第17話 新師範 VS 旧師範

 僕はランゼルフ・ギルドを追放され、マルスタ・ギルドに所属した。


 翌日、すぐに魔法剣術道場で指導を始めることにした。


 今日は、少年少女部。10歳から15歳の男女20名の指導だ。


「基本から始めよう」


 僕は言った。


「姿勢、すり足、魔法のイメージの仕方から学んでいこう」


 女の子の道場生たちが、僕を見てクスクス笑っている。


「ね、あのダナンって先生、優しそうだよね」

「松葉杖をついているんだね」

「顔、かわいくない?」

「そうそう! ほら、歌劇のジョージ・ペリア君に似てない?」

「似てる~!」


 何か噂されているな……。


 ちなみにジョージ・ペリアとは、歌劇の男性俳優だ。若い女の子に人気がある。実は最近、行きつけの美容室で、ジョージ・ペリアと同じ髪型にしてもらった。


 だから似ていると言われたのだろう。人前に立つ仕事だから、ちょっとは見た目に気をつかわないと……。


「じゃあ、始めよう」


 僕が赤面しながら道場生にそう言ったとき、バン! という音が響いた。


 道場の扉が、勢いよく開く音だ。


「おいおいおい~。何、知らないヤツが指導しちゃってんの~?」


 何だ? 金髪のヘラヘラした男が入ってきたぞ。


 その男は、僕をにらみつけてこう言った。


「お前、なんなん? 俺がこの道場の師範しはんなんだけど」


 ん? あっ、まさか、この人か? マルスタ・ギルドの前任の師範しはんっていうのは。


 年齢は……18歳から19歳くらい? 背が高い……。


「俺の仕事奪わないでくれる~? お前、ダナンっていうらしいじゃん?」

「そうだけど、あなたは……」

「俺の名はランダース・ロベルタ。ちなみに年齢は18歳だ。俺、昨日、酒をしこたま飲んでたんだわ。酔っぱらったまま、ブーリンさんに、ここをめるって言っちゃったみたいでさ~」


 道場生たちは、ランダースのことを白い目で見ている。


 ランダースは構わず、ポリポリ頭をかいて言った。


「やっぱ悪ぃけど、俺、めるつもりねえんだわ」


 この態度と喋り方。武人とは思えないな。


 ブーリンさんは、この男のことを愚痴ぐちっていたっけ。だけどこんな人間なら、ブーリンさんがめさせようとした気持ちは理解できる。


 僕はきっぱり言った。


「僕が師範しはんに任命されているんだから、僕がやります」

「お~? 何だお前、俺にケンカ売ってんのね?」

「そうじゃない。ブーリンさんに頼まれたことをやっているだけだよ」

「しょうがねえなあ~」


 ランダースは酔っぱらっているようだ。


「じゃあ、どっちが強いか勝負しようじゃねえの」

「なにぃ?」

「あ、俺は魔法剣術世界ランキング41位だから、ナメないほうがいいよ~」


 世界ランキング41位!


 これは学生魔法剣術大会入賞とか、そんなレベルではない。


 大人……つまり一般部も含めてのランキングだから、……世界で41番目に強いということになる。


 強敵だ! ちなみにパトリシアは全世界ランキング77位らしいが。


「では、どっちが強いか試してみよう」


 僕は勝負を受けることにした。


「う、む?」


 ランダースは意外そうな顔で、僕を見た。


「ふ、ふん? 松葉杖ついて、どこまでやれんの? じゃ。外でやろうか~」


 ランダースと僕は、道場の備品の木剣ぼっけんを手に取り、縁側えんがわから外の運動場へ出た。


 道場生たちはざわざわと騒いでいたが、やがて「面白そうじゃん」とか、「どっちが強いか分かるし、良いんじゃない」と言い出し、外に出てきた。



「さあてと……試合はいつ始めっかな~」


 ランダースはそう言いつつ──。


 ズバアアッ


 木剣ぼっけんを横になぎ払ってきた。しかし僕は上体を数ミリ動かし、それをけた。


 ──戦闘開始だ!


