第12話 ざまあヒロインとひと夏の思い出Ⅱ

 放課後。

 私は校門の前で待ち伏せしていた。

 あと10分くらいで三村がやってくるはずだ。


 ど、ドキドキするわね……!?

 この私をこんなに緊張させるなんて、さすがは三村だわ……!

 でも今日に限っては100万パーセント大丈夫!

 だって今日は、私のお気に入りの私服(肩空き変形カットソーにスカパンとヒールサンダル。色は韓国っぽいブラック×ピンク♡)だし、大人のオンナとしての魅力もバッチリ!

 これで三村もイチコロよね♡


 なんて私が思っていると、校門前に一台の車が止まった。

 国内中堅自動車メーカーが製造している、こじんまりとした趣の普通車だった。

 中から黒髪ロングでいかにも清楚な感じの若い女が出て来る。


 なにあの女。

 保護者かしら。


 なんて思っている内に、今度は反対方向から革靴の足音が近づいてくる。


 こ、この足音は三村!?

 どどどどうしましょおおおお!!?

 お、落ち着きなさい私ィ!?

 大丈夫!

 フラれたりしないから!

 絶対!!


 私が決死の思いで、隠れていた樹の影から飛び出そうとすると、


「カズキ!」


 さっきの清楚系の女が三村の下に駆け寄っていった。


 カカ、カズキィ!?

 なんであの女三村のこと名前で呼び捨てなのよ!?


「アミ。来てくれたんだ」


 三村も呼び捨てぇ!?

 しかもちょっと嬉しそう!?

 なんなのよあの女!?

 まさか三村のカノジョ……!?


「うん。

 ちょうど今大学終わって!

 カズキ、お昼ゴハンどうする?

 冷蔵庫的にはたぶんパスタになるんだけど」


「そうだね。久しぶりにランチデートとかどう?

 最近大手町にいいエスニックの店見つけたんだけど」


「いきたい!」


 女が嬉しそうに言って、三村の腕に抱き着く。

 三村もデレデレしながら、車のドアを開けた。

 このまま2人でデートに行く流れだった。


 待ってよ!?


 私は木の影から身を乗り出す。

 だが。


「きゃっ!?」


 直後に私は足を滑らせてしまった。

 私は気付かなかったが、昨日降った雨のせいで地面がぬかるんでいたのだ。

 しかも水たまりに倒れ込んでしまう。

 せっかく着てきた新品の韓国コーデが、泥まみれになってしまった。

 下着までビッショリである。


 自慢のコーデだったのに……ッ!!


「うっ……!

 うえええええええっ!!!」


 私は転んだ痛みと三村にオンナが居た悔しさから泣き出してしまった。


 三村アアアアアア!!!

 なんで私を裏切ったのオオオオオオオ!!!


「キミ! 大丈夫かい!?」


 すると、三村の声が聞こえた。


「……ッ!?!?」


 私の顔が一瞬で赤くなる。

 こんな顔、三村にだけは見られたくない!!


 そう思った私はその場にすっくと立ち上がった。

 そして、シャツの袖で顔についた泥と涙を拭いながら、


「大丈夫です!!!

 先生!!!

 さよなら!!!」


 大声でそれだけ言って、校舎の方へと駆け出した。

 そのまま校舎の中に入る。

 取りあえず近場のトイレに入り、ハンカチで泥を拭った。

 鏡を見ると、いかにも負け犬みたいな顔の私がいる。


 くそ……!!

 なんであんな所に水たまりがあるのよ!?

 いやそれ以前にあの女!?

 清純ぶりやがって!

 何が『いきたい!』よ!!

 あームカツク!!

 ムカツクううううううッ!!!!


「グギュウウウウウウウウウウッ!!!!」


 怒り心頭に達した私は、ランドセルから子犬のぬいぐるみを取り出すと壁に押し付けてドスドス腹パンし始めた。

 コイツは私が小さいころから愛用しているぬいぐるみで、お風呂以外の全ての場所に持ち込んでいる。

 主な利用法は寝るときに抱き枕にする他、ストレスゲージが溜まり次第コイツの腹を連打するというもの。

 ちなみに名前はウッチー。

 顔が内木っぽいから付けた。


 こんなの間違ってる!!!

