第33話 習おう、日本剣術
「何とも巫山戯た、心中話ですな……」
「マア、適当二纏メタダケデスカラ……報告書ノ参考二ハ為リマセンカ?」
「でもまあ――今の話で大体合っている感じもしますが、何だかなぁ……」
藤田警部補は煙草を揉み消すと、机に向かい筆を奔らせた。少しは俺の空想が参考になったかな? 現在、東京警視局の俺の私室で報告書作成に奮闘中である。
「相模ノ乱波衆ガ瓦解シタノガ、二百五十年位前デ――末裔ガ二人ダケダトスルト、白ガ隠レ庵二落ッコチタノハ何年前デショウネ?」
「二十名程の一族が絶えるのには――百~百数十年位かな? あの女は現在の東京の事は全く知らず、昔の江戸しか知らないといった感じの物言いが有りましたからねぇ……。百年位前から、住んでいたのではないですかね? 本当に、あの女が戦国期から――何百年も生きていればの話ですが……」
矢張り、白の不老長寿説には未だ懐疑的な部分が有る様だな。自分で看破したにも拘らず、常識的に考えれば素直に納得出来ぬのも当然の事だろう。特に今の近代化が進む世の中では尚更だ。自称、何百年も生きていると云う者は古今東西何人も居るが、確たる証拠が有る者は一人も居ないのが現状である。
大多数の人間が不老長寿なぞ、信じていないのである。
何とか報告書を完成させて、二人で川路大警視の元へ報告に向かう。案の定、大警視も報告を読んで頭を抱え込んでおり、予想通り此の件は極秘の侭、破棄される事となった。
之は余談になるが――帰路の道中、俺達は一人のスリを捕まえた。なんと、命知らずにも藤田警部補の財布を掏ろうとして返り討ちにされたのだ。此のスリの男――長年、街道沿いを縄張りにしていた腕っこきであり、中々尻尾を掴めずにいたとの事で地元警察からは大変に感謝された。此の事件を最初に逗留した旅籠、『堺屋』の春に伝えると抱き着いて大喜びされ、主人や女将さんも今度は此方の番だと、酒や料理を大盤振る舞いにもてなしてくれた。
エルとアンリからは、此の国には八百比丘尼以外にも不老長寿伝説が多く有り、暫く国内中を旅して廻るとの知らせが届いた。之で暫くはワシントンD・C首都警察警部、東京警視局拳銃隊教官ジェイムス・ベラミーとしての日常を送る事となりそうだな。しかし其れ以外にも俺には遣りたい事が有る。
そう、俺は日本剣術を学びたい‼
あの強烈な業の数々は、後に必ず役立つ筈である。俺は警視局の剣術師範や剣術が得意な部下達、其れに藤田警部補に頼み込んで剣術指導をして貰った。
かなり厳しい指導も有ったが、持ち前の頑丈さで乗り越えていき、幾つかの流派からは本格的に入門も勧められた。年が明ける頃には其処等の巡査達には余裕で勝てる程に強くなっており、かなり剣の腕前は上達したつもりでいたのだが――藤田警部補相手には未だに手も足も出なかった。
此奴は強すぎる、何であんなに強いのかと話していると、皆から「此処だけの話ですが……」と云って、藤田警部補に関する様々な噂話を聞かされた。
藤田警部補は此の国の革命期、旧政権側に属していた武士だった。しかも、最強の剣客集団との呼び声が高い『新選組』という所に幹部として、所属していたとの事だ。多くの戦闘に参加し、幾多の強敵を排して来たらしいが、西洋列強国を後ろ盾にした新政府軍の圧倒的な銃火器の物量の前には、流石の剣客集団新選組と云えども敵わずに敗北を喫した。
新選組瓦解後も一部の者達は抵抗を続けていたが、激戦の最中に殆どの幹部達は死に絶えたと云う。そんな中で藤田は新時代迄、生き延びた稀有な者の一人という訳なのだ。
藤田五郎というのは革命後に改名した名前であり、其の正体は強者揃いの新選組内でも一、二を争う剣豪として名をはせた永倉某だとも――最も多くの敵を斬り殺したと云われる斎藤某だとも――新選組一の暴れ者の異名をとった原田某だとも云われており、未だ正確な身元については噂の域を出ないらしい。
しかし俺にとっては藤田が何者であっても如何でもいい事だ。過去を隠し、名を変えるなんて者は珍しくもない。実際、俺なんてしょっちゅうやっている事だしな。
彼が昔に、どんな罪や傷を背負っていようとも、今を真面に生きているなら其れで良いだろう。無粋な詮索はするべきでは無い。
――思うに彼が敗軍の徒から何故、現政権の警察官という仕事を選んだのかは――過去に対するケジメからではないのかな? 武士とは元来、民も守る者。彼は敗者の立場から民を守る為、其れに適した組織である警察に身を投じようという考えに至ったのではないだろうか。藤田警部補は俺と違って不正行為に手を染めている悪徳警官ではないからな。とは云え、悪人や罪人への対応は必要以上に容赦無いけど……。
何にせよ俺にとって彼は、陰湿で陰険――自信過剰で自分勝手――異様に恐く、異常に強い剣の師匠――日本国、東京警視局警部補、藤田五郎以外の何者でもないのだから……。
日本の皆にとって、俺がクルト・ケムラーではなく――ジェイムス・ベラミーである様にね。
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