第8話 ざまあヒロインと孤高のボッチ飯Ⅱ

 翌日の昼休み。

 明星院は落ち着かない様子だった。

 鞄から二つの弁当箱を取り出したきり、もう3分も座ったままでいる。

 中々決心が付かない様子だった。


 私はそれを傍から観察しつつ、自分の弁当をつっついている。


 ああッ!

 明星院をオカズに食べるランチは最ッ高!

 これからあの明星院がブザマに失敗する所を拝めるかと思うと、その期待だけでゴハンが何杯もイケちゃうわ!

 ま、ダイエット中だからしないけどね!?

 ってかビビってないでさっさと行きなさいよ明星院!

 そして華麗に爆死しなさい!

 アンタの死体を踏み台にして、私が内木の恋人になってやるんだから!


「……よし」


 ようやく意を決したのか、明星院が弁当箱を二つ持ち、内木の席へと向かった。

 ちなみに内木は授業中にマンガのネタでも思いついたのだろう、購買にも行かずにネタ帳を開いて何か描いている。


「真人」


 明星院が、いつものクールで凛々しい生徒会長の顔で内木に声をかける。

 だが。


「あれ……明星院さん。俺に何か用?」


 意中の男子に見返されて、明星院の頬が耳まで真っ赤に染まる。


「あ……ああ。実は……お前に弁当を作ってきたんだが……!」


 そしてボソボソと言いながら、明星院が内木用の弁当箱を内木の机の上に置いた。


 ブッハ!?

 アイツ声ちっさ!?

 めちゃくちゃ声ちっさ!!

 ウケる~~!!


「え……!? これを俺に……!? 急にどうしたの……?」


「あ! ああ、いやその……真人がいつもパンとかジュースばかり食べてると思って……!

 弁当とかあった方がいいと思ったんだが、その……迷惑だっただろうか?」


 どんだけしどろもどろになってんのよ!?

 天下無敵のスーパー美少女生徒会長、明星院明日香サマとは思えないくらい情けない姿ね!

 写真に撮って印刷して部屋に飾っておきたいわ!


「い、いや、そんなことないけど……! あ、ありがとう、早速頂いても、いい?」

「あ、ああ!」


 それで、どんな弁当を作ってきたのかしら?


 私の内木アイ(内木のことに関しては五感が10倍にアップする)で早速覗く。

 明星院が作ってきたのは、四角い弁当容器にたっぷり詰まった塩おにぎりと卵焼きだった。

 形もやや崩れている。


 ハッ!

 幼稚園児のおままごとかよ!?

 まったくゴミみたいな弁当ね!

 さあ、そのクソマズ脳筋弁当を振舞って内木に嫌われるがいい!

 アヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアアッ!!


 内木がさっそくおにぎりを一つ手に取り、口に運ぶ。


 さあ内木!

 ハッキリ言うのよ!

 そして明星院に断末魔の悲鳴を上げさせなさい!


「あ、おいしい」


 …………………。

 ア゛!?!?


「ほ、ほんとうか!?」


「うん。このほのかな塩気いいね。俺好き」


「そ、そうか!? そっちの卵焼きはどうだ!? あんまり形とかよくないが……!」


「これも美味しいよ。ひょっとしてカツオダシ使ってる?」


「あ、ああ! 前に内木が食べていたインスタントラーメンが確かカツオダシ使ってたと思ってな……!」


「好きなんだよね。カツオダシ」


 内木がニコニコしながら次の卵焼きに箸を伸ばす。

 普段笑わない内木がめっちゃ笑顔だった。

 それも愛想笑いとかじゃなくって、『これこれ、これが好きなんだよ』みたいな、自然に零れる笑顔。


 アイツ!?

 私の前ではいつも困った顔するだけなのにイイイイッ!!?


「グギュウウウウウウウウ゛ッ!!!」


「も、もしよかったら……また明日も作ってこようか?

 ああいやその……イヤじゃなければ、なんだが……」


「えっ、いいの? それはぜひ、お願いしたいですけど……!」


「もちろんだ! 具材は何がいい? 他にも好きなものはあるのか?」


「俺の好きなのはね」


 話がどんどん先に進んでる!?


「待ちなさいよおおおおおおおおおおおォ!!!!?」


 もう居ても立ってもいられなくなった私は、内木用の箸と弁当箱を抱えて、全力ダッシュで2人の席まで詰め寄った。

 すると、内木と明星院が同時に『なんだ?』って顔で私を見る。


 タイミングまで合ってんじゃないわよ畜生!

 まるで夫婦みたいじゃない!!


「う、内木!?

 アンタお腹が空いてるみたいじゃないの!

