第28話 その頃、勇者ドルガーは⑥【勇者ドルガー視点】

 ドルガーとヨハンネスが、「全勇者大交流会」で会った三日後──。


 ドルガーはジョルジュと一緒に、ライリンクス王国の外れの草原地帯で、ヨハンネスを待った。


 ドルガーは、「闇のスキル」を植え付けてもらうため、魔王に会うために魔国ジャルガーダに旅立つのだ。ここから千キロ離れた場所にある、魔物の巣窟そうくつだ。


(大変な旅になるぞ)


 ドルガーはつぶやいた。


(いや、そもそもヨハンネスの言っていることは本当なのか? 魔王たちに闇のスキルとやらを、俺に植え付けてもらえるだなんて。作り話じゃねえだろうなあ……)


 おとものジョルジュは浮かない顔だ。


 昨日は勇者ヨハンネスと、旅の予定を話し合った。


 半日の旅になるという。……千キロという長距離なのに、馬車で半日の旅だと? 普通に考えれば、半日で行けるわけがないが。しかしヨハンネスは、「間違いではない」と言うのだ。


 ドルガーたちは、一応、三日分の食料を持ってきた。


 五分待つと、東から馬車がやってきた。二頭の真っ黒なバカでかい馬が、馬車を引っ張っている。


 その馬車の客車から、ヨハンネスが顔を出した。


「やあ、約束通り、来たね」


 ヨハンネスはニタリと笑って、ドルガーに言った。


「闇のスキルを植え付けられる、覚悟はできているかい?」

「あ、ああ。お、俺はどんな手を使っても、ダナンに勝ち、NO1の勇者になりてぇんだ」

「いい意気込みだ。さあドルガー君、ジョルジュ君、魔国ジャルガーダに出発だ」

「確認ですが、本当に魔国ジャルガーダに行くんですか?」


 ジョルジュは声を震わせえて言った。


「魔物が襲い掛かってくる。魔物の巣窟そうくつですよ。殺されます。それに、どうしてヨハンネスさんは我々を、魔国に案内してくれるというのですか? 何か目的がある?」

「ん? 僕の目的? 友人の魔王に会いに行くだけだよ。問題ないだろ」


 ヨハンネスはひょうひょうと言った。


 魔王と友人? な、なんなんだ、こいつは。本当に勇者なのか? 


 ドルガーとジョルジュは首をかしげながら、馬車の客車に乗り込んだ。


 客車の中には、顔に傷ができた、魔法使いが座っていた。


「あ、あんたは……。いや、し、知っているぞ」


 ドルガーは言った。


「大魔導士グロードジャングス!」

「俺のことを、よく知っているな」


 グロードジャングスは言った。この男は、有名な大魔導士だ。闇の魔法の研究者として有名で、危険人物とされている。


 ヨハンネスは、こんな男とも知り合いなのか?


