第9話 ざまあヒロインとDVD
明星院との弁当対決からしばらく経った日の昼休み。
弁当対決以来、習慣となってしまったトイレ個室でのボッチメシを終えた私は、教室に戻ってきた。
すると、クラスのモブどもが何やら騒いでいた。
どうやらスマホでマンガを読んでいるようだった。
よほど面白いらしく、互いに画面を見せ合ってああだこうだ話をしている。
それを見るなり、私の脳内に刻まれたマウント回路に電流が走った。
私は自席に着くと、即座に私が推してる教養系ユーチューバーが紹介していた投資のベストセラー書籍を鞄から取り出し、読み始める。
フッ……!
相変わらず浅ましい人たちねえ!
私もマンガは好きだけれど、毎日最低1時間はこうして教養のための読書をしているの!
マンガばっかり読んでるアホ共に大差をつけていると思うと、小難しい本もめちゃくちゃ面白くって仕方がないわ!
ヴァホホホホホホホッ!!
「でさ、そのマンガが今一番面白くって! 俺昨日徹夜で一気読みしちゃったんだ!」
「そうなんですね。内木さんオススメのマンガ、私も読んでみたいです」
は!?
ま~だザコがガタガタ抜かしてるわね!
一体どこのクソザコって、内木ィィィ!!?
内木という単語に反応して、私の首が120度近く曲がる。
すると窓際の席で内木と仲良さげに話をしているのは、私の生涯の敵の一人であろう小金井
であった。
マンガの話で盛り上がっている。
小金井の奴、また内木と楽しそうに話して!?
「でも、あれアプリじゃ殆ど無料で読めないんだよね。
そうだ。
うちに紙で全巻揃ってるから、それ貸そうか?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。
そしたら小金井さん、今日の放課後うちに来て」
「はい。お伺いします」
きょ……!
きょきょきょ『今日の放課後うちに来て』ですってえええ!?
なにアイツ気軽にクラスメートの女子を自宅に誘ってるのよおおおお!?
っていうか、幼馴染の私ですら小学校以来内木の家には行けてないのに!?
小金井なんかに先を越されるわけにはいかないわ!
そう思った私は、読み途中の本を机に叩きつけ、ツカツカとローファーの音を高らかに響かせながら内木の席へと向かった。
「私も行くわ!」
腕組みをしアゴをクイと上げて、高みから内木を見下ろして言う。
内木は不思議そうに私を見返してきた。
小金井も小さく口を開けて驚いている。
「え。行くって、どこに……?」
「アンタのうちに決まってるじゃない!
私も今日ヒマだからついていってあげるわよ!」
「ああ、また話聞いてたんだ。
でも、うち来てもなんにもないけど……!?」
「マンガがあるんでしょ!?
私にも貸しなさいよ!」
「鎌瀬さんも好きなの?
だったら別にいいけど……。
えっと、小金井さんは3人でも大丈夫?」
「はい。
鎌瀬さんともゆっくりお話してみたいです」
小金井が裏表が一切なさそうな笑顔で言った。
私はちっとも嬉しくない!
だが取りあえず2人きりでのおうちデートは阻止した!
後は小金井にポイントを稼がせないように振舞いつつ、隙を見てコイツを出し抜き、内木のハートをゲットすれば!
ウフ……ウフフフフフッ!!
「……あの」
なんて私が思っていると、小金井が私に声をかけてきた。
いつの間にか私のすぐ傍に立っている。
「実は私、鎌瀬さんとお話したいことがあったんです。
この後少しお時間いただけませんか?」
そして、真剣な顔つきで私の事を見て言った。
お、お話!?
嫌な予感しかしないんだけど……ッ!?
◆
私と小金井は教室から離れた場所にある女子トイレにやってきた。
ここなら滅多に人は来ない。
「それで何の話よ。
まさか、内木の話とかっていうんじゃないでしょうね!?」
私はズバリ尋ねた。
「はい。実は私、内木さんのことが大好きなんです」
すると予想通りの答えが来る。
や、やっぱりィ!?
私の脳裏に、先日そして先々日のトラウマが呼び起こされた。
同じように恋愛相談してきた雪村や明星院の株を下げてやろうとして、逆に爆上げしてしまったばかりだ。
このうえ小金井までもが内木を巡るヒロインレースに参戦したなら、私の勝利は絶望的になってしまう!
クソッ!
内木のメインヒロインは世界でただ一人、私だけなのに!!
「アンタまで私に恋愛相談とか言い出すつもり!?」
私は半ば脅しつけるように言った。
すると小金井はキョトンとした顔で、
「恋愛相談。
いえ、そういうつもりではないですが……」
言った。
「……そうか。やっぱり他のお二人も……」
更に何やら一人ごちる。
納得がいった様子で、何やら頷いている。
「だったら何よ!?
