよ'

 'なあ、まったく。壁抜けの実現可能性の考察で盛り上がっていたのが、バカみたいじゃないか'

 '楽しかったけどな。それ以上の考察案件をぶちこんでくるとか。木村、侮れぬ'

 '全くだ。それに見ろよあれ、木村の左手、やるなー'

 'え、え、え、うそ……'

 'あ、茜タソの、左薬指がっ。ぐはっ'

 'どう見てもオソロの指輪だよな'

 'しかも明らかにアーティファクト級以上だろ、考察班、出番だぜ!'

 'ダンジョンさん宝物の婚約指輪とか、ロマンチック'

 '該当品目はないな。これは詳細な調査を要する、とだけ'

 '嘘だろ、考察班が匙投げやがった'

 'あ、茜タソ──56565656565656565656すっ'


 そして俺と茜さんのスマホが、それぞれ鳴り出す。


 一つは、不吉な不吉な、メロディ。

 茜さんのスマホから流れる着信のメロディだ。

 ももちゃんから。


 俺はゆっくりとお姫様だっこしたままだった茜さんを地面に下ろそうとする。

 無言で腕の中からこちらを見つめ、ふるふると首を横に振る茜さん。両手が祈るように組まれている。


 その表情はまるで、下ろさないでー下ろされたら、スマホに出ないといけないのーこのまま二人で逃げよ? と言っているかのようだった。


 俺も茜さんを抱き上げていれば、そのせいで両手が使えないかと、一瞬思う。


 しかし、いっこうに着信は止まらない。

 俺は現実に向き合う覚悟を決める。有無を言わせずに茜さんをおろして、スマホを取り出す。

 表示されたのは、ももちゃんのいる事務所の番号だ。

 たぶん事務所の電話と、ももちゃんのスマホ、両方からそれぞれにかけているのだろう。

 一瞬、俺たちが同時にスマホに出たらどうするのかなと思う。しかし、ももちゃんなら普通に俺たち二人と同時に話せてしまいそうだ。


「もしもし木村です」

「木村さん、スマホは名乗らなくても大丈夫です。それとまずは視聴者の方々に挨拶をして配信を止めてください」


 ももちゃんのひどく冷静な声。名前も名字呼びだ。


「はい、ただちにそうします」


 俺はなぜか敬語になってしまう。


「皆様、本日は俺の始めてのライブを見ていただいてありがとうございます。事務所ストップが入ったのでここで配信を終わりにします。ありがとうございました」


 'ええっ!'

 'そんな、中で何をしてたのかは!'

 '事務所ストップってばか正直に言っちゃう木村さん、ちょっと可愛い'

 'お疲れ様。初配信とは思えぬ濃厚さだったぜ'

 '56す56す56す56す56す……'

 'おちつけ、もうあの左手みただろ。茜タソの幸せを祝おうぜ'

 'ムキーッ。56す56す56す56す56すっ!!!!!!の幸せなんて!呪いまくって!!!'

 '……お前、わざと煽って面白がってるだろ'


「──あー、ラジ夫、配信終了」


 こうして俺の初のライブ配信は、平穏には済まなかったのだった。

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