「よっこらせ~っと!」


 ランダースは下から斜めに、斬り上げる!


 ガキイッ


 僕はそれを、木剣ぼっけんで受けた。


 ガリイイッ


 僕はランダースの木剣ぼっけんに、自分の木剣ぼっけんをすべらし──。


 ランダースの木剣ぼっけんを打ち払いながら、彼の胴を斬り払った。


「ひょおおっ!」


 ランダースは腹部をうまくひっこめ、僕の太刀筋たちすじけた。


「……なるほど、バインドね」


 バインドは、剣術の高等技術のことだ。


「こいつは、ヤベぇヤツが相手になっちまったみてぇだな~」

 

 ランダースはニヤニヤしながら言った。


「だが、こいつはけられるか?」

 

 ズドドドドッ


 ランダースは木剣ぼっけんを連発で、高速で突いてきた。


 ガガガガガッ


 僕は木剣ぼっけんの表面で、それを受ける。


 そしてスキを見てランダースの木剣ぼっけんを打ち払い──。


 ヒュオッ


 僕は木剣ぼっけんで、真上から斬り下げた。ランダースの顔の前──数ミリ前を、僕の木剣ぼっけん太刀筋たちすじが通過した。


「は、はひ!」


 ランダースは驚いたのか、いったん尻もちをつき、すぐに立ち上がった。


 これは彼が、僕の太刀筋たちすじけたのではない。


 ランダースが危機を察して、本能的に後ろに後退したのだ。──つまりあわてて逃げた。


 だから、ランダースの心理状態は、あせりで一杯のはずだ。


「ふ、ふふふっ。や、やるじゃん。お前、何モンだ? すげえ……」


 ランダースは冷や汗をかきながら言った。


「だが、お前の弱点は──ほとんど移動できないってことだ!」


 ランダースは僕の横に回り込み、ものすごい至近距離──。


 木剣ぼっけんつかごと、僕の上から振り下ろしてきた。


 木剣ぼっけんつかで、僕の頭を叩き割るつもりか!


 ビュオッ


 僕は上体をそらし、それをけた。そして!


(秘剣──刃砕やいばくだき!)


 バキイッ


 僕はランダースの木剣ぼっけんを、自分の木剣ぼっけんで横に払った。

 

 すると、ランダースの木剣ぼっけんは二つに折れ曲がってしまった。


「うおおおおっ……」

「すげえ!」

「どうなってんだ? ダナン先生の太刀筋たちすじが、速すぎて見えなかった」


 道場生は声を上げた。

 

 僕の木剣ぼっけんはそのままだ。


「な、なんだと……」


 ランダースは目を丸くして、自分の二つに折れた木剣ぼっけんを見た。


「お、俺の木剣ぼっけんが折れただと? な、何をした!」

「あんたの木剣ぼっけんの中央──つまり最も折れやすい部分を狙い、僕の木剣ぼっけんの刃先で叩き折ったんだ」

「バ、バカな……。そ、そんなことで折れるもんなのか?」

「それに加えて、僕は剣を超高速で振ったから、へし折れる。これが刃砕やいばくだきだ!」


 僕は自分の木剣ぼっけんを、構えながら言った。試合は終わっていない。


 ランダースはギリギリと歯を鳴らし、そして言った。


「ち、ちきしょう。木剣ぼっけんの折れやすい位置を狙い、速度でへし折っただと? そんなことが可能なのか?」


 ベシイッ


 ランダースは自分のあわれな木剣ぼっけんを、地面に叩きつけた。


「く、くくっ……。剣は剣士の魂。それを破壊されちゃあ……」


 ランダースは静かに言った。


「ま、参りました……」


 おおおおっ……。


 道場生たちが声を上げる。


「ダナン先生、強い!」

「かっこいい~!」

「すごすぎる!」


 道場生たちが声を挙げている。


 ふう……。


 僕は無事、前任の師範しはんにも、道場生にも、ちゃんと師範しはんとして認められたようだ。

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