第11話 ざまあヒロインとひと夏の思い出

 小金井の一件から数日が経ったある日の昼休み。

 私にとって、教室はもはや地獄と化していた。


「内ぽよお昼しよ! 隣座るね!」


「真人。今日の弁当なんだが、私なりに趣向を凝らしてみた。どうだろうか?」


「内木さん。私もご一緒していいですか?」


 授業が終わった途端、例の3人がそれぞれの弁当や菓子パン等を手に、内木の席へと詰めかけたのだ。

 そんな3人に対し、内木は相変わらずの根暗顔で受け答えする。


「あ……えっと、雪村さんと小金井さん、どうぞ……。

 その……明星院さん、嬉しいんだけど、この量はちょっと食べきれないかも……」


「そ、そうか!? 結構減らしたつもりなのだが……!」


「さすがにお握り20個はキツイかな……!

 そうだ。2人は食べる?」


「え、いいの!?」「いいんですか?」


「うん。明星院さんがよければだけど……」


「それはぜひお願いしたい。もしよかったらなんだが、感想も聞かせて欲しいな。改善に活かしたい」


「オッケー! 食レポなら任せて!」


「うわあ、美味しそうなお握り。

 ありがとうございます。

 そうだ、もしよかったら私のオカズもどうですか?

 私もちょっと多めに作ってきてしまったので」


「い、いいのか!?」


 め……めっちゃ仲よさそうに見える……!

 割って入れる隙がない。

 完全に私、蚊帳の外だ。

 このままではマズい……!


 容姿では雪村に負け……!

 愛妻弁当を作る権利は明星院に奪われ……!

 通い妻というポジションすらも、マンガのモデルという名目で小金井に奪われてしまった。思春期の男女が密室で2人きりとか、これで何も起こらなかったら2人の生物学的な欠陥を心配するレベルである。

 小金井のことだから、自分から積極的に迫るなんてことはないだろうが、ふと手が振れた瞬間に互いに見つめ合って、『実は前から好きだったんだ』『私もです。嬉しい』……なんてイベントが起こらないはずがない!

 明星院だってあの体つきだ。

 変態スケベエロ魔神の内木が手を出したがらないわけがない。

 とっくにやることやってる可能性だってある。

 そもそも雪村なんかノリでキスとかしかねないしな。

 陽キャビッチに貞操観念なんてある訳が無いし!


 ※全て鎌瀬の個人的感想です。


 しかも、変化したのはあの3人だけではなかった。

 クラスのモブ連中の内木に対する株もまた、急上昇していたのだ。


「ねー。内木くんってすごくない?」

「だよねー。いっつも雪村さんたちと一緒に居るし。アレって確実にアレだよね」

「うん。なんかすっごいカッコよく見える……!」


 私の近くでランチをしている女子たちがそう言ったかと思えば、


「ちくしょー内木の奴羨ましいいいいいい……ッ!!!」

「なんであんな暗い奴が、学園……いや、世界三大美人をまとめてゲットしやがってるんだ……ッ!?」


 別の男子たちも、血の涙を流しながら総菜パンを齧っている。


 わかる……!

 わかるぞモブ男子たちよ!!

 誰がどう見てもおかしいわよね!?

 だって内木と付き合っていいのは、世界でただ一人この私だけのはずだもの!!

 それなのにアイツら勝手に私の内木に手を出しやがって!!!


「ぐっぞおおおおおおお……ッ!?

 内木の良さに最初に気付いたのは、この私なのにいいいい……ッ!!」


 ボロボロと涙が流れ落ちる。


 そう。

 アレは忘れもしない小学3年生の夏のことだ。

 あの日私は初めて内木に興味を持った。




 ◆◆鎌瀬の回想◆◆




 小学3年生。

 当時、既に文武及び美に置いて才能を存分に開花させまくっていた私は、水泳の授業においても遺憾なくその実力を発揮しまくっていた。

 小学3年生といえば、大半の人間がロクに泳げない。

 クラスのモブ共がビート板にしがみ付いてバタ足をしている中、私だけはプロ顔負けのバタフライ泳法をマスターしていた。


『ワホホホホホホホホホッ!!!

 ザコ共抜きまくるのって楽しいわねええええええええ!!!』


「か、鎌瀬さん止めなさい!? そういう授業じゃないって事前に説明したでしょう!?」


 私が内心高笑いしながらクラスのモブ共をブチ抜きまくっていると、先生が何か言ってくる。

 まったく、出来すぎるというのも大変よね。

 同世代はもちろん、大人にまで嫉妬されてしまうから。

 まあ容姿、頭脳、身体能力更には性格の上でも日本一の女子小学生であるこの私だから仕方ないわよね!


 なんて私が有頂天になっていると、プールサイドで見学をしている一人の男子が目に入った。

 内木真人である。

 奴はこんな私の幼馴染のくせに、貧血のため授業に参加できず、体育座りで日向ぼっこしていたのだ。

 ちなみにプールに入ったとしても泳げない。

 水が苦手らしく、顔を水に付ける事すらできなかった。


 まったく内木のやつときたら!

 私の幼馴染とは思えないわね!?

