第8話 その頃、勇者ドルガーは②【勇者ドルガー視点】

 僕が魔法剣術道場の師範代しはんだいとなり、二週間が経った。


 僕は自分らしく「人をめ」「丁寧ていねいに」「優しく」剣術を教えていたら、男子部が三名から七名、女子部が六名から十名に増えた。


 男子部のデリック、マーカス、ジョニーはたまにしか来ないが、相変わらず僕をにらみつけてくる。


 だが、他の道場生はさいわい真面目だ。子どもから大人、ご老人まで幅広く来てくれるようになった。


「あなたの教え方が良かったみたいね」


 僕はギルド長室に呼び出され、ギルド長のマリーさんにこう言われた。


「あなたは教え方が丁寧ていねいで、男の人にも女の人にも好評よ」

「そ、それは良かったです」


 何だか信じられない気分だ。僕は、人にものを教えるのに向いているのかもしれない。


「ところで、このランゼルフ・ギルドの社長って、バーデン・マックスという人なんですよね?」

「あ、あら、良くご存知ね。んー……」


 マリーさんはちょっと顔をしかめた。


「でも、私とちょっと折り合いが悪い人なのよ。私、もしかしたら、いつかギルド長をめさせられるかもしれないわ」

「えーっ? そんな」

「でも、どうして社長のことを聞くの?」


 僕はギルド社長の息子、ドルガー・マックスから受けたいじめのことを、マリーさんに話した。


「そんなことがあったの……」


 マリーさんはしばらく何か考えているようだったが、「その話は、また聞きたいわ」と言った。


「ところで、あなたの『ユニークスキル』が判明したから、報告します」

「な、何でしたっけ、それ?」

「あなたの魔法スキル表の最後の項目が、『解析かいせき中』だったでしょう。それが判明したの」


 マリーさんは魔法で、空中に光る文字で、僕のスキル表を作り上げた。


 最も下の項目には……。


☆重要 ユニークスキル

【ユニークスキル・幸運の伝播でんぱ

・ダナンに関わった者は、全員幸運を手に入れる。ただし、ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運だいきょううんになってしまう


「ユニークスキル、幸運の伝播でんぱ? なんのこっちゃ?」


 僕は首をかしげるしかなかった。


「ユニークスキルとは、その人が生まれ持っている、その人固有の特別な能力のこと」


 マリーさんは続ける。


「ドルガーが大貴族に依頼されるまでになったのは、おそらくあなたのおかげだと思うわ」

「ど、どういうことですか?」

「あなたの【ユニークスキル・幸運の伝播でんぱ】が、周囲の人間の運勢を高めていたのよ」

「えーっ? ということは」


 僕は眉をひそめた。


「僕がドルガーの運勢を、良くしちゃってたってこと?」

「そうよ。でも最近、あなたをいじめて魔物討伐とうばつ隊から追放した。この項目の説明を見なさい。『ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運だいきょううんになってしまう』」

「確かに、そう書いてありますね」

「となると、ドルガーの運勢は、今、最悪のはずよ」

「へ? そ、そうなんですか?」


 僕が驚いて聞くと、マリーさんはニッコリ微笑んだ。


「もしドルガーがあなたに関わってきても、あなたのユニークスキルが守ってくれるわ」


 ◇ ◇ ◇


 その日の昼、ドルガーたちの魔物討伐とうばつ隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区のグレーザー墓地の近くを歩いていた。この辺の道はぬかるんでいて、なかなか歩きにくい。


 ドルガーがひきいるのは、戦士のバルドン、魔法使いのジョルジュ。そして男性新聞記者のカーツ・ゲイリーとロジー・ベーカーだ。


 女魔法剣士のアイリーンは、最近、体調が悪く、宿屋で休んでおり、ついてこなかった。


「ドルガーさん、今日はカッコイイところ、見せてくださいよっ! バッチリ、写真にりますからね」

「おおよ!」


 ドルガーは新聞記者のゲイリーの言葉に、歩きながら応えた。今日の魔物討伐とうばつには、新聞記者がついてきている。ドルガーはこの大貴族依頼の魔物討伐とうばつを、新聞に掲載けいさいさせて、もっと自分たちの名声を高めようとしていた。


「オレらにかかれば、魔物なんて5分もかからずぶっ倒しちまうぜ!」


 ドルガーは胸を張って声を上げた。ちなみに今日の討伐とうばつ依頼は、最近、墓地に出現したポイズン・ビッグトードとスケルトン・ナイトの討伐とうばつだ。グレーザー墓地はドルガレス家の墓がたくさんあり、彼らは魔物の出現に頭を悩ませていた。


「見とけや。今はAランクだが、すぐにSランクパーティーになって、大貴族どころか、王族直属の魔物討伐とうばつ隊になってやるぜ」

「す、すごい意気込みだ。さすが、若手ナンバー1の魔物討伐とうばつ隊のリーダーですね!」


 新聞記者のベーカーがはやし立てる。


 おや? そのとき……。


『ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播でんぱ】の効果が外れます。十分、お気をつけください』


 ん……? 頭の中で、何か声がしたぞ。


 ドルガーは周囲を見回した。


「おい、なにか言ったか?」


 ドルガーはジョルジュに聞いた。


 ジョルジュは、「いえ」と首を横に振って言った。……なんだ、気のせいか。ドルガーはふん、と鼻で息をした。


「ドルガーさん」


 するとジョルジュが神妙な顔で、ドルガーに耳打ちした。


「ドルガーさんのお父様の経営する、ランゼルフ・ギルドに、ダナンがいるらしいじゃないですか?」

「あ? ああ」


 そうだ。


 ドルガーの親戚しんせきのデリック、そして友人たちのマーカス、ジョニーが、ダナンに道場で負けたらしい。デリック本人も言っていたことだ。


(どうなってやがる?)


 ドルガーは首をかしげるばかりだった。


 デリック、マーカス、ジョニーは、全員、学生魔法剣術大会の入賞者だぞ……! しかもデリックは四位だ。学生大会とはいえ、三人とも猛者もさといっていい。


 あの松葉杖の弱虫ダナンが、デリックたちを負かした……? 何が起こっているんだ?


「どうしたんですか? もう魔物が現れたんですかい?」


 ゲイリーがドルガーの顔色をうかがって、聞いてきた。


「い、いや。まだだ」

「いてえっ!」


 その時! 急にバルドンが声を上げた。


 ドルガーが驚いて振り返ると、バルドンの右足に中型のヘビが喰いついている。


「ちきしょう!」

 

 バルドンはベビを左足でみ、道端に蹴り上げた。


 ジョルジュが駆けつけた。


「リッグ・スネークのようですね。牙に毒はないはずです」

「な、なにやってんだ! バルドン、注意しろ!」


 ドルガーはイライラして、バルドンを怒鳴りつけた。


 なんだ? ヘビがバルドンにみついた? そんなことは今までの魔物討伐とうばつでなかった出来事だ。


 ちっ、縁起えんぎが悪いぜ。新聞記者が来てるってのによ!


 ドルガーは嫌な予感がして、仕方がなかった。


 やがて一行は、墓地にたどり着いた。


 その墓地から、ドルガーひきいる魔物討伐とうばつ隊の没落ぼつらくが始まるのだった。

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