第7話 その頃、アイリーンは②【ヒロイン視点】

 アイリーン・フェリクスは、虎夢亭とらゆめていの前で自分の客と会った。


 そしてその客、バークレイに詰め寄られたのだ。しかし、バークレイの腕をつかんだのが、ダナン・アンテルドだった。


(ダ、ダナン!)


 アイリーンは目を丸くした。そういえばさっき、ランゼルフ・ギルドから出てきたのを見たっけ……。


 いや、そんなことよりも、ダナンが危険だ。ドワーフ族は気が荒く、なぐられたら骨折じゃすまない。ダナンが殺される!


「てめえ!」


 バークレイは思いきり腕を振りかぶり、ダナンの顔に向かってパンチを放った。


 パシイッ


(えっ?)


 アイリーンは目を丸くした。


 ダナンは松葉杖を持った逆の手──右手でバークレイのパンチを受け止めていた。


 アイリーンは声を上げそうになった。


(きゃあ……す、すごい!)

「う、ぎゃ!」


 バークレイは悲鳴をあげた。


 ダナンがバークレイの手首をひねると、バークレイは片膝かたひざをついてしまった。


「こ、このっ!」


 バークレイが立とうとすると、ダナンが手に力を込める。


 グリッ


「い、いてて! や、やめてくれ。いてえよ!」

 

 顔が苦痛にゆがんだバークレイは、ダナンを見上げた。


「な、なんなんだお前は……。お、おい。分かったよ。も、もうゆるしてくれ」

「あ、ああ。分かった」


 ダナンがそう言って手を離すと、バークレイは急に立ち上がった。


 ニヤッ


 バークレイが笑った。危ない!


「このバカが! だまされおって!」


 ブウンッ


 そんな音とともに、バークレイの左パンチがダナンの顔を襲う!


 スッ


 ダナンが松葉杖をうまく使って上体をそらすと、バークレイのパンチは素通りし──。


 ドガシャアアッ


 バークレイは、虎夢亭とらゆめていの看板に激突してしまった。


「ま、まだやる?」


 ダナンはバークレイの後ろから、声をかけた。


 バークレイは頭をおさえながら、おびえた顔でダナンを見た。血は出ていないようだが……。


「ひ、ひい!」

「こ、今度はこっちからいくぞ」

「何んだ、こいつは! 化け物だ!」


 バークレイはそう叫んで、その場を逃げ出した。


(わ、わあ~……カッコいい……)


 アイリーンはドキドキしながら、ダナンを見た。


「ふう、これがスキルの力か」


 ダナンはブツブツ、訳の分からないことを言っている。


 とにかく、アイリーンはお礼を言うことにした。


「あ、あの。助けてくれて、どうもありがとう」

「ど、どうも」


 ダナンは頭をかいている。


 周囲はちょっと薄暗い。そしてアイリーンが赤いドレスを着ているせいで、彼女が幼なじみとは気づかないようだ。


「……」

「……」


 ダナンとアイリーンの間に、沈黙のときが流れた。アイリーンはほおを赤らめていた。


(でも一体どういうこと? 確かに私は、ダナンに魔法剣士の能力があるって、分かっていた。でもこんな短期間で……ここまで強くなるなんて?)


 アイリーンは首をかしげたが、ダナンも首をかしげてアイリーンを見た。


「えーっと、あの、どこかでお会いしましたっけ? 君のこと、どこかで見たことあるような……」

「えっと、あの……私」

「おい! 何をやっている!」


 その時、虎夢亭とらゆめていのヒゲの支配人が店から出てきた。


「やばっ。じゃあね」


 ダナンは松葉杖をつきながら、さっさと行ってしまった。


「あっ! 何なんだこれは!」


 支配人は壊れた看板を見て、声を荒げた。あちゃ~……。アイリーンは額を押さえた。


「アイリーン! バークレイさんを帰しちまったのか! さっき、騒動があったと、店の子から聞いたぞ」


 支配人はアイリーンを怒鳴った。


「あんな上客じょうきゃく滅多めったにとれるもんじゃない」

「も、申し訳ございません! またお客様をとれるように、頑張がんばりますから……」

「ダメだ! こういう騒ぎを起こされると、この業界はすぐうわさが広まるからな。アイリーン、お前はクビだ!」

(そ、そんな……)


 アイリーンはその場で、風俗店をクビになってしまった。


(……やっぱり、接客業なんて、向いてなかったんだな。私は魔法剣士だもんね)


 もっと、人の役に立てる仕事につこう。ダナンだって、頑張がんばっているみたいだし……。


 アイリーンは色々決心した。


 そして思った。ドルガーと縁を切って、もう一度、ダナンに会いたい……と。

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