散々な金曜日も、これでおしまいだよな  後編

 規則正しい電子音に重なる大人たちの声。そして、鼻をつく『茶色の胃薬』の臭い。似たようなシチュエーションで目を覚ますとか、せっかくの金曜日が台無しだ。


 ところで、オレはどうしてここにいるんだろうか。 あれやこれを考える前に、起きるのも面倒くさい。


「起きたか?」

「オタク誰よ」


 この声は知っているようでそうでもない。

 イヤイヤ、今日、あんなにいっぱい話し合ったじゃないか。


 首を動かすついでにと、周囲を見渡せば、窓を背に高梨がパイプ椅子に座っていた。



「帰らないのか」



 オレの問いかけに、高梨がバツの悪そうな表情を浮かべている。


「お前さ、どこまで覚えている?」

「は?  ええと」


 どこまでと聞かれたはいいけれど。んん? ラーメン屋で荒井と会ったまでなら記憶にある。


「ああ、お前と一緒にアイツをつけたんだよな」


 ほっとしたような、なんとも言えない顔色の高梨を見ているうちに、あの出来事が脳裏に甦る。あんな風にドンピシャなタイミングで、横からのカウンターを喰らうとか、ホントについてねえよな。


『小池っ、今、救急車呼ぶから』

『お前、それ』


 何も言うなとのセリフに、遠くで響くクラッシュ音が重なった。



 鋭い激痛のために、オレの意識は幾度となく、夢とリアルを行き来する。救急車の赤色灯が高梨の頬を染めていた。



『くそ……』



 あまりにもしんどくて、オレは意識を保てなくなった。



 一部始終を思い出した途端、体のあちこちが疼き始める。高梨のボタン操作で、ベッドの背もたれが浮き上がった。


 窓の外はすっかり日も暮れて、時間もイマイチわからないな。


「お袋……来たのか?」

「今、看護師さんから、入院手続きの説明受けているよ」


 ん……なんか忘れていないか。そうそう、ひったくり犯はどうなったんだろう。 


「高梨、すまない」

「ああ、実はアレ、取り戻せたんだよ」 


 よかったと思いつつ、オレは一旦目を閉じる。荒井はオレたちがつけていると、わかっていたのか? あそこにオレたちを誘導するために、高梨の取材を受けたのか? 


 そんな疑惑が、オレの頭の中で堂々巡りする。


「結局、荒井はどうしたのかな」


 オレのつぶやきから間を空けず、

「バイクを倒したみたいで」

「はい?」

「それで警察に自首したよ」

 高梨の口から顛末が語られた。


 荒井は脅しに屈して、オレたちをあの場所へと誘導した。

 しかし、わずかに良心が残っていたらしく、従順なふりを演じながら反撃に転じたそうな。


「あっそう……あの人、想像より度胸があったんだな」

「ハハッ。それ、失礼だろ? 仮にも恩人だぜ」


 高梨の言うこともごもっともだ。


 ここで新たな疑問がオレの中でわき起こる。一介の男子高校生がヤクの転売なんて思いつくのか?


「あの先輩たち、オレより頭悪そうだしな」

「急にどうした」

「転売ヤーの黒幕……他にいるよな」

「お前でも、そう思うのか」


 どのスポーツであっても怪我はつきもの。病院行って湿布のついでに痛み止めをもらう。


 薬の調達方法はなんとなくわかるけど、野球しかやっていない連中だけで計画を練り上げるの、難しそうなんだよな。


 多分、学校のどこかに『黒幕』はひそんでいるはず。


「よし! オレが転売ヤーどもを炙り出してやるわ」

「わかった……小池?」


 ヤバ……頭が。割れそうな痛みに襲われる。青ざめた表情の高梨も徐々に霞んで見えなくなった。


 ナースコールがボヤッとした感じで鳴り響く最中、一、二の三と数える気力すら持たない。


「もう少しの辛抱だから……」

「ん」


 オレの意識は深い闇に埋没した。

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