 どうして私がモテないのよおおおおお!!!?!?!


「はあ……!!

 内木でもイジメよ!!」


 ひとしきりウッチーを殴りつけた私は、その足で教室へと向かった。


 ついでに服も着替えたいし。

 仕方がないから、今日は体操服着て帰りましょう。

 あーあ。

 このオシャレな服着てたら、帰り道もモブどもを見下して気持ちよくなれたのにな。

 これも全部三村を奪ったあの清純ビッチのせい……!


 なんて考えながら、私が教室に戻ってくると、


「ん?」


 机が整然と並べられている。

 黒板や黒板消しまで綺麗になっている所を見ると、どうやら掃除は終わっているらしい。

 そんな中、内木だけが一人教室に残っていた。

 奴は机に座って何か書いている。


 あら。

 アイツまだ教室に残ってたのね。

 そういえば、やることあるとか言ってたけど、なんなのかしら。

 ひょっとして居残り勉強?


 私はそれならそれでからかってやろうと思い、内木に近づいた。

 すると、内木が描いているものが目に入る。


「ブハッ……!?」


 1分も経たない内に、私は噴き出してしまった。

 それはギャグマンガだった。

 中世ファンタジー世界の騎士みたいな格好をした男とチンピラみたいなお嬢様(こっちのお嬢様が主人公かしら?)が、何故か雪山でスノボをしている。

 ただしボード代わりにしているのが、イケメンな王様とダンディーな騎士団長なのだ。

 ただ乗り回しているだけじゃない。

 時々腰を踏みつけ、前立腺を刺激することで雪中にアレを突き立たせることで、摩擦によりブレーキをかけている。

 その王様のブレーキが折れたところで私は笑ってしまった。

 大臣の『御世継ぎがああああああ!?!?』の叫びが余りにも面白過ぎたのだ。


 オ……ッ!?

 オモシレエエエエエ!?

 なにこれギャグマンガ!?

 絵は全然うまくないけど、緩急の付け方がプロ並みだし、お嬢様たちのアホさ加減も伝わってくるし、何より上位の人間をこき下ろす設定が上手すぎるでしょ!?

 こんなん面白いに決まってるだろ!?


 思って、内木を見る。

 内木はといえば、傍に私が立っていることにも気付かず、一心不乱にマンガの続きを描いていた。

 その真剣な顔は、どう見てもギャグマンガを描いているようには見えない。

 コイツどういう思考回路してんだ?


 でも内木にギャグマンガの才能があったなんて意外よね。

 だってコイツいっつも詰まらなさそうな顔してるもの。

 意外とコイツ、スペック高い?


 そう思うと、俄然内木に興味が湧いてきた。


 っていうか、よく見たらこいつ顔も悪くない。

 前髪が長いうえに髪自体ボサボサだけど、パーツ自体は整っているわ。

 まるで犬系の韓国アイドルみたい。

 しかも、こいつんちって確か実家がクソ金持ちだったわね……!


 しかもしかも、よくよく考えるとそういう内木の良さを知ってるのって私だけだわ。

 だってコイツ同性にすら殆ど友達いないし。

 ってことは、内木の良さを知っているのは世界で私ただ一人ってわけで……!

 そんなのメチャ美味しいじゃないの!!

 こんなお買い得物件見逃す手はない!!


 そう思った私は、内木に声をかけてやる事にした。

 既に私の目にあるイケメンカウンターは限界値を突破している!


「う・ち・き・くぅん♡」


 内木の耳元に口を近づけると、甘い声で囁きかける。

 すると、


「うっわっ!?」


 内木が大地震でも起こったような顔で私を見てきた。

 私はそんな奴の顔をニッコリ見返す。


「え……!?

 鎌瀬さん、急にどうしたの?

 っていうかデートじゃなかったっけ……」


「え? デートォ? そんなの私知らなぁい♡」


 言って、内木の腕に抱き着いた。

 内木ごときこれでイチコロのはず……!


「な、なに鎌瀬さん!?

 気持ち悪いんだけど!」


 すると内木は私の手を払って言った。


 なんだコイツ。

 いっちょ前に恥ずかしがってんのか?

