第34話 送別会

 仕事も順調、人付き合いも良好、日本剣法という新たな戦闘力も身に付き、食べ物も美味い。此の国に来て以来、楽しい事が続いていたが――楽しい時は突然に終わりが来るのも世の常である。



 あの、隠れ庵の白と渡邉信之助の様に……。



 終わりを告げるのは何時もなら、エルとアンリからの撤収指令である。しかし、今回は意外な処からであった。何と川路大警視が視察先のフランスから帰国した直後に、してしまったのである。一時は毒殺も疑われたが、どうも渡航先で既に体調を崩しており、帰国の船旅で体力を消耗したのが原因らしい。

 激動の時代を最前線で駆け抜けた其の身体には、大きな負担が掛かっていたのだろうな。

 川路利良――心残りは有るだろうが、あんたは一廉の仕事を其れなりに遣り遂げたんだ。安らかに眠るが良い……。


 彼の死により、再び軍部からの「警視局に銃器を扱う部隊は要らない」との圧力が掛かり始めた。拳銃隊の発案者であり、且つ大物であった川路利良の後ろ盾を失った警視局の幹部達に、今や軍部の要求に抗う術は無かった。そして、僅かな期間の内に警視局拳銃隊の解体が正式に決定されたのである。之に伴い俺にも必然、アメリカ合衆国より帰国命令が下ったという訳だ。


 日本国で過ごした此の二年余りの時間は本当に楽しかった。百年近く歩き回った世界の中でも一、二と云って良い位だろう。何時もの俺らしく無く、感傷に浸っちまいそうだな――いや、止めた。ガラじゃ無え!

『人造人間』に――『不老長寿』に為った時から、出逢いと別れは人の倍以上になる運命なんだよ、寂しがるなんて今更だぜ。

 唯、大抵が今生の別れになる事が、ちと辛ぇ処だけどな……。


 エルとアンリは最初の予定を変更して、後半年は日本に滞在するとの事で、俺も後一年程はアメリカ合衆国、ワシントンD・C首都警察警部として過ごす事になった。 流石に今回は帰国する迄に髭でも生やしておこうかな? 年相応に見える様にする為にな。

 今回の作戦は失敗続きだったな。表向きの任務も雅か、川路大警視の急死により頓挫するなんて予想外にも程が有る。


 折角、俺が手塩にかけて育てた銃使いガンスリンガー達――大して日の目も見ない侭に拳銃隊を解散させるなんて、警察幹部の腰抜け共め! 之じゃあ川路大警視も浮かばれないぞ……。

 真の目的である『オリエントの不死尼僧』の捜査にも、あと一歩の処迄、迫っていたのにな――『人魚の肝』の秘薬なんて物も見つけたし、実際に其の効果も目にしたのに……。

 手に入っていれば、『博士』の復活の一助に為っていただろうがな。まあ、之は奴等には絶対に秘密にしておこう。ひょっとしたら、奴等が日本の何処かで、同じ物か似た様な物を見つけ出して来るかも知れないしな。『人魚』に関する物が未だ有る可能性は十分に考えられるのだ。よし! 取敢えず前向きに考えよう。




 拳銃隊の解散式は、しめやかに行われた。

 元部下達は『御雇い外国人』である俺からの推薦で、其れなりの部署に配置転換をさせてやり、皆から感謝された。中には親戚筋の縁故で断り切れず、鎮台に入隊させられた者も居たが「教官殿から仕込まれた銃の腕で、奴等の肝を潰してやりますよ」と勇ましい事を云ってくれた。其の意気で頑張って欲しいものだ。


 吉平と仁平には現在、俺が住んでいる此の政府管理の在日外国人用邸宅で、継続して働ける事も可能で有ると伝えたのだが、「ベラミーの旦那以外の旦那に使えるのは、何だか嫌なんで――ある程度の金子も溜まったから此処等で一丁、あっしは自分の店を持ちやすよ」と泣かせる事を云ってくれた。何時か吉平の店を訪ねてみたいが、其れは叶わぬ事だろうな。エル――いや、パーシバルとグラントンに帰国前に寄らせて様子を聴くとしよう……。

 仁平は俺の帰国が決まってから、しょっちゅう愚図っては泣き出しており、終いには「何時か、おいらも『がんすりんが』になります」と云い出す始末である。いや、君は板前を目指しなさいと宥めておく。




 送別会は何度も開いて貰ったが、帰国の数日前に今度は自ら世話になった人々を集めて盛大に宴を開く事にした。吉平以外にも臨時で人を雇い、豪華な料理と酒をたっぷり用意する。最期の時だ、大いに散財してやろう!

 警察関係者、グラントン商事の取引先、近所の方々、拳銃隊の元部下達は全員がかりで、「今日はベラミー殿を潰すまで帰りませんよ!」と息巻いていた。

 下戸の笹川巡査も今日ばかりはと頑張ったが、三杯で撃沈。酒好きの大迫巡査も自称蟒蛇うわばみと豪語する村上巡査も、ウヰスキーやワイン等々の慣れない洋酒で挑んだ為か敢え無く轟沈。他の者も其れなりに頑張った様だが残念ながら皆、酒が弱かった。

 パーシバルが酔いつぶれた若者を寝室に連れ込もうとするのを、俺とグラントンとで殴って止めるという作業を何度か繰り返し――半分程を酔い潰した処で藤田警部補がフラリと現れた。


「遅くなりました――おや、銃の腕は一丁前になったが、酒の呑み方は未だ半人前の様ですな」

「彼等ハ、未ダ若イデスカラ……」


 後ろで伊東巡査が「何おー、未だ未だですー!」と云いながら吐いた。之で十二人目……。


「ソウダ、一寸相談ガ――。私ノ剣術ッテ、何テ名乗レバ良イト思イマス? 様々ナ流派ノ組合セデスシ……デモ基本ハ、フジタ警部補ノ形デスカラ『藤田流』トカ、ドウデス?」

「止して下さいよ。私は自分の名を流派に付ける程、己惚れてはおりません……」


 どの口が云っている? とは云わずにおこう。藤田は煙草に火を付け、一息吐くと紫煙を眺めながら呟いた。


「――『』で良いんじゃないですか。何となく、貴方に似合っている」


 我流か……其の侭で何の捻りも無いのだが、確かに俺に合っている様な気もする。


「別に型には拘らず、己の好きな様に剣を極めて行けば其れで良い。本当に何となくですがね――ベラミー殿には、そんな遣り方が一番似合うと思いますよ」


 自分の内面を見透かされた感じがして一寸、気恥ずかしいが――でも気に入った。


「デハ、私ハ『我流』‼ 只今、絶賛修行中――ト云ウ事デ、宜シイデスカネ」


 俺は自然と笑いながらそう云った。藤田も軽く笑いながら頷いている。



 パーシバルは凝りもせず、酔いつぶれた若者を介抱する素振りで寝室に連れ込もうとするが、周囲にばれぬ様に捻り斃す。日本最期の名残の宴を台無しにさせてなるものか。俺とグラントンの暗躍で事無きを得て、皆には大いに盛り上がって頂こう。

 そして、拳銃隊の元部下全員を酔い潰した頃には宴もたけなわとなり――空には星も瞬き始めた。





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