第2話 さらわれた女の子たちを救え!

 ウィッチタブルーとアナは今日もふたり並んで、危険渦巻くラ・ド・バーンの森のなかを歩んでいた。

 ラ・ド・バーンの森の危険には様々なものがある。森に巣くう妖魔・妖怪、異界より訪れる魔物たち。見上げるばかりに巨大な恐竜たち。その他にも危険な相手は数限りなく存在する。そのひとつが――。

 人間。

 ウィッチタブルーとアナはほとんど同時に、森のなかを走るふたつの足音と息づかいとを聞き取っていた。もちろん、普通の人間に聞こえるような音ではない。距離もかなりある。危険な森を行くためにレンジャーとしての訓練も受けているふたりだから聞き取ることが出来たのだ。

 「……ひとつの足音は軽くて歩幅が短い。これは女の子の足音ね」

 ウィッチタブルーが言うと、アナもうなずいた。

 「もうひとつの足音は重くて大きい。歩幅も広い。これは男、それも、けっこうな大男だな。野盗が狙いをつけた女の子を追っているというところか」

 「……まずいわね。軽い方の足音が乱れている。森での移動に慣れていない。息も切れている。重い方の足音は一定のペースを保っている。こちらは森のなかの移動に慣れているわね。息も安定している。放っておけばすぐに追いつかれるわ」

 「行くぞ、ウィッチタブルー! 不埒ふらちな男から汚れなき乙女を救うのは騎士の務めだ」

 「男だったら救わないわけ?」

 「それはお前だろ!」

 アナはそう言って森のなかを走り出した。さすがに徹底した訓練を積んでいるだけあって、落ち葉や枯れ枝が厚く積もった森のなかでも舗装された道路とそうかわらない速度で走っている。

 「まあ、否定はしないけど」

 ウィッチタブルーはそううなずくと義姉で親友で彼女であるアナの後を追った。


 「ほれほれ、どうした。もっと速く逃げないと捕まえちゃうぞお~。捕まえたらあ~んなことやそんなことしまちうぞお。ほらほら、もっと速く走れ」

 男はそう嘲りながら必死に走る女の子の背中を剣先でつついている。

 女の子はもう息も絶え絶えで、いつ走れなくなっても不思議ではない状態だった。それでも、捕まったあとの恐怖を思い出し、必死に足を動かしている。

 ――助けて、助けて!

 声にならない声を大きな瞳にいっぱいにたまった涙にかえて、必死に逃げる。 「あっ……!」

 女の子が転がっていた木の枝に足を取られて転倒した。

 「さあ~、捕まえちゃうぞお~」

 男がニタニタといかにも野盗らしいいやらしい笑みを浮かべて女の子に手を伸ばした。女の子の顔が恐怖に引きつる。怖くてこわくて悲鳴をあげることすら出来はしない。大きな瞳に涙があふれた。そのとき――。

 「汚い手で女の子にさわるなっ!」

 その叫びとともに雷光が走った。駆けつけたアナが長剣を引き抜き、剣の腹で男の頭を殴りつけ、昏倒こんとうさせた。

 呆気あっけにとられる女の子の前でアナは騎士らしくまっすぐに背筋を伸ばした姿勢で長剣をさやに収めた。女の子に近づき、にっこりと優しい笑みを浮かべた。

 「だいじょうぶでしたか、お嬢さん?」

 そう言ってやさしく手を差し伸べるその姿。まるっきり『女子校の王子さま』。女の子も思わずいまの状況を忘れ、アナに見とれている。

 「どっちが浮気ものなんだか」

 『やれやれ』とばかりに首を振りながら、ウィッチタブルーは男に近づいた。起きあがろうとしていた男の頭を靴底で踏みつけ、改めて昏倒こんとうさせた。


 女の子の名前はコニカと言った。学校が卒業目前になったので、その記念として友だち皆ではじめての旅行に出たのだという。

 もちろん、危険渦巻くラ・ド・バーンの大地。よほど腕の立つものでなければ自分ひとりで都市の外に出ようなどとは思わない。個人的に護衛を雇うか、武装した隊商に混ぜてもらうか、定期的に出立する寄り合い馬車に乗るか、だ。コニカたちも寄り合い馬車に乗り込んでの旅行だった。

 「……野盗たちは自分たちより大勢は襲わない。寄り合い馬車なら大人数だし、選任の護衛もいるから安全だ。そう聞いたから旅に出ることに決めたのに……それなのに、こんなことになるなんて……」

 コニカはボロボロ涙を流している。アナはそんなコニカを優しく抱きしめ、慰めた。

 手が早い、見境がない、という点ならたしかにウィッチタブルーの方が上だろう。しかし、『王子さま振り』なら断然、アナである。可愛さと凛々しさとを併せ持ったその風貌、騎士学校で身につけた折り目正しい態度は伊達ではない。

 「何人の女の子を泣かせてきたんだ⁉」

 と、アナはウィッチタブルーによく言うが、泣かせてきた女の子の数なら実はアナも負けていない。

 寄り合い馬車に乗っていたのは三〇人ちょっと。その他に護衛役が五人。さらわれたのはコニカを含めて八人。それ以外の乗客や御者、護衛役は全員、斬り捨てられた。実際の生死まではコニカにわかるはずもないが、ラ・ド・バーンの森のなかで傷ついて打ち捨てられたとなったら生きていられるはずがない。血の匂いに惹かれてやってきた恐竜たちに食われて終わるだけだ。

 コニカはなんとか助けを呼ぼうと逃げたしたものの、見張りに見つかってしまい、追われていたのだそうだ。

 「泣かないで、コニカ。君も、君の友だちも、必ずあたしたちが助けてみせる」

 アナはコニカを勇気づけるために優しくも力強い笑みを浮かべてそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る