第3話 そのキスに想いをのせて

 ウィッチタブルーとアナはコニカを含めた三人で野盗たちの根城にやってきた。コニカを安全な場所に連れて行こうにも手近な都市まで何日もかかる。その間に野盗たちは他の女の子たちを連れて移動してしまう。

 危険渦巻くラ・ド・バーンの大自然。そのなかに巣くう野盗たちは一カ所にとどまることなく常に移動する。そうすることで魔物や恐竜たちの目につかないようにして人間相手の襲撃を繰り返す。ラ・ド・バーンで野盗の根絶がむずかしいのはそれが理由である。

 女の子たちを助けるためにはすぐに野盗の根城に向かわなくてはならなかった。かと言って、コニカを森のなかにひとりで置いておくなどもちろん、出来るはずもない。結局、一緒に連れてきて自分たちが身近で守るのが一番、安全なのだった。

 ちなみに、野盗の男は身動きできないよう丈夫な蔦でグルグル巻きにして、高い木の枝に吊してきた。ひどいと思うだろうが、本人の安全を考えてのことである。地上に置いておけばすぐに恐竜たちに襲われてしまう。高い木の枝に吊しておけば襲われる心配はない。もちろん、それはそれで巨大な竜脚類に木の実かなにかとまちがわれて一呑みにされてしまう、と言う危険があるわけだが……そのときは『運が悪かった』とあきらめてもらおう。

 ともかく、野盗たちの根城である。大きなテントを中心にいくつかのテントが張られている。中央の大きなテントに女の子たちが閉じ込められており、まわりを囲むテントが野盗たちの居場所だそうである。

 「コニカ。あなたはそこの木の陰に隠れていて。なにがあっても動かず、声も出さず。いいわね?」

 「は、はい……」

 ウィッチタブルーにそう言われ――。

 コニカは青い顔で震えながら、それでも必死にうなずいた。

 そんなコニカに向かい、アナは優しくも力強い笑みを向けた。

 「だいじょうぶ。あたしたちを信じて。必ず、君も、君の友だちも助けるから」

 「……浮気もの」

 「お前にだけは言われたくない!」

 ボソリと呟くウィッチタブルーに対し――。

 憤然ふんぜんとして答えるアナだった。

 「それで、どうするの?」

 ウィッチタブルーが尋ねるとアナは迷いなく答えた。

 「決まってる。あたしが野盗どもに突っ込んで注意を引く。その間にお前が女の子たちを助ける。女の子たちの安全を確保したら野盗を殲滅せんめつする。それだけだ」

 「了解」

 走り出そうするアナをウィッチタブルーが引き留めた。顔を近づけた。唇と唇を重ね合わせた。

 「幸運を」

 「……ああ」

 そして、アナは野盗の群れに突っ込んでいった。その間にウィッチタブルーは中央のテントに入り込んだ。そのなかにはコニカの言ったとおり、七人の女の子たちが鎖につなげられて閉じ込められていた。憔悴しょうすいしてはいたが怪我はなさそうだ。服装に乱れもなく、慰みものにはされていないようだ。あるいは、手付かずのまま売り飛ばすつもりだったのかも知れない。

 ――どちらにしても、間に合ったわね。

 ウィッチタブルーはそっと息をついた。

 「助けに来たわ。音を立てないで。すぐに……」

 ウィッチタブルーがそう語りかけたときだ。顔をあげた女の子たちの表情が恐怖に強張った。ウィッチタブルーの後ろ。そこに獣の皮をまとい、剣を手にした男が立っていた。

 男はウィッチタブルー目がけて剣を振るおうとした。だが、ウィッチタブルーの方が速い。稲妻が走り、男を撃った。アナが騎士なのに対し、ウィッチタブルーは巫女。武器も使えるが、魔法こそが本職。だが――。

 男は稲妻に撃たれたのもかまわず剣を振りおろした。ウィッチタブルーは軽くかわしたが、さすがに驚いた表情になっていた。

 「わたしの稲妻が効かない?」

 その答えは男の胸にあった。胸にかけられたひとつのペンダント。

 「……魔封じの宝玉」

 「へへっ、そう言うこった」

 獣の皮をまとった野盗の男は舌なめずりしながら笑った。

 「こいつがある限り、おれに魔法は効かねえ。こいつらは売り物だから手をつけるわけにゃいかねえが……ヘヘ、お前なら別だな。その顔、その体。楽しみがいがあるぜ」

 「あなたが野盗のかしら?」

 「そういうこった」

 「なんで、ここにいるの? あなたの部下たちが襲われているというのに」

 「へっ、なめんなよ。あんな陽動にひっかかるおれかよ。狙いが女どもの救出なのはすぐにわかったさ」

 「なるほどね。高価な宝玉にその判断力。さすが、このラ・ド・バーンの大自然のなかで生き抜いてきただけのことはあるわけね。正直、あなどっていたわ。でも……」

 ウィッチタブルーは軽く言ってのけた。

 「全然、問題ないんだけどね」

 「うおっ……!」

 突然――。

 野盗のかしらの足元からすさまじい風が吹きあがった。その風に吹き飛ばされ、かしらはテントの天井に叩きつけられた。ラケットに打たれるボールのような勢いで落下した。そのかしらを『なにか』が襲った。まとっていた獣の皮がズタズタに引き裂かれた。さらに――。

