第31話 ダナン VS ドルガー 試合前

 中央都市ガーランディア大公園で開かれる、「全国ギルド大霊祭」の日がやってきた。


 午後一時までには、舞台上での演奏会、ギルド長たちの挨拶あいさつが終わった。


 各ギルドの職人の物品販売、各道場師範しはんの公開指導演武も終わり、午後四時──。


 メインイベントである、僕──ダナン・アンテルドとドルガー・マックスの試合が予定通り、開かれることとなった。


 場所は、大公園の東にある中央大コロシアム。


 僕はアイリーンと一緒に、ひかえ室の通路から、観客席をのぞいた。


「うっわ……すげえ」


 三万人収容できるコロシアムは、ほぼまっている。どうやらブーリン氏が宣伝したらしいが……。


「こんな日が来ると、信じてたわ」


 僕に付きってくれたアイリーンは、つぶやくように言った。


「ダナンが皆に知れわたる日が」

「お、おい、アイリーン。こんなに満員になるなんて、何かの間違いじゃないのか。僕は魔法剣士の先生の、真似事まねごとをやっているだけなんだぞ」

 

 するとアイリーンは、僕の手をそっと握った。


「間違いなんかじゃないよ。皆、応援してる。もちろん私も……」


 アイリーンは涙ぐんでいた。


「あ、ごめん……私、控え室に戻ってるね!」


 アイリーンは、控え室のほうに走っていってしまった。


(ん?)


 その時、アイリーンが走り去って行く通路の壁に、少年が寄りかかっているのが見えた。僕のほうを見ている?


(う、おっ……!)


 今まで感じたことがない、無気味な圧力だ!


「女の子を泣かせるなんて、君もすみに置けないなあ。ダナン君」


 少年はそう言った。な、何で名前を知っているんだ? あ、そ、そうか。僕はドルガーとの試合の出場者だから、知っててもおかしくないか。


 少年の年齢は僕と同じくらい……十六歳か17歳? 身長も同じくらいか。


「君がダナン君だね。初めまして。僕はヨハンネス」


 誰だ?


「全世界勇者ランキング二位のヨハンネス・ルーベンスです。よろしく」

「ゆ、勇者の二位だって?」


 全世界の魔物討伐とうばつ家で、二番目に強い、ということじゃないか!


「松葉杖のダナン君」


 ヨハンネスなる少年は、僕の左脇の松葉杖を見て、ニコッと笑った。


「僕は世界を征服したい。魔王なんかよりも早くね」

「は?」

「簡単にいえば、世界最高の人間になりたいんだよ。だから、残念ながらダナン君。君という存在はね、僕にとって邪魔なんだよ──。君は、脅威きょういだ」


 彼の、言っている意味が分からない。


 その時、ヨハンネスは左腰のさやから剣を抜いた!


 ううっ!


 こ、この剣は! 何という禍々まがまがしさだ。僕の頭の中に、この剣が死体の中にもれており、その血を吸い込んでいるイメージが入ってきた。


「くっ」


 僕は思わず、試合で使う魔力模擬剣まりょくもぎけんさやから抜き出した。試合前なので、装備していた。


「僕と、やるのかい」


 ヨハンネスはにこやかに聞いた。


「い、いや」


 僕はこれから、ドルガーとの試合がある。こんな通路で、知らない少年とにらみあっているわけにいかない。


 僕は冷静になり、魔力模擬剣まりょくもぎけんさやにおさめた。


「君がドルガー君を倒したら、次は僕と勝負だよ」


 ヨハンネスはそう言って、廊下の奥へさっさと歩いていってしまった。


 な、なんなんだ、あいつは? ドルガーの知り合いか?


 僕は彼の背中を、じっと見ているしかなかった。

 



 僕は控え室に戻った。ひかえ室には、僕とアイリーンの他に、パトリシア、ランダース、マリーさんがいる。


 パトリシアは左肩から左腕にかけて、ギプスで固められているが、笑顔だ。


「ハッハッハ! ダナン! 最高じゃないか。こんなに観客が観てくれるなんて」

「僕の身にもなってくれよ。緊張するよ、三万人も集まるなんてさ」


 僕は笑顔を作って答えた。しかし──。


「ん? ダナン君、なんだか浮かない顔ね? 試合前にどうしたの?」


 マリーさんが気づいたように、僕の顔を見た。さ、さすが占い師。見抜かれている!


