第10話 ざまあヒロインとDVDⅡ

 その日の放課後。

 私と内木と小金井の3人は、内木の自宅へとやってきていた。


 内木の家は公営住宅の5階にある。

 見るからに量産型って感じのマンションだ。

 しかも築30年のため、設備はややボロい。

 実家が金持ちのクセにこんな所に住んでる理由はよく知らないが、家庭の事情があるんだろう。

 住宅に金を掛けるのはコスパが非常に悪いので、私としては願ったり叶ったりだ。

 洗濯機やロボット掃除機など、必要な箇所に金を掛けるのが一番効率が良い。


 内木の場合はマンガ室が必要ね。

 マンガ家になれば、好きなマンガは全部必要経費で落とせるようになるし、マンガを描くためのデスクやその他道具なども全部経費で買えるわ。

 だから私が内木の妻になった暁には、内木には好きなマンガに集中して貰って、めっちゃ稼いでもらいましょ。

 男は稼いでナンボ。

 女は稼がせてナンボっていうのが私の昔からの信条だから。

 時々マンガの筆が乗らない時に10泊12日でモルディブ旅行とかに連れて行って貰えたらそれで充分ね。


 って、旅行とか私なに考えちゃってるんだろ……!

 ぐひひ……!


 道中そんな事を考えながら、内木の家の前までやってきた。


「どうぞ」


 内木が言って、玄関を開ける。

 すると細長い廊下が見えた。

 奥にはリビングがある。

 左にある扉がトイレで、右が内木の部屋だった。

 7年ほど前に最後に来た時と全く変わらない間取りだ。

 懐かしい匂いがしている。

 たぶん、昔と同じ芳香剤を使っているのだろう。


 久しぶりの内木の家に緊張して、思わずスカートの端を掴む。


 も、もうちょっとオシャレしてくれば良かったかしらね……!?

 うちの制服ちょっとダサいし……!


 今さらそんな事を思う。


「お邪魔します」


 私が二の足を踏んでいると、先に小金井が玄関マットの上に上がった。


 小金井ごときに遅れるわけにはいかない。

 私もキョロキョロと辺りを見回しながら、


「お……お邪魔するわね……!?」


 差し足で玄関マットに上がった。


 これから私、内木の部屋に入るのよね……!?

 心臓がバクバクする……!

 ヤバイ……!


「俺の部屋ここだから。

 散らかってるけど」


 内木が自分の部屋のドアを開ける。


 途端に私は目を逸らしてしまった。

 内木が使っているのだろう、ベッドが目に入ったからだ。


 誤解がないように言っておくと、私がベッドを探していたとかそういう事では決してない。

 内木の部屋は狭いために、三分の一ほどの領域をベッドが占領しているのだ。


 あとはマンガ兼趣味用だろうパソコンとそのデスク。

 他にはマンガがギッシリ詰まった本棚やら、2リットルのペットボトルが逆さに刺さったウォーターサーバーなどがある。


 正直、汚いわね……!

 あちこち掃除したくなるわ……。

 ってか、よくこんな部屋に女の子通すなコイツ。

 常識とかないのかしら。

 まあいかにもって感じの非モテ部屋だから、私的には他の女が寄りつかなさそうで嬉しいけど。


 そんな風に私が思っていると、


「ステキなお部屋ですね。内木さんのこだわりを感じます」


 小金井が本棚を眺めて言った。


「そ、そうかな?」


 内木が嬉しそうに後ろ頭を掻いている。


 しまった!?

 小金井の奴、さっそくポイント稼ぎやがった!

 私もポイント稼がないと!


 何かないかしら。

 内木を褒めるポイントは……!


 思って私は机を見る。

 普段マンガを描いているであろうデスク周りなら、内木が褒められて嬉しいものがあると思ったのだ。


 ん?


 すると、一冊の本が目に留まる。

 それは内木がマンガを書く時の資料にしているのだろう、書籍群の一番下にある。

 目に留まった理由は、その本だけが茶色のブックカバーを付けられていたことだ。

 女のカンが怪しいと告げている。


 試しに手に取り中身を見てみると……!


 ア゛!?

 ナニコレ!?


 私の面相が一瞬で般若になる。


 それは人気アニメキャラのコスプレをした美少女がエッチなポーズを取っている変態写真集だった。

 タイトルは『セクシーなコスプレ美少女と2人きりのphotobook』などと書いてある。


 私以外の女に欲情するとか許せねえ!!


「おい内木……ッ!」


 一瞬怒鳴りかけて、はたと止まった。

 確かに内木が私以外の女に興味を持っているとか許せない。

 万死、いや1グラハム数死に値する。

 だがしかし、ここでブチギレてはいつもと同じ。

 それよりこれを利用する手はないか?

