第23話 ざまあヒロインと悪事Ⅶ

 私が校舎昇降口までやってくると、


「ん……!?」


 下駄箱の前に見慣れた人物が立っている。

 ボサボサの頭に、入学時よりもやつれたせいか、ブカブカになった制服を着た陰キャ男子。

 内木だった。


 う、内木っ!?!?


 内木の姿に気付いた私は、逃げるように柱の陰に隠れた。

 バクンバクン心臓が鳴っている。


 どっ!?

 どどどどうしましょ!?

 とりあえず謝らなきゃ!?

 まだ内木には謝れてないし!

 だけど、どうやって?

 どうしたら内木は私を許してくれるの……!?


 頭が真っ白になる。


 嫌いとか言われたらその場で死んじゃう……!


 私がそんな想いで泣きそうになっていると、


「お鎌っぺじゃん!」


 突然背後から肩を叩かれた。


「ぶひゃひゃひゃいいいいっ!?」


 私は思わず叫び声を上げる。


 振り向けば、叩いたのは雪村だった。


「また悪だくみしてるんじゃないだろうな?」


「次は許しません!」


 後から明星院と小金井もやってくる。


「と、突然声をかけられたからビックリした……って!?」


 っていうかヤバ!?

 内木に気付かれた!?


 思って再度振り向けば、内木は既に靴に履き替えて昇降口の外に出ていた。

 私の騒ぐ声が聞こえたかは定かではない。


 よかった……!

 いや、よくないのか……!?


「あれ内めろじゃん」


 私の視線に気付いた雪村が言った。


「ひょっとして内木に謝ろうとしていたのか?」


 続けて明星院が尋ねてくる。


「あ、うん……実はそうなんだけど……その……!」


 私は3人に悩みを打ち明けることにした。

 内木にどう謝ればいいのか分からない。

 今朝から視線すら合わせられないのだ。


 それに内木も、一向に私と話そうとしてくれなかったし……。


「フン。

 悪因悪果といったところだ。

 自分の行いを知れ」


 明星院が厳しいことを言ってくる。


「そ、そうよね……。

 自分のしたことを考えれば、避けられて当然か……!」


 デートの邪魔したり、勝手に家に押しかけたり。

 そもそも普段からもアイスココア奢らせたりしてたし。

 直接悪評を流したりしたわけじゃないけれど、私が内木の立場だったらイヤがるに決まってるわよね。

 そんな女近くに居て欲しくないし。


「とにかく謝るしかなくね?」


「そうだな。

 それも早い方がいい。

 時間を置いては、取り返しがつかなくなる」


「場所を用意するのはどうでしょうか。

 どこか落ち着いた場所で2人きりなら、鎌瀬さんも謝りやすい気がしますが」


 小金井が提案してくれた。


「そうだ!

 せっかくだし仲直りデートするとかどう!?」


「少々不謹慎じゃないか?」


 雪村が続き、明星院が眉を顰める。


 一方私は、


「でっででで、デート!?」


 雪村の口から飛び出したその単語に、めちゃくちゃ反応してしまった。


「え。幼馴染なんだし、内ぴとデートぐらいしたことあるっしょ?」


「なななないわよそんなハレンチなこと!!?

 あんたらビッチとは違うの!!」


 めっちゃ顔が熱くなる!


「びっち?」


「……てっきり恋愛関連でも強気かと思っていたのだが、意外と乙女なのだな」


「鎌瀬さん、言葉使いには気を付けた方がいいですよ」


「いっ、いやでもたしかにこの間はデートしたいって思ってたし、しようともしてたけど……!

 でもいざ2人きりってなると、き、き、緊張するというか……!

 あああっ……!?」


 内木と2人きりでどうにかしよう、みたいな想像に至ると、途端に思考が弾け飛んでしまう。


「あくまで謝罪だ。デートじゃない」


「でも、2人きりで謝るのが一番な気はしますね」


 小金井が言った。


「さっそく誘ってみなよ。連絡先知ってるっしょ?」


「し、知ってるは、知ってるけど……でも、なんてメッセージ送ったら……!」


「シンプルに送ればよくね?

 謝りたいことがあるから、どこかで会えない?

 ってさ」


「……ラインで謝るとかは、ダメよね?」


「それはダメっしょ」


「面と向かって謝らないと、誠意が伝わりません」


「う……!?

 そ、そしたらせめて手紙とか。

 ギフト券か何か買って一緒に入れてごめんなさいって渡せば……!」


「物で釣るのも良くないと思います。

 普通に謝りましょう」


「鎌っぺさ~。逃げるのはよくないよ~?」


 う……!

 たしかにただ私が辛いのイヤなだけか。

 仕方ない……!

 覚悟を決めよう……!


 私はスマホを取り出す。

 雪村に言われた通り、一行だけのシンプルなメッセージを打った。


『話したいことがあるんだけど、時間作れない?』


 これだけ。

 送信ボタンを押そうとする。

 だが。


「……………」


 指が震えた。

 押せない。

 これを押して、もし万が一内木からイヤだと言われたら……!

 そうじゃなくても、スルーされる可能性もある……!

 そしたら私、もう生きていけない……!