 特別に私の弁当を分けてあげるわ!」


 私は今朝3時に起きて内木のために作ってきた究極無敵の健康弁当を机の上に広げた。

 ちなみに『アンタの分の弁当を作ってきた』なんて口が裂けても言いたくないので、自分用に作ってきた体を装う。


「え、いいの?」


 すると内木が興味ありげに私の弁当を見てくる。


「もちろんよ!

 ほら食べなさい!」


 私はそう言って箸の反対側を使い、内木が食べようとしていた卵焼きの上に茹でたブロッコリーを1つポンと置いた。

 一見ただのブロッコリーだが、美容オタクの私が厳選したエクストラバージンオリーブオイルと天日干しした海塩で味付けした逸品。

 味も美味しいし、栄養価もバツグンだ。


 他にもシャケの柚庵焼き(日本酒と白味噌と本みりんで作った下地に漬けて焼いたシャケ)や、平飼い鶏のゆで卵など、食材から味付けから全てこだわっている。

 明星院が用意してきたジャンクおにぎりやら、植物油でギトギトの卵焼きなど相手にもならない。


 だが内木は、


「あ……ごめん。俺ブロッコリー苦手なんだ」


 その一言で私のブロッコリーを押しのける。


「アンタ、私のブロッコリーが食べられないっていうの!?」


「ご、ごめん……!

 他にもけっこう苦手なもの多くって。

 ゆで卵もよくお腹壊すし、シャケも骨が喉に刺さって以来食べられないんだ……!」


「はあ!?

 私が用意してきた具材殆ど苦手じゃないの!?

 明星院コイツの手前、ワザと言ってんじゃないでしょうね!?」


「そんなことないけど……!?

 ホントに苦手なんだよ……!」


「いいから食べなさいよ!

 ほら! あーん!」


 私は箸でブロッコリーを摘まみ上げ、内木の口元へと運んだ。


「口開けなさい!」


「え……! か、かんべんして……!」


「あーんッ!!!」


「いや……」


「あーんッ!!!!!!!!!!」


 いいからブロッコリー食べろオラァ!?


「待て鎌瀬! 真人が困っている!」


 明星院が言った。

 私と内木の間に入って、内木を庇おうとする。

 私は咄嗟に手で明星院の肩を突き飛ばし、奴を押しのけようとした。


 だが、明星院の体はピクリとも動かない。

 まるで足の裏に根っこでも生えているかのようだった。

 逆に押した私の方が、バランスを崩してしまう。


 私は足がもつれてすってんころりん、教室の床に転がってしまった。

 しかも転ぶ時に手に持っていた自分の弁当箱を空中に放り投げてしまって、中身がまるごと私の頭に覆いかぶさる。


「ブッヒャアアアアアアッ!?」


 私は全身ブロッコリーやらシャケやらイモやらオリーブオイル塗れになってしまった。

 そんな私を内木や明星院はもちろん、それまで割と私たちの事を無視して普通に喋っていたクラスのモブ連中までみんながジッと私の事を見つめてくる。

 地獄みたいな雰囲気だった。


「だ、大丈夫か?」

「………………!」


 明星院と内木が心配そうに私を見つめて言った。


「大丈夫なわけないだろオオオオオオ!!!?」


 叫びながら私は頭に乗っかっていた弁当箱を床に叩きつける。

 すると、


「おっ!?

 鎌っぺ何やってんの!?

 めっちゃテンション上がってんね~!?」


 雪村が教室に入ってきて言った。

 何も考えてなさそうな笑顔で「ブロッコリー祭り?」落ちていたブロッコリーを自分の頭の上に置く。


「まったく……鎌瀬、大丈夫か?」


「鎌瀬さん、ハンカチ使います?」


 明星院が私の手を引き立ち上がらせ、

 更に駆け付けた小金井が私にハンカチを私に差し出してくる。


 おい!?

 お前ら私のことフォローしてんじゃねえ!?


「また鎌瀬が暴れてるよ」

「食べ物粗末にするなって教わらなかったのかな?」


 クラスのモブどもまで何か言ってきた。

 形勢は明らかに悪い。


「く……くっそ!? 覚えてなさいよ!!?」


 その場にいたたまれなくなった私は、飛び散った具材を弁当箱に押し込み、教室から逃げ出した。

 そのまま女子トイレの個室へと駆け込む。

 そして膝の上に弁当箱を置いて、拾った中身をほおばり始めた。

 孤高のボッチメシである。


「美味しい……ッ! 世界一の味……ッ!! 美味しすぎて涙が出てくる……ッ!!!」


 私の弁当は負けてないッ!!!!

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