第24話 ざまあヒロインと謝罪デート

 翌日。

 午後3時。

 私は表参道にあるクレープ屋さんに来ていた。

 学校とか近所のカフェとか場所は色々提案したんだけど、『ここにしない?』と内木から言われたのだ。


 格好は、丈長めのジャンパースカートにシャツとブーツ。

 いつもならもう少し露出とか増やして派手めにするんだけど、今日は謝罪目的なので地味な感じ。


 ちなみに2時間前から店内で待機している。

 気持ちを整える時間が欲しかったのと、ぶっちゃけビビりまくってるせいだ。

 おかげで昨晩は殆ど寝てない。

 だけど全然眠気がない。


『今日ミスったら、内木に嫌われるかもしれない』


 その恐怖で、眠るどころではなかったのだ。

 内木に嫌われるくらいなら死んだ方がマシ。

 まったく落ち着かないので、ベッドの上でウッチーを相手に謝罪のリハーサルをしまくっていた。

 今もめちゃくちゃ緊張している。


「……」


 私はチラ、とドリンクメニューを見る。


 男より先にドリンク頼んじゃうとか心象悪いから絶対しないけど、ショルダーバッグの中には小さなペットボトルのコーヒーが入っていた。


 私は運動前と、『ここぞ!』という時にはカフェインを取ることに決めている。

 生まれつきカフェインに対する耐性がめちゃくちゃ低いので、ちょっと取るだけで効果が出まくる。

 どのぐらい凄いって、普通の人なら摂取してから最低でも30分ぐらいは経たないと効果が出てこないところを、私は経口摂取した瞬間から効果が出る。


 コーヒー飲んで、その辺を軽く走ってくればテンション爆上がりするわね……!

 汗だくになるから絶対やらないけど……!

 ビビってるのは私の都合だから、誠意も伝わらないだろうし……!


 そんなことを考えながら、時間を過ごす。


 やがて、窓の外に内木の姿が見える。


 き、来た!?


 私はギュッと膝を掴む。


 どうしよう怖い……!?


 そうしている内に店のドアが開いて、内木が中に入ってきた。

 すぐに私を見つける。


「あ……」


 私と目が合うなり、内木は顔を背けた。

 私も反射的に背ける。


「……」


 内木はそのまま私の向かいの席に座った。

 なにか忙しそうに持ってきた鞄の中を漁っている。


 ど、ど、どうしよう……!?


 内木を目にした時から、私は極度の緊張状態にあった。

 せっかく家でウッチー相手に練習してきた謝罪も、全部吹き飛んでいる。

 心臓はバクバクするし、唾もゴクゴク飲み込んじゃうしでもう訳が分からない。

 辛うじて考えられるのは『内木に謝らなくちゃ』ってことだけ。


「「あ……」」


 なんとか謝ろうとして、今度は言葉がかぶさる。

 途端に気まずい感じがして、私はのけ反った。

 そして、


「ご、ごめんなさい!」

「ご、ごめん!」


 同時に謝る。


 あーもう訳解らない!?


「ご注文はございますか?」


 なんてやってるうちに、いつの間にか傍にやってきていた女店員から訊かれてしまう。


 2時間前から私が居座ってるからだろう。

『早く注文せえや』という気持ちが声に現れていた。

 額にも怒りマークが浮かんでる気がする。


「あ、じゃあこのクレープでお願いします。

 内木は?」


「俺……ん……ちょっと考え……あ、やっぱり鎌瀬さんと同じので」


「こちらのクレープお2つですね。

 少々お待ちください」


 店員は注文を受けると、さっさと行ってしまった。


 また沈黙の時間が始まる。

 視線なんか当然合わせられない。

 机の上しか見られなくなる。


 ……なんで私、こんなに弱気なの……ッ!


 そう自分に問いかけて、すぐに回答が出る。

 内木に嫌われたくないからだ。


 今まで私が内木に対して超強気で居られた理由は2つ。

 1つは『私以外に正当に内木を評価できる女なんていない』と思ってたこと。

 自分だけが内木の良さに気付いていると思って、慢心していたのだ。


 だがそれよりも致命的なのは、

『内木が私の事を好きで居てくれてる』って勘違いしてたこと。


 もしも内木が内心では、私のことをウザいと思っていたんだとしたら?