 そう思ったのだ。


 私はチラと背後の小金井を見た。

 内木と小金井の二人は、本棚の前にしゃがみ込んで何やらオタトークに花を咲かせている。


 小金井にこれを見せれば……!

 幾ら女神みたいな思考回路しているからって、奴も生物学上は女だ。

 意中の男が別の女に興味を持っていると知れば、嫉妬ぐらいするはず……!

 上手くいけば、小金井が内木に幻滅して嫌いになるなんて展開もあり得る。


 少なくともマイナスの印象くらいは持つに違いないわ。

 だったらやるしかないわね!


 私はニタリほくそ笑むと、


「ねえ小金井さん!?

 内木の奴こんなもの持ってたんだけど!?」


 さっそく小金井に変態な写真集を見せた。


「きゃっ!?」


 桃色全開な変態写真を見て、小金井が顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あっ!?」


 内木もかなり動揺している。

「そ、それは違うんだよ!?

 今描いてるマンガの資料で、コスプレ服の女の子が必要だったんでそれで……!」


「でもこんなイヤらしいポーズとか最低じゃない!? いまどき紙の写真集買うとかも相当よね!?」


「構図がすごくいいんだよ! エッチ方面の書籍って、セクシーさを出すことに関してはホント神がかっててさ! どうしても紙で欲しかったんだ!」


「フン!

 醜い言い訳ばかり言うわね!?

 正直に認めないとか、人として情けないと思うわよ!?

 ねえ小金井さん!?

 コイツ最低よね!?」


 これ見よがしに言う。


 すると小金井は、


「い、いえ……!

 趣味は人それぞれですし、私はいいと思います……!

 それに、とっても内木さんらしいですし……!」


 言った。


「は!?

 小金井アンタ都合のいい女ぶってんじゃないわよ!?

 浮気を許す女なんて、この世界に居ちゃいけないの!!」


 分かってるだろ認めろやオラァ!?


「内木さんが喜んでくれるなら、それが一番です」


 言って、小金井はニコッと笑った。

 その顔の表にも裏にも、怒りや憎しみや嫉妬といったマイナスの感情は一ミクロンも見当たらない。


 な……何を言ってやがるうううう!?

 コイツ聖人か!?

 マリア様の生まれ変わりとかなのか!?

 じゃなきゃ納得できねえ!?


 小金井の余りの聖人っぷりに私が怒り狂っていると、


「あの……内木さん、この服とかお好きなんですか……?」


 小金井が写真集の1ページを指差して言った。

 そこには西洋の邸宅らしき場所で、シックなメイド服を身に付けて佇む美少女の写真があった。


「好き」


 内木が真顔で即答する。


 お前も結局好きなんかい!?


「だったら今度、こういう服作ってきましょうか?

 私お裁縫趣味なんですけど……普段から、自分の服自作したりしてるんですけど」


「え、本当に!?

 ひょっとして着てくれたりするの!?」


「き……着るのは恥ずかしいですけど……それで内木さんのお役に立てるのでしたら……!」


 小金井が、赤くなった顔を押さえて俯きながら言った。

 一方の内木はめちゃくちゃ喜んでいる。


「立つよ!

 めっちゃ立つ!

 そしたら、服完成したらそれ着てうちに来てくれないかな!?

 やっぱ実物のモデルがあった方がめっちゃ筆進みやすくなるんだよね!

 ポーズとかも取ってもらえるし!」


 ぽっぽぽ!?

 ポーズ!?

 いたいけな少女にどんなポーズ取らせるつもりよこのド変態!?


「わかりました」


 小金井がコクリと頷いた。


 マズい!?

 内木と小金井の仲が進展しまくってる!?


「ちょっと待ちなさいよ!!

 だったら小金井さんは作るの担当!!

 着るのは私がやるから!

 それでいいでしょ!?

 だって私の方がスタイルいいし!」


 それで私が毎日内木の家に通うの!!


「いや、スタイルとかじゃないんだよ。

 鎌瀬さんはタイプが違うからね。

 今回のマンガの主人公は、小金井さんみたいな小柄なメイドなんだ」


 内木がまたも即答する。


「私じゃダメだっていうの!?

 この裏切り者!!?」


「う、裏切るってなにが!?」


「うるさい!

 内木のド変態エロ魔神!

 死ねええええええ!!」


 怒りの余り、私は内木に襲い掛かった。


「か、鎌瀬さん!? 落ち着いてください!」


 小金井が私を押さえに入った。

 内木を助けたいという気持ちが籠っているせいか、意外と力が強い!?


「は……離しなさい小金井ッ!!

 内木を殺して私も死ぬうううううッ!!」


 そんな風に私がワンワン喚き散らしていると、


「鎌瀬さん!