 僕は、さっきのヨハンネスという少年のことが、少し気になっていた。


 だが、今はそれどころじゃない。


「いえ、大丈夫です」

「ダナン君、不穏ふおんな噂を聞いたわ。ドルガーがランゼルフ地区の自分の支援者しえんしゃたちを、コロシアム舞台周辺席に座らせているようよ」


 マリーさんが言った。え? ど、どういうことだ?


「嫌な予感がするのよね。あなたに対する罵声ばせいが飛んでこないかしら」


 ええっ? まさか、ドルガーはそこまでやらないだろう?


「それから、あなたの足のことだけど……。【大天使の治癒ちゆ】は、必ず必要なときに、発動するはずよ。だから、それを信じて」


 マリーさんは静かに言った。


 うーん……。あのエクストラ・スキルはいつ発動してくれるか分からない。右足を治してくれる、すごいスキルなんだが……。


 でも、【大天使の治癒ちゆ】が必要なときが、必ずくるはずだ。




 そして三十分後──ついに、試合開始時間だ。


 僕は控え室を出て、コロシアムの花道を通った。


 花道には観客が大勢いて、僕を見ている。こ、こんな大勢の前で試合をするなんて、初めてだ。


 すると……。


「帰れ!」

「ダナン! お前はドルガーに勝てないぜ!」


 えっ?


「この野郎! ランゼルフ・ギルドをめた裏切者!」

「ドルガーさんの恩を、忘れやがって!」


 は、花道の周囲の観客が、僕に……罵声ばせいを浴びせてきた!


 マリーさんの予感が当たった!


 ボニョッ

 

 くそおっ! 売店で売ってる、ミカンが頭に当たった。


 他にも、クッキー、揚げパン、焼きとうもろこしの芯が、僕に対して投げ込まれる。


 ヒュッ


 間一髪かんいっぱつ、当たらなかったが、またミカンが頭の上を飛んでいった。


「ダナン、ドルガーにさっさと斬られろや!」

「てめーの、ブザマな姿を観に来たんだ」

「ドルガーさんに勝てるわけねーんだよ!」


 ドスの効いた罵声ばせいが飛ぶ。ずいぶん、手慣れたヤジを飛ばす連中だ。ランゼルフ地区のマフィアだな。


 ……今度は、かたそうなリンゴが飛んできた!


 これは、当たったら、まずい!


 パシイッ


 僕は右手で、リンゴをつかんだ。ふうっ……。


「あっ……!」

「う、す、すげえ」


 ドルガーの支援者しえんしゃたちは、目を丸くした。罵声ばせいが少し収まったようだ……。


 僕は松葉杖を使って、早歩きするように、舞台に上がった。




 ドルガーはすでに舞台の上で待っていた。


「声援が多くて、うらやましいねえ!」


 ドルガーは嫌味ったらしく言った。声援じゃなくて、罵声ばせいだろ……。


「てめーの勝利なんざ、誰も願ってねーんだよ。皆は勇者の俺を応援しているんだ!」


 くそ、姑息こそくなことを……。僕は言ってやった。


「ドルガー! お前がコロシアムに自分の支援者しえんしゃを集めて、ヤジを飛ばすよう、指示したんだろう?」

「……な、何? なぜそれを」


 ドルガーは、ギクリとした表情をした。


 やはり、マリーさんの予想は当たりか。


「僕の心をけずるつもりだったんだろうが、余計、燃えてきたぜ」


 僕はそう言い、魔力模擬剣まりょくもぎけんを構えた。


「ちいいっ!」


 ドルガーは舌打ちすると、自分も腰のさやから、魔力模擬剣まりょくもぎけんを抜き出した。


 ドーン


 試合開始の太鼓たいこが鳴った!

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