 そんな事実、知りたくない……ッ!


「……ッ!!」


 一度そう思うと、もうダメだった。

 いくら謝ろうとしても、内木を見れない。

 それどころか口すら開かなかった。


 このままじゃダメなのに……ッ!


「あの……よかったら、これ……」


 なんて私が焦っていると、目の前に紙の束が出された。

 どうやらマンガの原稿らしい。

 驚いた私は顔を上げて内木を見る。

 見てしまう。


「……」


 内木はどこかやりにくそうに後ろ頭を掻いていた。

 気のせいでなければ、いつもの内木に見える。


「あの……新作、できたんだけど……ほら、前に新しいのできたら読みたいって言ってたから……」


 そこまで言われて思い出す。


 そういえば雪村が部室に来た時に私、そんな感じのことを言ったような気がするけど……!?

 ってことは内木のやつ、わざわざそんなこと覚えててくれたの……!?

 う……嬉しい……ッ!!!


「ふ、フゥン!?

 いいわよ!?

 見せてみなさい!?

 面白くなかったらぶっ殺してやるんだから!!」


 私は両手で原稿を掴みながら言った。

 色々嬉しくって、席から飛び跳ねそうになる。

 それを隠したくて、つい強気に言ってしまった。

 嬉しい。


「……うん」


 内木はコクリと頷くと、ちょっと恥ずかしそうに窓の外を向いた。

 私も合わせるように表紙に目をやる。


 っていうか、コレ私のためにわざわざ印刷してきてくれたのよね!?

 ももも……もう絶対離さねえぞ!?

 写真撮って電子保存した上で原稿自体は真空パックして末代まで家宝として受け継ぐぞオラァン!!?


 そんな事を考えながら、マンガを読み進める。


 相変わらずのギャグマンガだった。

 異世界なのに床屋があって、そこでなぜかバイトしているヒロインたちが、突然来訪したイケメン王子の髪やら髭やら眉毛やらを誤ってカットしてしまい、なんとか誤魔化そうとして代わりに陰毛を植えようとするもの。

 最終的には服もカットして全裸×陰毛姿となった王子が街中をモデル歩きで練り歩き、民や兵士たちからドン引きされてしまうといった内容だった。

 最後まで流行のファッションだと思ってヒロインに感謝してる王様がちょっと可愛すぎる作品だ。


「く……くっくっ……ぶひゃひゃひゃひゃッ!?」


 クッッッッッッッソ面白いじゃないのこれッ!!?

 コイツやっぱ天才ね!!!

 陰キャのくせにどっからこの辛辣さが出てくるのかしら!!?


 一瞬、そんな言葉が口から飛び出しそうになる。

 だが辛うじて抑える。

 褒めすぎるのは作家にとって余り良い事じゃないって、昔どっかの編集長が言ってたからだ。

 私自身も恥ずかしいし。


「こ、コホォン!?

 まあまあ面白いじゃないの……!?

 褒めてあげる!!」


 読み終わったのにまだ込み上げてくる笑いの衝動をなんとか堪えて、私は言った。


「そっか……今回の出来は正直微妙かなって思ってたから、そう言ってもらえるとすごい嬉しいよ……」


「微妙!? これが微妙なら世の中のお笑いなんて全部クソよ!!!」


「そ、そうかな……!? 

 他の人も普通に面白いと思うけど……!」


 内木はポリポリと後ろ頭を掻きながら言った。

 心なしか嬉しそうに見える。

 奴のそんな表情を目にした時、私の心臓がドキンと跳ねた。


 コイツやっぱカワイイ……!!

 なんとか私のモノにしたいわ……!!


 …………。

 って、これじゃいつもと一緒じゃない!?

 謝罪はどうなったのよ!!

 内木に散々迷惑かけてきたんだから、それを謝らないと!!


「そ、それはそうと内木……!

 その……今日は、話が合って、さ、さ、誘ったんだけど……!?」


「……うん」


 めっちゃ緊張する!?

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