第30話 ドルガー VS パトリシア

 僕はダナン・アンテルド。右足を大怪我し、いつも左脇に松葉杖を一本抱えている、魔法剣士だ。


 二週間後、「全国ギルド大霊祭」があるが、そのメインイベントとして、僕と勇者ドルガーの試合がある。


 一方、僕の周囲の人々にも、変化が起きた。


 ランゼルフ・ギルドに所属していたパトリシアやモニカ、マチュア、マイラ、そしてポルーナさんがランゼルフ・ギルドを辞めた。そして、僕の所属するマルスタ・ギルドに所属してくれたのだ。




 今日はマルスタ・ギルドの魔法剣術道場で、試合に向けて、パトリシアと訓練をすることにした。


「ダナン! 今日は二人っきりで、練習できるな!」


 パトリシアは広場で目を輝かせて、僕に言った。


「ま、まあね」

「一緒に汗を流し、愛の交流を深めようじゃないか!」


 彼女の言っている意味はわからんが、練習パートナーができて助かった。


 ちなみにアイリーンは、今日は看護師のアルバイト。ランダースは朝から、飲み屋で酒を飲みまくっているらしい。




 そんなわけで外の広場で、パトリシアと剣術の訓練をしていると、誰かが広場に入ってきた。


 ん? 誰だ?


 すると──黒服の男たち五名が、僕とパトリシアを取り囲んだ。


「何だ! お前たちは!」


 パトリシアが声を上げる。


「俺だよ」


 黒服の男たちの後ろから現れたのは、ドルガーだった。


「ドルガー? な、何しに来たんだ?」


 僕は驚いて聞いた。ドルガーはニヤリと笑って答えた。


「ダナン、お前との試合前に、練習試合をしようじゃないか。ランゼルフ・ギルドでは、なかなか手が合う者がいなくなってな」


 ドルガー? お前は何を言っているんだ? 僕との本番の試合の前に、僕と練習試合?


 頭がおかしくなったのか?


 僕は当然、きっぱり断ることにした。


「常識外れのことを言うなよ。試合は、試合当日、試合場でする。お前に、手の内をさらしたくないからな。さっさと帰ってくれ」

「そうか? お前の隣にいる、パトリシアなら、俺との勝負を受けると思うが」

「なに?」


 パトリシアはピクリと眉を動かした。


 ヤバい。パトリシアはプライドが高い。ドルガーの挑発ちょうはつにのっちゃダメだ!


 ドルガーはクスクス笑っている。


 ん? ドルガーのヤツ、なんだか前と雰囲気が違うぞ。やつれたような、体に不気味な薄暗い「気」をまとっているような……。


「ドルガー! お前は前に、私にダナンのことを悪く言ったな! そして道場破りまがいのことをさせた」


 パトリシアはドルガーをにらみつけた。


「ダナンは良い人だ。ドルガー、お前は私をだまし、はじをかかせた……! お前の望み通り、今ここで、私と勝負をしようじゃないか」


 僕は(しまった)と思った。やっぱりこうなったか……。


「いいねえ、その気の強さ……。さすが天才美少女剣士だ」


 ドルガーは木剣ぼっけんを、黒服から手渡された。


「タアアアアアアーッ! 先手必勝!」


 パトリシアの急襲きゅうしゅうだ! 自分の木剣ぼっけんで、ドルガーに襲い掛かった。


「ハハハ、やっぱり来たな、パトリシア!」


「新しい俺の力を、見せてやるぜえっ!」


 ドルガーは笑った。


 何? 新しい力──だと? どういうことだ?


 ガッ、ガシッ、ガシッ


 パトリシアの上、右横、左斜めからの三連斬りだ。


 素早い!


 僕との対戦のときよりも、するどさが増している感じだ。


 しかし……。


「なんだ、それは? 軽い、見せかけの剣技だな」


 ドルガーはそう言った。


 パトリシアの素早い三連撃を、すべて受けきったのだ。


 ドルガーに、そんな技術があったとは? ドルガーは防御に関しては、あまり得意ではなかったと思うが……。


 その時!


 ──ドンッ


 ドルガーは一歩踏み出し、パトリシアの右肩に、自分の左手を突き出した。


 ドガアアアッ


 パ、パトリシアがっ……!


 五メートルは吹っ飛んだ……?


