第27話 陰キャとざまあヒロイン(エピローグ)

 ――三人称視点――




 鎌瀬が全力ダッシュで帰宅し、マッパで浴室に飛び込んだその頃。

 学校の部室で、内木を除く3人が雑談していた。

 内容はずばりコイバナである。


「え!? 明日香ぱいせんって恋人できたことないの!? ヤバ!! なんで!?」


「うむ。昔からそういう事には興味がなくて……いや正確には、『興味がなかった』というべきか」


 明星院が、チラチラ内木の背中を見やって言った。

 内木は机に向かって独りモクモクと原稿を書いている。


「今はあるんだ?」


 雪村が素朴に微笑みながら明星院に尋ねる。


「ああ……!

 とてもある……!

 皆から選んで頂いた生徒会長として、まこと品性下劣で申し訳ないことだが、これが私の真実の姿だ……」


「わかる!!!!!

 アタシも興味ありまくりでやばい!!!!!」


 雪村が明星院の返答に激しく同意した。


「……雪村も、好きな異性がいるんだな」


 明星院が、半ば確信を持って尋ねる。


「いまくる!!!!」


 言った瞬間、雪村の全身がグリンッと動いて内木の方を向く。

 そして、


「~~~~~~~~~~~~~~~~しゅきぃ♡♡♡」


 恋に蕩けた表情で言った。

 そのまま椅子からズルっと落ちてしまう。


「私達、みんな同じ人が好きみたいですね……」


 そんな雪村を抱き起こしつつ、小金井もまた原稿に集中している内木の背中を見つめて言った。


「そ! なんかエモいね!」


「ああ」


 雪村以外の2人も、それぞれの想いを視線に込めて内木の背中を見つめた。


 その時ピタリと内木の筆が止まる。


『……この流れで、まさか鎌瀬さんが好きとか言えないよな……』


 彼は独り、窓の外を見て思っていた。




 ◇◇内木の回想◇◇




 俺が鎌瀬さんのことを異性としてはっきり意識し始めたのは、小学3年生の夏。

 あの頃俺は、今以上に虚弱体質だった。

 しょっちゅう貧血起こすし、気圧の変化とかにも弱い。

 だからプールサイドで水泳の授業を休んでいたんだ。


 すると、


「うーちき! なにしてんの!?」


 プールの中から半分身を乗り出すようにして、幼馴染の鎌瀬さんが声をかけてきた。

 これ見よがしに水泳キャップを外し、金髪に染めた髪を俺に見せつけてくる。


 生まれつきとかならともかく、小学生で金髪はヤバいだろ。

 田舎のヤンキーかよ。


「え……あ……見学だけど……」


 正直あまり関わり合いになりたくないんだけど、無視すると後が怖いし、いちおう幼馴染なので返事をする。


 すると、別になにも面白い事言ってないのに鎌瀬さんがニヤニヤ笑い出した。


「見学ぅ? 

 あ!

 ひょっとして女の子の日とかかしら!?

 だったら後で鉄分補給グミでも差し入れましょうか!?」


 嬉しそうに言ってくる。


 ハア……!

 ホントこいつクズだよな……!

 同じイジメるにしても、もう少し言い方があるだろうし。

 品性下劣というかなんというか。

 聞いてるこっちが恥ずかしい。


「鎌瀬サイテー」

「まーた内木イジメてるよアイツ」

「マジ死ねって感じ」

「もうアイツハブろうぜ」


 案の定、クラスのみんなからも言われてしまう。


 だけど鎌瀬さんはちっとも懲りてない様子だった。

 むしろ、言われれば言われるほどに自信を高めているように見える。


 きっとバカなんだろう。

 黙ってればそれなりにカワイイのに。

 残念っていうか、終わってる。


「え……いや、ちがうけど……」


 無言も何か言われると思い、一応返事をする。


「違うの? じゃあなんでそんなモジモジしてるのかしら? 

 やっぱ女の子なんじゃないの?」


 すると、そんな俺の顔を覗き込むようにしてまた言ってきた。


「そんなザマじゃ、将来無職で引きこもりよ!?

 そしたら友達も皆いなくなって、孤独死まっしぐらなんだから!

 アンタの老後なんて誰も看取ってくれないわよ!?」


 ……こいつホントウザイな……!?


 正直かなりムカつく。

 でも面と向かって反論なんてしたら、余計に調子に乗ることは目に見えていた。

 適当にあしらっとくのが正解だろう。


 なんて俺が思っているうち、鎌瀬さんがそっぽを向いた。

 彼女の視線の先には、三村先生が歩いている。


「……どうしたの?」


 なんとなく尋ねてみると、鎌瀬さんがバッと振り向いて俺のことを見た。

 猫並みの反応速度だ。


「内木。今日の掃除当番代わりなさい。私、放課後デートに行くから」


「デート?

 鎌瀬さんって恋人いたんだ」


 率直な疑問である。


 まさか三村先生のことじゃないと思うけれど。

 大学生くらいの彼女がいるって噂だし。


「こっ、恋人ぐらいいるわよ! いや、正確にはまだ恋人じゃないんだけど……でももう殆ど恋人みたいなモノよ!?」


 それは恋人って言えないんじゃ……?




 ◇




 放課後。

 鎌瀬さんから頼まれた掃除が終わった後、俺は独り教室に残っていた。


 目的は一つ。

 マンガを描くため。


 誰も居ない教室は静かで落ち着く。

 普段の勉強とかも、独りでできたらいいのに。


 そんな事を考えていると、


『そんなザマじゃ、将来無職で引きこもりよ!?

 そしたら友達も皆いなくなって、孤独死まっしぐらなんだから!