 なんて私が涙目になっていると、


「ポチー」


 後ろから指が伸びてきて、勝手に送信ボタンを押されてしまった。

 押したのは雪村だ。


「きききキサマなにをするうううう!?!?!」


 私はつい大声で叫んでしまう。


「こういうのは勢いだよ」


「そうだな。内木のことを見下すなら、これぐらいはできないと」


 雪村と明星院に言われてしまう。


「お、乙女の純情弄びやがってこのビッチどもめえええええ!!」


 3人の私に対するイジリっぷりに、私はガチでキレた。

 すると、


「どの口が言っている!?」


 明星院にギロリと睨みつけられてしまう。


 ひ、ひい!?


 なんてやってる内に、


 ピロン♪


 通知音が鳴った。

 コンマ0・01秒でそれに気付いた私は、即座に画面をタッチする。

 ウーバー配達員もビックリするレベルの早押しだった。


 内木からラインが届いている。

 内容は簡素なスタンプで『いいよ』。


 いいよ……?

 いいよおおおおおおおおおおおお!?!?!?!


「よっしゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 余りの喜びに、私は諸手を振り上げて雄叫びを上げてしまった。


 もう嬉しすぎて、はしたないとか考えられねえ!!??


 スマホを持ったままピョンピョン飛び跳ねる。


 だって、人生初デートだもの!!!

 それも内木とだなんて!!!

 こんなに嬉しい日はないわ!!!


「ささささっそく準備しなきゃあああああ!

 最高級のウェディングドレスを用意して!!

 それからお花のブーケと、い、い、五つ星ホテルの予約もおおおおっ!!?」


 私はさっそくスマホのホテル予約アプリを開く。


 ていうかっ!?

 ほっほっ……ホテルとか言っちゃって私……私いいいいいいい!!!!!?!?

 どどどどうなっちゃうのおおおおおおお!??!!?


「うぇへうぇへうぇへへへへへへへおほおおおおおおっ!!!!!」


「待て待て落ち着け! 色々間違ってる!」


「鎌っぺ顔ヤバすぎィ!?」


 突き指しそうな勢いで色々ポチりまくりそうになったところを、明星院に止められた。

 雪村にも両手で肩を掴まれて阻止される。


「でも、嬉しいですよね」


 小金井も喜んでくれている様子だった。


 そうだよ!?

 嬉しいよ!?

 嬉しいけど、嬉しい!?


「……まあ、そうだな。私も内木とデートできるのなら、同じくらい喜ぶか」


「内ぴったら毎秒おかしいし超面白いしで、最高なんだよね♡」


 小金井に続き、明星院と雪村も私に合わせて言ってくれた。

 私の喜びに全員が賛同している!?


「おっおっ……お前らああああああ!?

 ホントに良い奴だなあああああ!!!」


 私は涙に咽る。

 こいつら相手に初めて友情を感じた。

 もっとも私悪人だから、ほんの数プランクスケール程度だけど。


「ギッヒヒィ!!

 このまま内木をかっさらってやるわァ!!!」


 なんて私が内心の企みを表に出すと、


「目的をはき違えるな!?

 罪の意識を忘れるんじゃない!」


 明星院が私の後頭部をゴン! と殴ってきた。


 い、痛ぁ……ッ!?


「そうですね。まずはきちんと謝罪です。でないとおかしな事になります」


「逆に『ハア何コイツ?』って思われて、ウザがられちゃうかも」


 2人からも畳みかけられる。


「う……!

 そ、そうよね……!

 まずは謝罪しないと……!」


 殴られたのもだし、内木に嫌われるかもだしで、私はまた泣きそうだった。


 内木のいない人生なんて、考えたくもない……!


「まあ謝って、それで内木が許してくれたら、だな。

 それなら後は普通に過ごせばいい」


「でもイザって時のために、勝負服は着てった方がいいかも!

 内ぴも男の子だし!」


 しょしょしょ、勝負服ゥ!?

 そ、それってアレな感じのアレとか、アレとかかしら……!?

 もっもっもっ……もしかしたらアレとかもおおおおおお!?

 いやよそんなの私もうお嫁にいけないいいいいい!!?


「……うへ……うへへ……っ」


「おい雪村、あまり焚きつけるな。

 鎌瀬が完全にあっちの世界に行ってるぞ」


「だって鎌っぺ面白いんだもん♡」


「お前、時々性格悪くなるよな……」


「えへへ♡」


 なんだか雪村と明星院にバカにされてるような気がするけど、『勝負服』とかいう激やばパワーワードのせいで頭が回らん……!


「鎌瀬さん。まずは内木さんのことを考えるんですよ?」


 小金井が困った顔で私に言う。

 その瞬間私は我に返る。


「はっ!?

 そうだったわね……!?

 すっかり忘れてたわ……!」


 こういう所が私いけないのかしらね……!

 目先に利益が見えた途端、突っ走っちゃう。

 でも、私は反省した。

 もう昨日までの私とは違う!


「よ、よし。

 とにかく内木に謝りましょう。

 全ては……それからね」


 そう決めた私は、さっそくラインで内木に時間と場所の都合を尋ねた。

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