第25話 ざまあヒロインと謝罪デートⅡ

「わ……私、その……」


「お待たせしました!」


 ドン、と目の前にクレープが乗った大皿が置かれる。

 私と内木の前に皿を置くと、店員はさっさと伝票を置いて行ってしまった。


 タイミング悪!?

 私、完全にウザい客扱いされてるわね……!?


「く、クレープ食べてからにしましょうか……冷めるとおいしくないし……!」


「……先に話聞かせて欲しい、かも」


「え」


 内木が、珍しく自発的に私に要望を伝えてきた。

 真顔で私の方を見ながら、クレープの盛りつけられた皿を脇に除ける。

 その真剣な顔に、私はまたドキンとしてしまった。

 好きって気持ちで胸がいっぱいに溢れる。


 だけど、同時に恐怖も圧し掛かってきた。

 内木にだけは嫌われたくないという気持ちだ。

 なんだか無性に媚びたくなる。

 土下座でもギフトカードでも何でも用意するから、とにかく許してってなる。

 だから私のこと好きになって、って言いたくなる……!


 でもダメ……!

 それは、内木のことを全く考えてない……!


「フウ……ッ!」


 私は胸に手を当てて、一旦深呼吸をした。

 そして真っ向から内木の顔を見返す。


 もう何も考えられない。

 込められるのは『ごめんなさい』って気持ち。

 それだけ。


「……私、反省文って嫌いなの。

 大っ嫌い……!」


 それだけ言おうとして、まったく別の事を言い始める。

 出てきたのは、私の素の感情。

 あまりにもドス黒く、だからこそ否定できない私の感情。

 だから、話すのがめちゃくちゃ怖くなった。

 嫌われるのだけはイヤだったから。


 だけど、もう後には引けない。

 今話そう。

 話して、内木に嫌われるのなら嫌われよう。

 だってそれが本当の私だから。

 本当の私で嫌われるのなら、それはもうどうしようもないことだから。


 内木は黙って聞いてくれてる。


「だって、『私は間違ってない』って思ってるから……!

 いつもそう。

 私は間違ってないのに、どうして反省なんかしなきゃいけないのよって怒ってるの。

『私はいつも正しいのに、どうしてみんな分かってくれないの?』ってずっと思ってたわ。

 私の事を分かってくれない人たちの事を、バカにしたりもしてきた。

 だけど……!」


 私はそこで、溜息を吐いた。


「だけど、違ったのよ……!

 私は常に間違ってた。

 内木に迷惑かけてるかもしれないって事には気付いてたのに、全然それを直そうとか思わなかった。

 そこが私の一番いけない所で、だから、そこについては今物凄く反省しているわ。

 今後は周りの人の迷惑も考えて行動するし、どうしたら周囲の人が喜んでくれるかとか、そういう事もきちんと考える。

 だけど」


 私はそこで、言いやんだ。

 ここからが問題だ。


「だけど……はあった。

 それだけは、どんなに私が悪くても譲れないの。

 だって私は……!」


「……」



「私は…………ッ!!!!」



 とうとう言ってしまった。

 すると、今まで塞いでいた本当の気持ちがどんどん溢れてくる。


「だけど、私が今言ってるこの気持ちは本当の『好き』じゃないってことも分かってる。

 だって私は、結局アンタのことを手に入れたいだけだから。

 私から見て将来有望な男であるアンタを自分の物にしたいって、それだけだから。

 それだけだけど、それだけは間違ってると認めたくない……!

 だって、この気持ちは、好きだもの……!

 私が私のことを、100パーセント純粋だって思える気持ちだもの……!

 これだけはぜったい譲りたくない……ッ!!」


「……結局ぜんぶ自分のためなんだね」


 内木が言った。

 ホウ、と溜息まで吐かれる。


 ああ。

 終わったんだ。


 感じる。

 胸の中のつっかえが全部取れたような気がして、体中の重さが消えてなくなる。

 残ったのは、『内木に告白したんだ』って事実。

 まだ悲しみも絶望もないのは、失敗したってことを認識しきれてないからか。


 徐々に気持ちが暗くなってくる。

 現実が押し寄せてきて、私の心や体を圧し潰そうとする。


「なんだか今……ッ!

