第26話 ざまあヒロインとパンドラの箱

「うーちき! アイスココアおごったげる♡」


 授業が終わった放課後。

 新校舎3階の廊下にある自動販売機前で『奴』を見かけた私は、こっそり背後から近づいてそう囁いた。


「うわっ!?」 


 案の定驚いてこちらを振り向く。

 黒髪短髪縁眼鏡という見た目。

 左右にブレまくりの視線。

 およそ魅力的な男子とは言い難い。

 むしろスクールカーストで最底辺のクソダサ陰キャの1人だろう。


 だがそれこそが内木の魅力。

 何故ならその外見のせいで、女どもは誰もコイツの価値に気付かない。

 内木の本当の魅力を知っているのは世界でほぼ私1人だっていう優越感を感じられる。


 最近ウザいのが3匹ほど内木の魅力に気付いてしまったけれど、私とじゃ年季が違うし。

 全世界で私だけが、内木の魅力をもっともっともぉ~~~っと知りまくってる!


 なんて私がホクホク顔で考えていると、


「……あ、うん……ありがと……あんまりココア好きじゃないんだけど……しかもこれホットだし……」


 内木がどもり口調で、ゴニョゴニョ言いながらココアを受け取る。


 私ってば、なんて気が利くんでしょ♡


 この気配りの良さは、『さすがは正妻』といった所ね。

 そもそも私は見た目も良いし頭も良いし運動神経も抜群。

 以前は性格と人望にほんのちょびっと難があったけれど、今やその欠点も完全に克服した!

 今のパーフェクトな私なら、あの3人にも負けるはずがない!


 そうよ。

 思い起こせば『デート』とか『弁当作る権利』とか『自宅に押しかけてコスプレする権利』とか美味しい所をアイツらに抑えられちゃったけれど、まだ大事なポジションが残ってるわ。

 それは……『恋人』というポジション!

 ここさえ確保できれば、100万パーセントアイツらに内木を取られることはなくなる!


 グフフ……!

 ちょうどこの後は漫研の部活動……!

 私と内木がマンツーマンで愛を育む時間……!

 うまく事を運べば、今日中にも内木から告白される可能性もある……!


 そんな事を考えながら、私達の部室……まだ研究会のため四畳半でクソ狭い……の前まで行くと、


「でさー!?

 昨日また内ぴの新作読んだんだけど、また面白いわけよ!

 やっぱヒロインの性格がヤバくて~!」


 突然耳障りな女のはしゃぎ声が聞こえてきた。

 しかもそれだけじゃない。


「そうか……! 私も真人のマンガが読みたい……!」

「私も内木さんのマンガ読んでみたいです」


 耳障りな声がもう2つ聞こえてきた。

 およそ感じちゃいけない類の既視感をビンビンに感じてしまう。


 なんて私がやってるうちに、


「あ、


 内木が俯き加減に何やら呟き、部室のドアを開けた。


 そこにいたのは、私が生涯で最も苦戦するだろう3体のラスボス。


 1体は、銀髪で紅い目をした雪のような白い肌を持つ女。

 狭い部室の真ん中に椅子を持って来て座り、短いスカートからすらりと伸びた細い足をしきりに組み直しながら、誰かの手作りらしいオシャレな容器に収められたマドレーヌに齧りついている。


 もう1体は、黒髪ロングでキリっとした顔つきの女。

 スポーツでガンガンに引き締まった体と、それに反比例するかのように膨らんだ胸や尻には中高年男子どもの願望がこれでもかとばかりに詰め込まれている。


 そして最後の1体は、黒髪ショートでお日様のような笑顔を讃えた小柄な女の子。

 ただそこに存在するだけで、どんな殺伐とした空気も一瞬で明るく朗らかなものへと変えてしまう汎用人型空気清浄機。

 その手には恐らく奴が作ってきたと思われる焼き菓子が沢山詰まったバスケットがあった。


 言わずと知れた、雪村・明星院・小金井の学園三大美少女トリオだ。


 なんでコイツらがここに居るのよ!?

 ここは私と内木の愛の聖域サンクチュアリなのに!?


 絶対あり得てはならないその姿に、私が驚愕していると、


「みんな……おはよ……!」


 内木が控えめに片手を上げて言う。


「あ! ぶちょー♡」

「真人。この時間は『こんにちわ』だろう?」

「部長さん。今日の部活動も宜しくお願いしますね」


 3人がそれぞれ笑顔で返事をした。

 小金井のみペコリとお辞儀をする。


「は、部長!?