 近所迷惑だからいい加減にして!」


 内木に怒鳴られてしまった。

 内木にしては珍しく私を睨んでいる。


「う……!?」


 その剣幕に、流石の私も黙るしかなかった。

 内木に嫌われてしまったら、私の全てが終わりだ。


「もう……! 子供じゃないんだからさ……! 頼むよ……!」


 内木がため息混じりに言う。

 すると、


「内木さん、マンガ読ませて頂いてもよろしいですか?」


 場の空気を和ませようとでもしたのだろう。

 小金井が言った。


「あ、うん。好きに読んで」


「オススメとかあります?」


「あ、今日貸す奴もだけど、こっちの奴もいいね」


「すごい。面白そう」


 2人は本棚の前で膝をつき、仲よさそうに話をしている。

 この部屋で、私だけが蚊帳の外になっていた。


 なんでよ!?

 小金井を嵌めようとしたのに、なぜか私の株が落ちまくってるじゃない!?


 くそ……!

 こうなったら、いよいよ『アレ』を使うしかないようね……!!


 私は学生鞄のファスナーを開け、中身を見やった。

 教科書の間に挟まれているのは、一本の変態DVD。

 タイトルは『欲情よくじょう細雪ささめゆき

 内容は、小柄で太めな体型をした中年熟女たちが汚らわしい行為に及ぶというものだ。

 いつか恋敵が現れた時のために、昔ネット仕入れておいたファイナルウェポンである。


 フフ……!

 これが部屋から見つかれば、さしもの聖人もドン引きするに違いない!

 さあ小金井よ!

 性の偉人たちが辿り着いた、邪念たっぷりなド変態趣味の洗礼を受けて戦慄するがよい!

 ヴァホホホホッ!!


 私がそんな風に内心高笑いをしながら、変態DVDを鞄から取り出したまさにその時、


「鎌瀬さん、何持ってるんですか?」


「ふぎゅううッ!?」


 突然小金井が私に声を掛けてくる。

 その声に驚いた私は、持っていたDVDを落としてしまった。

 2人の視線がDVDの表紙に釘付けとなる。


「………」


 小金井は真顔になっていた。

 私が手に持っているモノを見てしまったからだ。

 恐らく余りにも衝撃が強すぎて思考がショートしているのだろう。


 そして。

 内木もまた同様にDVDを見つめている。


「……………………………………………」


 これなら道端に落ちている嘔吐物の方が、まだ優しい視線を向けられるであろう。

 そんな目だった。

 誰がどう見ても軽蔑していると分かる。


 感じる!?

 内木の中の私の株が奈落へと落ち続けているのを感じるウウウウウウッ!?


「ちっち!?

 違うのおおおおおおおおッ!!!!」


 私は叫んで立ち上がると、足でDVDを踏みつけた。

 箱ごとバッキバキにぶっ壊す。

 瓦でも割るような勢いで。


 2人が再度ビックリした目で私を見る。


「こっこここれは違うのよ!?

 拾ったの!!

 そう、拾ったのよ!!!

 今朝学校行く途中にある河川敷で!!!

 段ボール箱の中にあるのを見つけちゃって!

 それで世の中こんなの見てる奴いるのねって皆でバカにしようと思って、それでたまたま持ってきただけなのよ!!!

 アハハハハハハッ!!!

 世の中ってホンットに面白い人がいるわよねえええええ!!!?」


「「………………」」


「ドン引きしてねえでなんとか言えやこらああああああ!?!?!」


 ブチコロすぞ畜生!?

 それか私をコロして!?


「そ、そっか………!?

 でも仮にそうだとしても、鎌瀬さん流石に性格悪すぎだよね……!?

 まあ、知ってたけど……!」


 内木に言われてしまう。


 ししししまったあああああ!?

 ついいつものクセでマウント取るような言い訳してしまった!?

 これじゃ私の聖人としての品位があああああ!?!?


「……鎌瀬さんって年上の女性がお好きだったんですね……!

 ちょっと意外です……!

 もしよかったら、どういった所がお好きなのか、教えて頂けませんか?

 鎌瀬さんの趣味のことも、もっと知りたいです」


 やっと再起動した小金井が、あのマリア様のような微笑を湛えて言った。


 や、やめろおおおおおおおお!!??!?

 私にそんな趣味はないいいいいいい!?!?!?




 その日。

 内木の中での私の株はコロナショックも真っ青なレベルで暴落し続け、最終的には「そんな鎌瀬さんも嫌いじゃないよ」と同情されるまでに至ってしまった。

 お陰で私のプライドはズタズタ。


 一方小金井の株は上がり続け、結局『お父さんが心配するから』と夜遅くに帰宅するまで、ずっと内木とマンガやゲームやアニメの話に花を咲かせていた。

 しかも結局内木のマンガが描き上がるまで定期的に内木の家にコスプレしに来る事に決まってしまう。


 なんでじゃああああああああ!?!?!?

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