まさか宣戦布告!?」
「はい……そのまさかかもしれません」
言って、小金井が私の顔を見た。
真剣な顔だった。
明星院や雪村が私に対して見せたものと同じくらいの。
「私、きちんと自分の気持ちを伝えておきたくって。
鎌瀬さんもなんですよね? 内木さんのこと好きなの」
衝撃の言葉を小金井から告げられた。
頬が一瞬で赤く染まったのを感じる。
「ウウウ内木のことがスキィイイイイッ!?」
慌てて平静を装おうとして、逆に声が裏返ってしまった。
「そ、そんなわけないじゃない!!?
アイツのことなんかミジンコほども好きじゃないわよ! !
っていうか、なんでこの私があんなゴミみたいなクソダサ陰キャ男を好きにならなくちゃいけないの!
笑っちゃうわね!!!」
「ホントですか? だったらよかったんですけど」
小金井が真顔で問う。
声も低い。
「……」
私は黙ってしまう。
だって本当の事なんか言えないし!!
「ホントは違うんですよね?
鎌瀬さんも内木さんのことが……」
「ち、違わないわよ!?
だけど、その……なんで内木なのよ!?
アンタめちゃくちゃモテるじゃない!
クラスの男子も、裏じゃみんなアンタの話してるわ!
先輩でもサッカー部のキャプテンとか、バスケ部のエースの人とか。
不良っぽい人たちまで、みんなアンタに癒されたいって噂よ!
もっと他に男いるんじゃないの!?」
「内木さんが好きなんです」
「なんで!?」
「私、友達があんまりできなかったんです。
お父さんが有名な企業グループの社長なんですけど、そのせいか皆さんどうも遠慮してしまうみたいで。
せっかくお友達になれても、お父さんの事を知った途端急にペコペコされたりして。
やめてくださいってお願いしたんですけど、お父さんがすごいからってみんな……。
私、普通の友達が欲しくて……!」
小金井は悲し気に俯いて言った。
一方私はブチギレる。
「ハァ!? なにそれ自慢!?」
私ならめちゃくちゃ嬉しいんだけど!?
皆がペコペコしてくるなんて最高じゃないの!
金と内木さえあれば後の連中は全員奴隷でいいし!!
「い、いえ、自慢ではないんですけど……!?
でも、内木さんだけはそういう感じがなくて。
内木さんは私のお父さんの事も知ってるんですけど、全然気にしないで私に話をして下さるんですよ」
「あー……アイツマンガ以外の事はマジで無関心だからね……だから私も苦労してるんだけど……」
「そうなんですよ。
だから私嬉しくって。
それに内木さんって、とっても楽しそうにマンガの話をして下さるんですよ。
私、それが嬉しくって……!
一緒に居たいなってすごく感じるんです……!」
「え?
楽しそうにマンガの話してくれるから一緒に居たいって、それ理由になってないでしょ。
だって私が楽しいならともかく、相手が楽しいかどうかなんてどうでもいいし」
小金井の発言に、私は素で突っ込んでしまった。
マジで異次元の発想だったから。
コイツ、パチこいてんのか?
「ふふ。
鎌瀬さんらしい意見ですね。
真っすぐで、いつも自分に正直で……」
小金井が小さく口元を押さえて笑う。
なぜか羨まし……いや、嬉しそうだった。
や、やっぱコイツわかんないわね……!?
「だからこそ、一度鎌瀬さんとはお話しておきたかったんです。
本気なの、すごい伝わってきますから」
「なっ……!?」
「鎌瀬さんは努力家で、目標に向かって人一倍頑張っていて。
本当にすごい人だと思います。
でも、内木さんだけは譲れません。
お互い、頑張りましょう」
そう言うと小金井はペコリ、頭を下げてトイレから出ていった。
後には私一人残される。
な、何だアイツ……!?
急に私の事ほめちぎりやがって!
おべっか使ってんのか!?
ちょっと喜んじゃったわよ!?
っていうか、結局アイツも内木のこと好きだったのか……!
クソ……!
小金井みたいなオタク趣味を完全に理解してくれる女神みたいな美少女から告白されたら、内木なんか一瞬で堕ちるに決まってる。
なんとかして小金井を貶めないと……!
でも、小金井を貶めるとかできる?
正直、雪村とか明星院の株を下げるより難しそうだ。
だったら逆に内木の株を下げるとか……?
……そうだ!?
そう考えた瞬間、逆転の発想が閃く。
もしも意中の異性の部屋で、『アレ』が見つかったとすれば……!?
さしもの女神サマも、ドン引きするに違いない!?
よおおおおおしッ!
そうと決まれば『アレ』を持ってくるために、今すぐ一旦帰宅しましょう!
先生には、体調悪いから保健室行って来ますとかなんとか言って。
すぐ戻ってくれば問題ないわ。
よし!
放課後が楽しみね!!
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