「う、うぐっ」


 パトリシアは背中を地面に打ちつけ、うめいた。そして目を丸くして、ドルガーを見た。


 僕も驚いていた。ドルガーは、パトリシアの肩口を突き飛ばしただけだ。


 男女の力の差、体重の差はある。


 しかし、人間が突き押しただけで、五メートルも吹っ飛ぶものなのか?


「こ、このっ!」


 パトリシアは立ち上がった。どうやら、肩の骨は外れていないようだ。


 すぐに、ドルガーの胸部めがけて、木剣ぼっけんを突いた!


 しかし、ドルガーはそれをける。


 まただ!


 ドルガーの、華麗かれい体捌たいさばき! 


 僕が「ウルスの盾」にいた時、ドルガーはこんな華麗な技術はもっていなかったと思う。いつの間に、こんな体捌たいさばきを身に着けたんだ?


「ここだっ」


 パトリシアの目が、ギラリと光ったような気がした。


 ヒュッ


 パトリシアの得意な、下段斬り!


 足狙いの剣技だ。


「ぬうううんっ!」


 ガシイッ


 しかしドルガーは、パトリシアの下段斬りを防いだ。


 それだけではない。


 パトリシアの木剣ぼっけんを弾き飛ばした!


 そして!


 ミシッ


 自分の木剣ぼっけんを、パトリシアの左肩に、躊躇ちゅうちょなく振り下ろしていた。


「う、ぐっ!」


 パトリシアは左肩を押さえ、苦悶くもんの表情で両膝りょうひざを地面についた。


(まずい!)


 僕はあわてて松葉杖を使い、ドルガーとパトリシアの間に入った。


「待て、ドルガー! 練習試合では、寸止すんどめをするのが常識だろう!」


 僕は木剣ぼっけんを構えて、ドルガーに向かい声を上げた。


 しかしパトリシアは、「ダナン!」と叫んだ。


「私の負けだ! ダナン、君は今は勝負してはならない。君は後日、正式な試合があるだろう!」


 うっ……。


 ぼ、僕はドルガーに襲い掛かりそうになっていた。


 僕は歯噛はがみしながらも、ドルガーをにらみつけた。


「おいおいおい、口ほどにもねぇな。パトリシア~」


 ドルガーはニヤニヤ笑いながら言った。


「ダナン、そんな弱っちいヤツと、練習していたのか? まったくあきれるよ」


 僕はまだパトリシアの前に立っている。パトリシアを、ドルガーの攻撃から守るためだ。


 ドルガーはまだ、木剣ぼっけんを構えていた。


 それにしてもドルガー……。


 まさか、ここまで強いとは?


 とくに、さっきパトリシアを手で突き飛ばしたが、すさまじい「力」だった。


 僕はピンときた。


 マリーさんに「スキル」を引き出してもらった、あの時の僕と似ていないか?


「お前……その強さ、その力……。まさか?」


 ドルガーはピクリと僕を見た。

 

 僕は聞いた。


「『スキル』……だな?」

「まあ、スキルっちゃスキルだな。当たり、ということにしとくか」


 どういうことだ? スキルと似て非なるものを、身に着けたというのか?

 

 とにかく、早くパトリシアを病院に連れていかないと。


 多分……彼女は肩の骨が折れている。


「ドルガー、早く帰れ! パトリシアは怪我をしている!」


 僕が叫ぶと、ドルガーはクスクスと笑った。


「ダナン、今日、俺がここに来た理由は、お前に俺の今の実力を前もって知らせておこうと思ってな」

「何だと?」

「これは心理戦だぜ? すでに勝負は始まっている」


 そして叫んだ。


「ダナン! 試合当日は、てめぇを『魔力模擬剣まりょくもぎけん』で八つ裂きにするから、覚えとけ」

「早く帰れっ」


 僕が叫ぶと、ドルガーは「またな」と笑いながら、広場を出ていった。


「うう……」

 

 パトリシアは左肩を押さえて、真っ青な顔で座り込んでいる。肩の骨が折れているはずだ。


「パトリシア、待ってろ!」


 僕は急いで、ギルド長室に駆け込んだ。そして、ブーリン氏にパトリシアの怪我を話し、白魔法救急隊を呼ぶように頼んだ。


 僕はドルガーに怒りを感じ、こぶしを握り締めた。

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