 ようやく私が間違ってたってことを認められた気がする……5パーセントくらい……ッ!」


 私は泣いていた。

 内木は黙って私の話を聞いてくれている。


 今思い返すのは、内木とのやり取り。

 つい最近で言えば、アイスココアに始まり、家に押しかけて泊めろなんて言った私のふざけたワガママ。

 雪村のファンたちから受けた屈辱と、それに対する私の怒り。

 ザコ過ぎる自分を自覚したときの悲しみ。

 絶望。

 そして……ありがたみ。

 私が辛い時に来てくれたパパや、私から迷惑を掛けられたにも関わらずまだ付き合いを続けてくれている雪村たち。

 そして何よりも、そんな私なのに、まだこうして会ってくれて、訳の分からない告白まで受けてくれる内木。

 ……圧倒的、感謝の気持ち……ッ!!


「だから……だから……! その……うちき……ごめなざい……きらいにならないで……ッ!」


 私は泣き出してしまった。

 内木の前で泣くなんてイヤだったけれど、感情が高ぶり過ぎて止められない。

 ブザマなことこの上ない……ッ!


 なんて私が泣きじゃくっていると、


「べつに……嫌いじゃないけど……」


 内木がボソリ言った。


 え!?


 私は顔を上げる。


「俺も、鎌瀬さんみたいな気持ちわかるし……。

 たしかにいつも迷惑っちゃ迷惑だったけれど、俺個人は殆ど実害なかったし。

 それに、鎌瀬さんみたいな人から『将来有望』とか思われてたのは正直嬉しいかな。

 鎌瀬さんってすごいキレイだし」


「き、きれい……!?

 この私が、キレイ……!?

 パチこいてんの!?」


 まさかこの期に及んで外見を褒められるとは思ってなかったので、私はつい掴みかかってしまった。


「わっ!? 鎌瀬さんちょっと……!」


 すると、内木が困った顔をする。


「ごっごごごめんなさい!?」


 私は取り乱す。

 取り乱さずにいられようか!?

 他ならぬ内木から褒められた!

 いつも頑張ってる外見を!!!

 嬉しいいいいいいいい!!!


 なんて私が内心喜びまくっていると、


「鎌瀬さん、実は……俺も謝りたいことがあるんだ」


 内木が言った。


「え?」


 私はきょとんとする。


 私が内木に謝るのは分かる。

 内木にとって私は調子に乗ってるだけのゴミカスクソザコ女だったから。

 だけど内木が私に謝るというのは、よく分からない。


「……内木、私に何かしたっけ……?」


 私が尋ねると、内木は暗い表情で首を垂れてしまった。

 いつも通りに見える。


「いや、その……こないださ……。

 ウチに来た時に、その……追い返すようなこと言っちゃったから。

 そのせいで、鎌瀬さん酷い目に遭ったって後から聞いて……。

 その……申し訳ないなって……。

 うちがダメでも、外で少し話聞くとかできたのに……」


 そう言うと、


「え、ああ!?

 そゆこと!?

 ぜんっぜんいいのよそんなの!!!

 私が全部悪いんだし!!

 っていうか、よく考えたら若い女の子が男の家に泊まろうとか、頭おかしいじゃないの!

 断って正解よ!!

 間違ってないわ!!」


「い、いや、鎌瀬さんがさっき言った通りさ……。

 やっぱり、鎌瀬さんが全部悪いなんてことはないんだ。

 俺も悪かったと思うよ……!」


「そんなことないわ!

 私が絶対に悪い!!!!」


 私がそう断言すると、


「……なんか、さっきまで言ってたことと違うね……」


 内木がクスっと笑って言ってくれる。


「で、でも内木こそ被害者で!

 私は加害者なんだから、もう百パーセント悪いわよ!

 悪いに決まってる!」


「いや、だから、なんだろ。

 鎌瀬さんにそういうことをさせちゃったのも少しは責任があるわけだし。

 だから俺も謝りたくって。

 ごめんね、鎌瀬さん。

 鎌瀬さんが辛い時に俺、なんにもしてやれなくって」


 そう言うと、内木は頭を下げた。


 未だになんで内木が謝るのか分からない。

 私が仮に内木だったら、全力で被害者アピールをして、私から慰謝料ふんだくった挙句パパ活でもなんでもさせて一生使える財布にするのに。


 それをしないってことは、少なからず内木は私のことを許してくれてるってことで……!