 愛いやつめ♡


「内木くぅん♡♡♡

 マンガとぉっても上手なのねぇ♡♡♡

 私見直しちゃったぁ♡♡♡

 今日一緒に帰らなぁい???」


「え……?

 ま、まあ……いいけど……。

 あの、でも、もうちょっと描いてからでもいいかな……?」


「うん♡♡♡

 わかった♡♡♡

 わたしここで見てるね♡♡♡」


「えと……あんま見ないで欲しいんだけど……」


 どこか諦めたような口調でそれだけ言うと、内木は再び原稿に向かってペンを走らせ始めた。


 ぐふふ!

 お前は私のもんじゃい!!




 □□回想終了□□




 ああッ!?

 私のひと夏の甘い思い出!

 今思い出しても胸がトキメク!!

 我ながら、なんて純真で無垢な少女だったんでしょう!!

 私が内木だったら1000兆パーセント放っておかないわ!!!

 それなのに内木のヤツ……ッ!!!!


 考えながら、私は内木を見た。

 内木は雪村達三人と、めっちゃ仲よさそうに話をしている。


 あんな品性の欠片も無いゴミビッチどもとクソ仲良くしやがってエエエエエエエ!?!?!


「グッギュウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアッ!!!!」


 内木の私に対する余りの非道振りに怒りが心頭に至った私は、虚空に向かってエア腹アッパーを連打し始める。


 ちなみにだが内木に似たぬいぐるみ(ウッチー)はまだ愛用していた。

 ただ流石にこの年齢でぬいぐるみ持参は痛過ぎるので、学校には持ってこないよう自重している。

 最近ハマっているのはプロレスのコンビネーション技で、昨晩もベッドの上で腹パン連打しまくったウッチーを壁に叩きつけてからのフランケンシュタイナー(ジャンプして太ももで相手の顔を挟み込んで後方に投げるやつ)をブチ決めた。


 そうよ……!

 あの日からもう6年も経つのに……!

 どうして仲が進展していないわけ!?

 この私が、こんなに分かりやすくアプローチしてあげてるのに!!?


 そう思って再度内木を見る。

 その周囲には、ラスボスと見紛う程の凄まじいオーラを纏った格上の女が3人。


 きっとアイツらのせいね……!

 あいつらが急に出しゃばるから……!

 このままでは内木が奪われてしまう……!

 こうなったら……!

 もう手段は選んでいられないわね……!


 私はスマホを取り出すと、Twitterを起動した。

 私にはアカウントが4つある。

 1つは日常用。

 私がいかにステキでムテキな完璧美少女であるかという内容を美味しい食事やトレーニングなどの動画と共に呟いている。

 このアカウントはインスタとも連動しており、毎日投稿等かなり力を入れているのだが、どうしたことかフォロワー(下僕)が増えない。

 恐らくSNS企業の陰謀か、さもなくば雪村たちが裏で何かしているのだろう。


 それはさておき、もう1つは日常用アカウントのフォロワーだ。

 鎌瀬麗子という女子高生こそがこの宇宙で最高に気高く美しい美少女であると日々断言し続ける下僕アカウントである。


 3つ目は内木の妄想アカウント。

 内木になりきった私(アカウントの写真が私が隠し撮りした内木本人の後ろ姿。名前はニックネームにしてある)が、素晴らしい美少女である鎌瀬麗子という女の子に片思いして夜も眠れないという設定のアカウントである。

 ちなみに内木はTwitterアカウントを持っていないので、バレる心配は100パー無い。


 そして最後の1つは、こんな事もあろうかと作っておいた予備の鍵アカ。

 このアカウントを使って、雪村たち3人の悪い噂を広めるのだ。

 あの3人が最低の女だってことが世間に知られれば、きっと内木も奴らをキライになるに違いない……!


 SNSでの悪い噂の拡散は、正直リスクが付きまとう。

 もし万が一私が犯人であると内木に知られれば、100パーセント嫌われてしまうだろう。

 それはめちゃくちゃ怖い。

 だけど。

 リスクなしであの3人を追っ払うことは、もはや不可能に思えた。

 このままあの3人を放置しておけば、いずれ誰かが内木のハートを射止めてしまうだろう。

 そんなのは絶対に許せない……!!


「……もう、この手段しかないわね……!」

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