 部長って……まさか……!?」


 まるでパンドラの箱が開けられてしまったような破滅的予感がし、私はそう尋ねずにはいられなかった。

 いや地獄の門かもしれない。


「ウチら全員入部しちゃった♡」


 地獄の門だった。


「なんでよ!?

 はっ!?

 そういえば昨日デート中に内木が部員届け顧問の先生に出すみたいなこといってたような……!?」


 私がそう呟くと、内木がコクコク頷いている。


「アレってアンタらの事だったの!?

 ってことは、今日から毎日放課後内木と一緒に居る……!?」


「そ♡」


「ふ、ふざけんなアアアアアア!?

 私は許可してない!!!」


「内ぴがいいって言ってんだからいいじゃん!

 ってかせっかくだし記念写真撮らね!?」


 雪村が言いながら内木の肩に腕を回した。


 コイツ!?


「いいな。ぜひ撮りたい」


 明星院が内木の横に立ち、ごく自然な態度で手を握った。

 女子から手なんて握られたことの無い内木の顔が、ホッと赤くなる。


「私も撮りたいです。

 内木さんは写真大丈夫ですか?」


 小金井も内木に一歩歩み寄って、伏し目がちに尋ねた。


 お、オイコラテメエらあああ!?

 内木は私んだぞ!?

 ゴラアアアア!?


 3人の馴れ馴れしすぎる態度に、私はブチギレる。

 だが内木の手前、怒鳴りつけることもできない。

 正直ムリヤリにでも内木を強奪したいんだけど、さすがに本人の前でそういう事するのは恥ずいし……!!


「ってか、アンタら迷惑よ!

 内木の迷惑考えなきゃじゃないの!?」


「めーわく?」


 雪村が内木に尋ねる。


「い、いや……!

 写真とか、正直キライなんだけど……でも今回は嬉しいから、撮りたい……かも……」


 すると、3人に言い寄られ縮こまっていた内木が答えた。


「では撮りましょう♪」


 そして、小金井も笑顔で内木の傍に寄った。


 うっうっ内木の奴ううううう!?

 なんで嬉しそうなんだよおおおおおお!?

 殺すぞおおおおおおお!?!?


 なんて私が内心激怒していると、


「ほら! 鎌っぺも!!」


 雪村が写真に誘ってきた。

 だが私は頷かない。


 う、頷くわけには、いかない……!

 なぜなら今日の私は……!

 いつもの私よりもゼンゼン全く可愛くないのだ……!


「あれ?

 鎌っぺひょっとして寝不足気味?

 目の下クマできてる」


 雪村が目ざとく指摘してくる。


 そう。

 実は昨日殆ど寝てない。

 なぜならずっと内木からのラインの返信を待ってたから。

 そのせいで、今朝は寝不足だし遅刻しかけたから化粧も殆どできてないのだ。

 ちなみに今に至ってもまだ内木は既読をつけてくれない。


 こんな状態で雪村たちと写真を撮るのは自殺行為。

 パッと見で誰が一番ブサイクか分かってしまうもの……!

 とはいえ内木と写真は撮りたい……!

 だって一緒に映ってる写真とか、学校行事以外じゃ一枚も撮ったことがないし!

 こうなったら……!


「わ、わたしちょっとトイレ!

 すぐに戻ってくるから、それから撮りましょ!」


 私は時間を稼ぐ事に決めた。

 幸い、コスメはこっそり持ってきてる!

 少しでもステ上げしないと!


 そう思い、私はさっさとその場を後にしようとした。


「わっ!?」


 すると、振り返りざまに内木の肩にぶつかってしまう。

 私はその場に尻もちを突いてしまった。

 更には内木が手に持っていたココアの缶が吹っ飛び、中身が丸ごと私の頭にぶっかかる!?


「ほあっちゃああああああああッ!?!?」


 私は片足立ちで跳び上がった!

 上半身がベッタベタのビッチョビチョになってしまう!

 これじゃ制服ごと変えないと写真に撮れないじゃないの!?

 つかなんでホットやねん!?

 私買ったのアイスココアじゃなかったのかよ!?


「アッハ♡ 鎌っぺヤバすぎ!!」

「大丈夫か鎌瀬!?」

「ハンカチどうぞ!」


 内木を除く3人が心配そう(?)に、ココアでドロドロになった私の顔を覗き込んで言う。


「だ、誰のせいよ!?

 つかテメエら少し待ってろ!

 秒で制服着替えてくっから!!!」


 私はそれだけ言うと、全力ダッシュで部室を後にした。


 寮までは往復15分!

 帰って速攻でシャワー浴びて着替えて化粧を直せば1時間以内には戻れるッ!!!


 絶対に内木だけは渡さねええええええええ!!!!

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