第18話 僕が暴力師範? 濡れ衣なんですけど!

 僕は旧師範しはんのランダースとの勝負に勝ち、マルスタ・ギルドの魔法剣術師範しはんの立場を手に入れた。


 気を取り直し、勝負の翌日、ようやく指導に入ることができた。


「えーっと……いろいろあったけど、基本からいきましょう」


 僕は道場生に言った。


 一つ気になるのは、ランダースが道場の後ろで、僕の指導を見学していることだ。


 ……やりにくいんですが!

 

 道場生たちは10歳から15歳の男女。皆、基本的にマジメだけど、態度の悪い男子道場生が何人かいる。


 これはランゼルフ・ギルドでもそうだった。


 だけど──。


「君のこの部分は良いね。ここは直したほうが良いよ」


 そうしっかり伝えると、態度の悪い男子道場生たちも納得してくれた。

 

 結局、皆、魔法剣術を学びたくて道場に来ているわけだ。強くなりたいのだ。


 時間と体力をムダにしたくないはずだ。


 態度が悪い子も、しっかり教えれば、次第に心を開いてくれた。




「ダナン先生、教えてください!」


 休憩きゅうけい時間も、女の子たちが僕を取り囲んで、教わりに来た。ランダースは道場の後ろで、いびきをかいて寝ている。


「ずいぶん、やる気があるんだね」


 僕が言うと、女の子たち三人……エスカ・ピラー、ルル・ストースアン、ジェニー・アイザックは小声でこう言った。


「……後ろにいる前任の先生って、道場でお酒を飲んでいて、やる気がなくて困ってました」

「お手本を見せてくれないんですよ」

「なんかだらしなくってヤダ」


 まあ、言いたいことは分かる。


「その点、ダナン先生は優しそうだし」

丁寧ていねいだし……強いし」

「顔は結構、かわいいし……」


 女の子たちは、顔を赤らめながらそう言っている。


 かわいい、というのは恥ずかしかったが、どうやら嫌われてはいないらしい。僕はホッとした。


「おいっ、俺の噂話かぁ?」

 

 僕の後ろで声がした。振り向くとランダースが立っていた。い、いつの間に!


「きゃああああ~!」


 女の子たちは逃げていってしまった。


「ちぇっ、俺は化け物かよ~」


 ランダースはため息をついた。


「俺はお前に負けたわけじゃないからな~。剣を叩き折られただけだ。だが……」


 ランダースは腹をボリボリかきつつ、言った。


「お前の力は認めるぜ。何か協力できることがあるなら、言ってくれ。魔物討伐とうばつとかさ」


 負けん気は強い人だが、結構、良い人かもしれない。




 だが、二週間も経つと、道場生の間で、変な噂が立ち始めた。


 今日の指導後、トイレのほうから道場生の噂話が聞こえてきた。


「あのダナンって先生、前の道場で道場生をなぐってたんだってさ」

「ええっ? 信じられないよ」

「噂が出てるんだ」

「道場生を怒鳴りつけて、蹴ることもあるって」

「ええ~、ひでえ」


 な、何のことだ?


 すると、ブーリン氏が僕のほうに歩いてきた。


「ダナン君……見損みそこなったよ!」

「え? どういうことですか?」

「君は前の道場で、道場生たちに、ひどい暴力をしていたそうじゃないか!」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

「……私もウソだと思いたい。だが、これを見てくれ」


 それは、僕は道場生を木剣ぼっけんで、男子道場生をなぐっている写真だった。な、なんだこれ?


 場所は……確かにランゼルフ・ギルドの道場だ。男子道場生の顔は、……知らない道場生だな。


 デリックたちやパトリシア、ランダースに勝負をいどまれ、仕方なく戦ったことはある。でも、写真に写っているのは、その勝負の場面でもないみたいだ。


 僕が道場生の体を、一方的になぐっているように見える。


 こんなこと、したことないぞ?


「これは何かの間違いです」

「……写真に写ってしまっている。君はしばらく謹慎きんしんだ。休みたまえ」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕はこんなことはしていません!」

「暴力をふるっていない、という証明ができなければならん。それまで謹慎きんしんだ」


 クビにはならなかったが……。な、なんなんだ、この写真は? 




 その日、僕がマルスタ・ギルドの師範しはんになった噂を聞きつけた、アイリーンがギルドに来てくれた。


 僕らはアモール川の土手にある、遊歩道のベンチに座って話した。


 アイリーンは、まだ看護師のアルバイトを続けているらしい。


治癒ちゆ魔法も学べるから、良い勉強になるよ」


 アイリーンはそう言った。


 僕はアイリーンに、道場での嫌な噂話を話すか迷った。


 アイリーンの今の生活は充実している。余計な心配をかけてしまうかもしれない。


 だが、結局話すことにした。


 アイリーンは目を丸くして言った。


「ダナンが暴力? ランゼルフ・ギルドで?」

「そうなんだ。写真まであるんだ。身に覚えがないのにさ。指導は謹慎きんしん状態になっちゃったんだ」

「私がパトリシアやモニカから聞いた話だと──。ランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるったのは、ドルガーでしょ。あなたじゃない」

「そうなんだよなあ……。間違って伝わっているのかな。だけどさ、なぜか写真まであるんだ」

「その写真、私に見せてよ」


 僕はため息をつきながら、アイリーンに例の写真を見せた。


 僕が道場生に、木剣ぼっけんでなぐっている写真だ。くやしいことに、自然なカラー写真だ。


「本当に、身に覚えがないのね?」

「確かにデリックたちやパトリシア、ランダースとは、道場で試合をしたよ? だけど、あれはあっちがいどんできたんだからさ」

「この写真は、試合の風景には見えない。……これ、あなたが一方的になぐっているように見える。上手く撮れてるわね」

「へ、変なこと言うなよ」

「この写真、分析してみなければダメね。こういったものに詳しい、私の知り合いの探偵がいるんだけど……会いに行く?」

「君の知り合いに探偵? 初耳だな、そりゃ」

「パメラ・エステランという人よ。でも、現在、居場所が分からなくって……」

「パメラ・エステラ……ン? どこかで聞いたような名前だな」

「私の魔法全般の先生、マリー・エステラン先生の、お姉さんよ」


 ええっ? アイリーンの先生がマリーさん? そのお姉さんが探偵?


 マリー・エステランといったら、ランゼルフ・ギルドの元ギルド長じゃないか? しかも、僕のスキルをひきだしてくれた、恩人だ!


 アイリーンは言った。


「パメラ・エステランという人は、妹のマリーさんといつも一緒に住んでいるはずよ」

「そ、そうなのか?」


 僕はあわてて、マリーさんの居場所が書かれた地図を取り出した。ポルーナさんが書いてくれた、地図だ。


「多分、マリーさんとパメラさんは、ここにいるんじゃないか?」

「……え? グバルー魔霊街まれいがい? た、大変な場所よ!」


 聞いたとこがある。ランゼルフ地区にある、スラム街だ。


 悪人がうろうろしているし、魔物もみついているという噂もある。


 とにかく、大変危険な場所だ。


「ここに行くんだったら、パーティーを組んだほうが良いわ! そうね、私も行くから、あと二人くらい?」


 アイリーンは提案した。


(パーティー……!)


 僕は久しぶりに、この言葉を聞いた、と思った。魔物討伐とうばつパーティーを追放されて以来だ。


 グバルー魔霊街まれいがいに、あと二人、誰を連れていこうか?

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