 新しい『なにか』が起こり、剣をもったかしらの腕を粉砕した。なにも見えない、なにも聞こえない。それでも、たしかに『なにか』が起こり、かしらの腕を粉々にしたのだ。

 「ば、馬鹿なっ……!」

 かしらは叫んだ。腕を粉々にされながらなお、それだけ叫んでのけたのは大したものだったかも知れない。

 「お、おれに魔法は効かねえ……! 効くはずがねえ、この魔封じの宝玉がある限り……」

 「おあいにくさま」

 ウィッチタブルーは冷ややかに言った。かしらを見つめる視線は言葉の一〇〇倍も冷たかった。

 「火曜かよう三行さんぎょうえんねつふう。熱を操って空気を熱してあげれば、上昇気流が発生してすべてを吹きあげる。同様に、熱を操って空気を振動させればカマイタチが発生し、すべてを切り刻む。振動の仕方をかえれば超音波となる。なにも見えず、なにも聞こえないまま、撃たれたすべてを粉砕する。

 これらは、魔法の熱で引き起こされてはいてもあくまでも自然現象。魔力を打ち消すだけの魔封じの宝玉では防げない。魔法の真髄しんずいは魔力をいかに力にかえるかという知恵と工夫。魔力を防げても、それだけでは魔法は防げない。

 さあ、どうされたい? 上昇気流に吹きあげられて地面に叩きつけられ、ペチャンコになりたい? カマイタチにズタズタにされたい? それとも、超音波に骨まで愛されてボロボロにされたい? まあ、むさい男の要望なんて聞く気はないんだけど」

 ウィッチタブルーは恐ろしく冷たい眼差しを向けると、指先をかしらに向けた。

 「さあ、死になさい」

 野盗のかしらは顔を恐怖に引きつられた。そのとき――。

 ガンッ!

 大きく、激しい音がしてかしらが倒れた。そこにはアナが立っていた。剣のつかでしたたかに頭のかしらを打ちつけ、昏倒こんとうさせたのだ。

 「アナ。もう終わったの?」

 「あんな雑魚どもに五分も一〇分もかかるわけないだろ」

 「気絶させたりしなければ殺してやれたのに」

 「だから、急いできたんだ。こいつらは全員、生かして捕まえる。殺すにしても裁判にかけて法律の名のもとに、だ。勝手に殺していいわけじゃない」

 その言葉に――。

 ウィッチタブルーは溜め息をついた。

 「本当に真面目よね。皇女殿下なんだから、そんな手続きはすっ飛ばせるでしょうに」

 「皇女だからこそだ。国のトップが法を守らなかったら誰が法を尊重する? あたしには皇女として法に従う手本となる義務があるんだ。それに……」

 アナは剣を収めた。ウィッチタブルーをじっと見つめた。

 「……お前の目的は母親を殺した戦争そのものを殺すことだろう。そのために、旅に出たんだろう。だったら、『人を殺してはいけない』って言う意識を徹底させなきゃダメだろう」

 「アナ……」

 「あたしだって帝国の皇女として、帝国がこれまで行ってきた侵略行為に対する責任は感じているつもりだ。だからこそ、もうそんなことは起きないようにしたいと思っている。そのために、外交を志したんだ。だから……」

 その言葉に――。

 ウィッチタブルーは目を閉じた。再び開いた。アナに向かって微笑んだ。

 「ありがとう、アナ。とめてくれて」

 「気にするな。あたしはお前の姉で、親友で、そして――」

 アナはウィッチタブルーに近づいた。そっと顔をよせ、ありったけの愛情を込めたキスをした。

 「……彼女なんだから」


 ふたりは女の子たちを助けて手近の都市まで連れて行った。野盗たちも一緒に連行し、引き渡した。これで一件は落着。あとは都市の司法機関のやることだ。ふたりのやるべきことはなにもない。

 ふたりはとりあえずその都市に泊まり、翌日に出発することにして宿をとった。とったのだが、

 「わたしは用があるから。あなたは先に寝ていて、アナ」

 「用? 来たばっかりの町になんの用があるんだ?」

 「助けた女の子たちとデートの約束しておいたの」

 「浮気ものぉっ!」

                 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

巫女と皇女と百合咲く旅路 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