 アンタの老後なんて誰も看取ってくれないわよ!?』


 不意に、さっき鎌瀬さんから言われたことを思い出す。


 ……。

 ホントイヤな言い方するよな、あの人。

 だから友達できないんだよ。

 ぼっちの俺が言うのもなんだけど。


 昔っから、あの人は意味不明だった。

 なんであんなに自信があるのか分からない。

 いや確かにスペックはそこそこあるんだろうけれど、明らかに自分の実力を身の丈以上に見ている。


 しかも、幼馴染だからかなんだか知らないけど、しょっちゅう俺のことを見下してきて。

 よく分からない事に付き合わせたり、かと思うと自慢げにアドバイスしてきたりして、正直ウザいしめんどくさかった。

『なんでこんなのが幼馴染なんだよ』って何回思ったか分からない。


 いっその事、絶交しちゃおうかな……。

 今時幼馴染なんて、他人みたいなもんだし……。


「う・ち・き・くぅん♡」


 なんて俺が考えていると、突然誰かに耳元で囁かれた。


「うっわっ!?」


 心臓が飛び跳ねそうになった俺は、ビックリして振り向く。

 そこに、鎌瀬さんが居た。

 ニコニコした顔で俺のことを見ていた。


 なんでコイツがここにいんだよ!?


「え……!?

 鎌瀬さん、急にどうしたの?

 っていうかデートじゃなかったっけ……」


「え? デートォ? そんなの私知らなぁい♡」


 言って、俺の腕に抱き着いてきた。

 一瞬でゾワッと鳥肌が立つ。


「な、なに鎌瀬さん!?

 気持ち悪いんだけど!」


 俺は咄嗟にその手を振り払った。


「内木くぅん♡♡♡

 マンガとぉっても上手なのねぇ♡♡♡

 私見直しちゃったぁ♡♡♡

 今日一緒に帰らなぁい???」


 ものすごい猫撫で声で言ってくる。


「え……?

 ま、まあ……いいけど……。

 あの、でも、もうちょっと描いてからでもいいかな……?」


「うん♡♡♡

 わかった♡♡♡

 わたしここで見てるね♡♡♡」


「えと……あんま見ないで欲しいんだけど……」


 正直めちゃくちゃウザかった。

 せっかく独りで作業できると思ってたのに、効率も何もあったもんじゃない。


 ただ……正直悪い気はしない。

 ずっと俺をバカにばかりしてきたあの鎌瀬さんが、まるで宝の山でも見つけたようなキラキラした眼で俺のことを見ている。

 今までこんな視線で見つめられたことはなかった。


 でも、なんで急に俺にこんな態度を……?


 そう言われて、彼女の視線に気付く。

 彼女はジッと俺のマンガを見つめていた。


『早く続き描かないの?』


 とでも言いたげに見える。


 それが……まあ、あんまり悪い気はしてない。


『ひょっとして俺のマンガ面白いの?』


 彼女の感想を聞きたい。

 でも怖い。


 そんな事を考えながら、描き途中の原稿を進める。

 すると、


「ブヒャヒャッ……!」


 およそ女の子らしくない、汚い笑い声が隣で聞こえてくる。


 それが、滅茶苦茶に嬉しかった。


 感想を聞きたい……!


「あの……俺……」


 言いかけて、途端に怖くなって、黙る。


「ん♡ なぁに!?」


 すると、鎌瀬さんが媚び売るような仕草と声色で返事した。


 俺は言葉に詰まってつい、


「あ……その……俺……ちょっと喉乾いたんだけど、水か何かとって来てくれると助かる、かも……」


 別の事を言ってしまう。


 言った手前仕方ないので、俺は中身のなくなった水筒をカバンから取り出そうとした。

 すると、その手を鎌瀬さんが押しのける。


「いいわよ!?

 何飲みたい!?

 私奢るから!!」


「え……? そんなのわるいよ……!」


「いいのよ!

 アンタには貸しを少しでも作っておきたいんだから!

 ホラ!

 なんでも言いなさい!」


 鎌瀬さんが胸を張って言った。

 なんで自信満々そうに言うのか、分からない。


「……えっと……じゃあ……アイスココア……」


 困った俺は、適当に思いついたものを頼む。

 すると、


「おっしゃああああああ!!!」


 鎌瀬さんは全力ダッシュで教室を後にした。

 廊下の彼方で、


「世界的マンガ家の嫁えええええええ!!!!」


 なんか叫びが聞こえてきた。


 え……。

 世界的マンガ家って、なに……?

 まさか……俺のこと……?


 どうやら彼女は俺のマンガを気に入ってくれたらしい。

 それだけじゃなく、世界的なマンガ家になれるとまで思い込んでしまったようだ。


 でも、それなら俺に対する態度の豹変っぷりにも納得がいく。

 鎌瀬さんはものすごい現金な人だから、俺にマンガの才能があると知って、俄然興味が湧いたのだろう。

 嫁になりたいぐらい、俺のマンガに価値を感じてくれてるらしい。


「……」


 俺は、溜息を吐く。


 鎌瀬さんって思った以上にバカなのかもしれない。

 マンガ家なんて、そう簡単になれるものじゃない。


 でも、正直嬉しい。

 あれだけ俺のことをバカにしてた鎌瀬さんが、一転して俺のマンガの価値を認めてくれたことには気持ち良さすら感じる。


 それに頭はバカだけど、成績自体はすごくいいし。

 見た目も悪くないし、運動神経もすごい良くて、オマケに父親が上場企業の社長でお金持ちって聞いてる。


 意外と鎌瀬さんって、アリなのかも。


 俺のマンガ褒めてくれたし。




 ――それ以来、俺と鎌瀬さんの微妙な関係は続いている。

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陰キャだからモテないって安心してたのに、なんで私以外の女からモテてるのよ!? 杜甫口(トホコウ) @aya47

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