「俺もヨハンネスも、魔物たちと知り合いだ。俺が結界を張るから、襲われることはない。ヨハンネスも魔物たちに信頼されているから、大丈夫だ」


 ドルガーは眉をひそめた。


「ま、魔物たちに信頼されているって? お、お前ら、魔物たちとどういう関係……?」


 馬車はもの凄いスピードで走り始めた。普通の馬車ではない。客車を引っ張っているのは、「魔黒馬まこくば」という巨大な魔族の馬で、とてつもない力を持つ。


 ちなみに御者ぎょしゃはいない。勝手に魔黒馬まこくば二頭が、馬車を引っ張って走るのだ。


魔黒馬まこくばに任せておけば、半日で着くだろうね」


 ヨハンネスは伸びをしながら言った。




 馬車は進んだ。やがて、人間界の風景とは、周囲の風景の雰囲気が変わってきた。


 大地の色は灰色になり、空は昼間だというのに、無気味な血の色になった。


 馬車は魔国ジャルガーダに入ったのだ。


 ズウウウウウン……。


 荒野こうやに、そんな地響じひびきのような音がしてくる。


「ストーンゴーレムだ」


 馬車の客車の中から、グロードジャングスは言った。


 荒野こうやに、体長5メートルはある石でできた魔物が歩いている。しかも五匹も、群れをなしているのだ。


 みつぶされたら、命はない。


「ストーンゴーレム! 名前は聞いたことがあったが、初めて見ました」


 ジョルジュは興奮しながら言った。


「どんな戦士でも、十秒でひねりつぶすという……」


 空には、赤い色をした巨大龍が飛行している。


「ひいいっ……。あ、あれはレッドドラゴンか? 伝説の魔物じゃないか」


 ドルガーは悲鳴を上げた。


「やっぱり、だ、大丈夫なのかよ。人間が、こんなところに来て」

「大丈夫だって。その証拠に、魔物は襲い掛かってこないだろう」


 ヨハンネスは言った。


「結界を張り、僕たちも魔物と同じ『気』を発しているから、向こうも警戒しない」


 どういうことなんだ? この勇者ヨハンネスという少年と、大魔導士グロードジャングスという男は? 魔物の気を発する? そんな魔法、技術は聞いたことがない。


「ハハハ、ここから歩いて帰るかい? 絶対死ぬけど」

「ひいいいい~っ」


 ドルガーとジョルジュは、抱き合って泣いた。




 荒野を進むと、やがて、巨大な城の前に辿り着いた。


 まるで巨大な枯れ木のような、無気味な城だ。


「魔王の城だよ」


 ヨハンネスが言うと、ドルガーは「マジか」と言った。ジョルジュは真っ青な顔をして、黙っているだけだ。


 城の前には、これまた巨大な魔物が一匹立っている。その魔物は、ブラックデーモン! 太い尻尾が生えた、猿が巨大化したような真っ黒い魔物だ。


「う、うわあああっ。ブラックデーモンじゃないか。お、おとぎ話の絵で見たことがあるが、実在するとは」


 ジョルジュは言った。


 すると、ブラックデーモンは太い声を出して、ドルガーたちの乗った馬車を引き留めた。


「何だ、お前らは。ここは魔王様の城だぞ。俺は門番だ。誰も通させない……殺すぞ」

「僕だよ、ブラックデーモンのグダボロスさん」


 ヨハンネスは笑いながら、馬車を降りた。


「おお~っ、ヨハンネスか。グロードジャングスもいるじゃないいか。久しぶりだなあ」


 ブラックデーモンは笑いながら言った。


「調子はどうだ? 魔族の世界も景気が悪くってな。株でもやろうかと思っているんだが、どうもダメだぜ」


 ドルガーは目を丸くした。勇者ランキング2位の勇者が、魔王の城の門番と、世間話をしている!


 い、一体、ヨハンネスという男は、何者なんだ?


「おい……詮索せんさくするな。ヨハンネスについていけば問題ない。さあ、城の中に行くぞ」


 グロードジャングスは、静かにドルガーに言った。



 ドルガーたちは、魔王の城に入った。


 案内人は、城にすみつく、闇幽霊ダークゴーストだ。


「話は聞いていますよ。『闇のスキル』が欲しいとか。長旅、ご苦労様でした」


 闇幽霊が礼儀正しくドルガーたちにそう言うと……。


 城の玄関で、ガシャン、ガシャンという音が響いた。


 暗黒騎士が二十体、ホールを見回って歩いている。でかい。一体三メートルもある。


「ひいい……」


 ドルガーとジョルジュは、もう恐ろしくて逃げ出したくなった。


 しかし、ヨハンネスとグロードジャングスはひょうひょうとした表情で、案内役の闇幽霊についていく。


 迷路のような城の内部を歩きまわり、五階にやっとたどり着いた。


「魔王様はこちらにおられます。どうぞ」


 闇幽霊ダークゴーストは、鉄の巨大観音扉を指し示した。

 

 ギイイッ……。


 自動的に扉が開く。


(お、俺はどうなっちまうんだ? 殺されるのか? それとも……)


 ドルガーは、闇のスキルを手に入れることはできるのか、不安だった。


 しかし──ついに魔王に会うことになる!

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