第16話 僕、クビになる。そして師範代から師範に格上げになる。

 ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に、なぜかドルガーがいた。


 しかも彼が師範しはんをしていて、道場生に指導をしていたのだ。


 指導時間終了後、ドルガーがギルド長室に戻ってきた。


 同時に僕は、ギルド長室に飛び込んだ。


「ドルガー、どういうことだ? なんで君が、道場の師範しはんをやっているんだ?」

「なんだよ、うるせえ野郎だな」


 ドルガーはえらそうに、胸を張ってギルド長室の椅子に腰かけた。


 すぐに黒服の男たち三人が、ギルド長室に入ってきて、僕をにらみつけた。


「まあ、お前をここに呼ぶつもりだったから、手間がはぶけたけどな!」

「ドルガー……僕が入院していた三週間、師範代しはんだいをやっていたのか?」

「そうだよ? お前が入院したからな。非常に迷惑だったんだよ、こっちは!」


 ドガッ


 ドルガーは机を蹴っ飛ばした。


「馬車にはねられた程度で、いちいち入院なんかしてんじゃねーぞ!」


 ……色々言い返したいが、僕が聞きたいことは、今日の指導のことだ。


「ドルガー、今日の指導はなんだっていうんだ。あれは、道場生に対するいじめじゃないか!」

「いじめ?」


 ドルガーは、「ワハハハ」と笑った。


「おいおい、入院してさぼっていた誰かさんのおかげで、俺が師範代しはんだいをする羽目になったんだぞ。いじめだなんて、ひどいこと言うなよ、ダナン君よぉ」

「ひどいのは自分だろ! 木剣ぼっけんで、道場生をなぐりつけていたじゃないか!」

「あれが指導だ!」


 ドルガーは当たり前のように叫んだ。


「道場でも言ったが、剣術は戦場で使うもんだぜ。血が吹き飛ぶ場所だ。甘ぇこと言ってんじゃねえ!」

「いや、もっと技術的な指導をしろよ! あれじゃ道場生が嫌がって、どんどん減るぞ!」

「はあ? 俺の指導のやり方に文句があるのか? てめーは俺の部下みたいなもんだろうが」


 ぶ、部下? 確かにそう言われれば、そうだが……。


「部下が、上司の俺に、意見して良いのかぁ?」

「意見とか、どうでもいい。道場生をなぐるなんて、ゆるせない!」

「ほお、そうかいそうかい。そういやお前、入院中に俺の女に手を出したんだって? アイリーンによ」

「……手なんか出していない。アイリーンから聞いたよ。お前は彼女から、無法な金を請求せいきゅうしていたってな」

「うるせえ! ごちゃごちゃと!」

「もう一度言う。今のままでは、魔法剣術道場は誰もいなくなってしまうぞ」

「はあ? いなくならねーよ。一時的なもんだろ。デリックにも指導を任せるつもりだ。俺の指導方針、そのままでやらせる。俺の考え方は絶対正しいからなあ!」


 こいつ、何も分かっていない。僕はあわてて言った。


「とにかく、僕を師範代しはんだいに戻せ」

「いや、てめーはクビだ!」


 え? 僕は頭がぼうっとなった。


「クビだと言ったんだ。二度とこのランゼルフ・ギルドに顔を見せに来るんじゃねえ」

「……な、なんだと」


 まさか、クビ! 給料がもらえないと生活ができない。だが、そんなことはどうでもいい。


 クビにされたら、今まで道場生と過ごしてきた時間が、ムダになってしまいそうだ。


「ほ、本当に僕をクビにするのか?」

「ああ、クビだよ。さっさと出ていけ」


 ドルガーは手で、ハエでも追っ払う仕草を見せた。


「まさか自分の力で、道場生が増やせたと思ってんのか? 生意気言ってねえで、出ていけや!」


 僕はドルガーの周囲にいた黒服の男たちにつかまれ、ギルド長室を追い出された。




「ええーっ?」


 モニカ、マイラ、ポルーナさんたちは廊下で、目を丸くして僕を見た。


 声を上げたのは、モニカだった。


「ダナン先生がクビ?」

「そうなんだ」


 僕はため息をつきながらも、スッキリした表情で言った。


「ギルド長に楯突たてついたからね。クビになってしまった。僕自身の力不足だ」

「ううっ……そ、そんな。ダナン先生のおかげで、魔法剣術のことが分かってきたっていうのに」


 モニカは目をうるませている。マイラも、僕の手を握って言った。


「行っちゃ、イヤ。ダナン先生がいい。優しいもん」


 僕は涙をこらえて、マイラの頭をなでた。


「ありがとう。それだけ言ってくれれば、十分さ。別の仕事先を見つけるよ……」

「ちょっと待って」


 ポルーナさんは、メモ用紙を一枚取り出して来た。


「これ……。マリーさんに相談したいのであれば、彼女の住所と地図が書いてあるわ」

「そうですね。気が向いたら、行ってみます」


 僕はうなずき、ランゼルフ・ギルドを出た。




 僕はクビと言われたとき、別のギルドに所属することを考えついていた。


 それは、隣町のマルスタにある、マルスタ・ギルドだ。


 僕は馬車に乗り、マルスタに移動した。


 マルスタ・ギルドに着くと、すぐにギルド長のブーリン氏が出迎えてくれた。


「ほほう? ランゼルフ・ギルドをクビにねえ……。そんなことがあったのか」


 ブーリン氏はうんうん、とうなずきながら、僕がクビになった経緯けいいを聞いてくれた。


「それで、このマルスタ・ギルドに所属したいのです。自分勝手なことを言って申し訳ありませんが、雑用でもいいので、やとってくれませんか」


 まさしく自分勝手なお願いだ。勝手に連絡もなしに、マルスタ・ギルドにきて、ここに所属させてくれ、だなんて。


 虫のいい話だ。


 僕は恥ずかしくて、赤面していただろう。


「雑用だって? 何を言うんだ!」


 ブーリン氏が声を上げた。


 お、怒らせたか?


「ダナン君のような有能な魔法剣術の指導者を、雑用に使うなんてもったいない!」

「えっ?」

「実は、うちの魔法剣術の師範しはんは、もうめたがっているんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「だから、マルスタ・ギルドの師範しはんをしてくれないか。師範代しはんだいじゃない。正式な師範しはんだ」


 えええ? 僕が正式な師範しはんだって?


「こちらからも頼むよ。正式に、マルスタ・ギルドに所属してくれたまえ」

 

 ブーリン氏はこころよく、そう言ってくれた。


 幸運とはこのこと。人と人とのつながりが、幸運を呼び寄せるのだ……。


 僕は、何とか居場所を見つけた。


 だが──ドルガーはまだ、何かをたくらんでいる、と感じていた。

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