 でもイヤな気分じゃないわ。

 だって、ザコって見てるだけで心がウキウキしてくるもの。

 自分との差をこれでもかってぐらい感じさせてくれるし。


 よし。

 ちょっとからかってやろうかしら!?


「うーちき! なにしてんの!?」


 私はプールサイドに身を乗り出すようにして、内木に話しかけた。

 キャップを外して髪を出し、アングルとかもちょっと調整して、オトナな美少女って感じに振舞う。


「え……? あ……見学だけど……」


 すると、内木がいつものクソダサ陰キャなどもり口調で言った。


 プププ!

 ホントこいつダサいわね!

 まあその方が私の魅力がより一層引き立つからいいんだけど!


「見学ぅ? 

 あ!

 ひょっとして女の子の日とかかしら!?

 だったら後で鉄分補給グミでも差し入れましょうか!?」


 私がそう言うと、


「鎌瀬サイテー」

「まーた内木イジメてるよアイツ」

「マジ死ねって感じ」

「もうアイツハブろうぜ」


 即座にクラスのモブどもが、ゴミみたいな嫉妬をぶつけて来る。


 フン!

 どうでもいい。

 アイツらが仮に私をイジメてきたとしても、全員返り討ちにできるだけのスペックが私にはあるから。

 それより内木をからかってやりましょ!

 ぐふふ♡


「え……いや、ちがうけど……」


「違うの? じゃあなんでそんなモジモジしてるのかしら? 

 やっぱ女の子なんじゃないの?」


「ち、ちがうって……!」


 内木がウジウジしながら俯いてしまう。


 かわいいいいいいいいい!!!!?

 男のクセに女の私にイジメられてるの、かわいいいいいいいい!!!!


 幼馴染のダッサい様に、私は心の底からウキウキしてしまった。


 オトコからかうのってなんって面白いんでしょ!?

 もっとイジメよ♡


「アハハハハハッ!

 ホントだっさいわねアンタ!?

 ゴミ過ぎよ!

 そんなザマじゃ、将来無職で引きこもりよ!?

 そしたら友達も皆いなくなって、孤独死まっしぐらなんだから!

 アンタの老後なんて誰も看取ってくれないわよ!?

 一生そうやって蹲っているつもり!?」


「う、うん……!

 気を付けるよ……!

 ありがとう……!」


 私がこんなにも心を込めてからかっているというのに、なぜか内木は感謝をしてくる。


 コイツ脳みそも終わってるわね!?

 それに比べてこの私ってばなんてステキなお嬢さまなんでしょ!


 私がそんな風に喜んでいると、


「……でね。その時僕の彼女が」


 プールフェンスの向こうを歩く、1人の若年の男性教師が目に入った。

 その姿を見た途端、一瞬で私の目に内蔵されているイケメンスカウターが一瞬で教師のスペックを解析する。


 彼の名前は三村みむら一輝かずき

 28歳独身。

 身長は183センチ。高すぎず低すぎず。

 体形は定番の細マッチョ。

 体つきに比べて顔が小さいのが素晴らしい。

 更には右手首に巻いてる白のピゲ(ハイブラ高級時計)も、高い年収を意識させつつイヤミ過ぎなくて◎(にじゅうまる)だ。

 普通の教師の給料で買えるシロモノではないため(時計1つで車が余裕で買える)、儲かる副業をしているか、もしくは実家が金持ちのパターンだろう。

 極めつけはその頭脳。

 元々小学校の教師に憧れており、東大法学部を蹴って教育学部に入ったというツワモノだ。

 正直教師にはもったいないくらいのハイスペイケメンである。


 ま、彼ならギリ付き合えるわね……!

 隣を歩いてあげても、最低限恥ずかしくないわ。

 未来の夫に早速アプローチよ!


 約0・5秒でそう判断した私は、早速彼にアプローチをしかけるためフェンスににじり寄った。

 だが私が呼びかける前に、三村は校舎の中に入ってしまう。


 ああん!?

 行かないで私の王子(金づる)様ァ!!?


 クソ……!

 三村は教師だから、中々アプローチする機会がないのよね……!

 担当してるクラスは私の2個上だし、授業も英語だから5年生以上じゃないと受けられないわ。


 待てよ……!

 アイツたしか今日は早番だったな。

 私の授業も午前中で終わるから、放課後待ち伏せすれば一緒に帰れるかも。

 だけど、私が今日掃除当番なのよね……!

 どうしようかしら……!


「鎌瀬さん、どうしたの?」


 なんて思っていると、内木が私に声をかける。

 そのクソダサ陰キャな顔を見た時、私は閃いた。


 そうだ!

 コイツに掃除当番代わってもらおう!

 そしたら放課後三村を捕まえられる!


「内木。今日の掃除当番代わりなさい。私、放課後デートに行くから」


「デート?

 鎌瀬さんって恋人いたんだ」


 内木が意外そうな顔で私に言ってくる。


 なんかムカツクわね!?


「恋人ぐらいいるわよ! いえ、正確にはまだ恋人じゃないんだけど……でももう殆ど恋人みたいなモノよ!」


「そうなんだ。だったらいいよ別に。ちょうど放課後やることあるし」


 おーし!

 偉いぞ忠犬ウチ公!

 後は三村を口説き落とすだけね!

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