 そう感じた瞬間、私の全身を喜びが突き抜けた。


 う、う、内木ぃ~~~~!?

 いいのおおおおお!?

 こんな私なのに、許してくれていいのおおおおおお!?!?!


 つい自宅のぬいぐるみみたいに内木を抱きしめたくなって、手を伸ばす。

 だが辛うじてその手をもう片方の手で抑えた。


 ダメよダメダメ!

 そういうイチャラブはきちんとこの謝罪が終わってから!

 っていうか、さっきの告白の答えまだ聞いてないし!


「う、うちき!

 と、と、ところで、その……さっきの答えは、どうなのかしら……?」


「……さっきの、答え……?」


 急に内木の顔が曇る。


「そ、そうよ! その、これからの私たち2人の関係性というかなんというか……」


「え、だから許してるじゃん。

 っていうかごめん、実はさっきよく聞こえない部分あったんだけど……」


「え?」


「えっと……『私……が好きだから……』みたいな所。

 何が好きなの?」


 内木が『?』と私の顔を見返してきた。


「なんで肝心なところ聞いてないのよ!?」


「きゅ、急に声小さくなるから……!

 そしたらもっかい言ってくれる?」


「言えるわけねえだろおおおおお!?!?」


 さっきは場の流れ的に奇跡的に言えたけれど、もう一回アレ言うとか絶対ムリ!!!


 なんて私が恥ずかしさのあまり、つい息を荒げていると、


「な……なんかゴメン……!」


 内木が肩を落として言った。


 しまった!?

 また迷惑かけてる!?


「い、いえ!?

 いいのよ!?

 いいんだけど、その……!

 残念だなって……!!」


 そ、そうよ……!

 内木と和解は済ませたし、以前よりも本音で話ができてる感じもしてるし、流れ自体は良い感じだわ……!

 さっきは告白に失敗したけれど、この流れでこのまま内木とデートをして、うまいこと告白するなり、されるなりすれば……!

 私……あの3人をぶっちぎって内木とゴールインできる……ッ!!


「うぶッ……うぶッ……うぶぶぶぶぶぶぶッ!!!」


「か、鎌瀬さん……大丈夫?

 水の中じゃないのに溺れそうになってるけど……」


「だ、大丈夫!!

 それより内木、その……この後って……!」


「あ、俺この後ちょっと用事あって。

 漫研のことで学校に行かないといけないんだ。

 部員届を出すの忘れてて。

 急にも増えちゃったから」


「へ……?」


「お金ここに置いておくね。

 それじゃまた学校で!」


「ま、待ちなさいよォ!?!?」


 私が呼び止めたにも関わらず、内木はさっさと行ってしまった。


 せっかく付き合えたのに、なんで行っちゃうのよ!?

 二人の仲はこれからなのにぃ!?


「……ぐへっぐへっ……ぐへへへへへへっ!」


 だがすぐに笑い出す。

 笑わずにはいられない!


 内木のやつ、今なんて言った?

『それじゃまた学校で』ですって!!

 完璧に仲直りできてるじゃない!?

 さっすが私だわ!!

 偉すぎ!!

 最高!!!


 私は思わずガッツポーズを決めまくった。

 自分を褒めまくる。


 ま、デートまでこぎつけられなかったのは残念だけど、今回はヨシとしときましょ!!

 仲直りさえできれば、私と内木が結ばれるのは時間の問題だし!

 さっさとクレープ食べて帰りましょ!


 その日。

 ウキウキで帰宅した私は内木にLINEを送りまくった。

 内容は以下の通り。


『今日はありがと♡』

『内木のクレープめっちゃ美味しかった♡ また行きましょ♡♡♡』

『次のデートどこ行こっか?』

『私ヘリコプターとか乗ってみたい♡』

『今日も一日お疲れ♡』

『今日の夜意外と冷えね?』


 他にもお疲れ様のスタンプとか内木が好きなアニメのスタンプ送ったりとかしまくった。


 なぜか一切既読が付かないのは、きっと恥ずかしがっているんだろう。


 そうに違いない……わよね!?

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