第29話 再戦、藤田警部補 対 渡邉信之助

 再び、俺の頭の中はグルグルと思考が廻り始める。

 白は動かぬが其の貌は青ざめ、大きく眼を見開らいている。あからさまに、しまったとの表情だ。

 藤田も睨みは崩さぬが、何処となく困惑の色が有り、其の額からは脂汗が染み出している。自分で云った事だが、何処かで間違っていればと思いたいのか?


 クソッ! 考えが纏まらない。それにしても藤田の推理は凄いな……細かな発言に迄、注意深く聴き込んで矛盾点を突いている。でも確か京都の戦争より以前に鹿児島県と山口県が、欧州列強の幾つかの海軍と戦争してなかったか? 

 まあ、あの戦いは両方とも軍艦の艦砲射撃で殆どケリが付いて、陸上戦闘は僅かしかなかったと云うし、戦闘期間も短かった様だしな。其れに鹿児島県は本州から離れているし、山口県の戦闘地域も本州の端の方だっだから、白は訪れていないと予想してハッタリかましたのかな……。

 此の前の誘導尋問といい、完全に一か八かであったが其れでも、結果は上々だ。


 いやいや、感心している場合じゃ無い、先ずは何を如何するかだ。もし白が本物の『オリエントの不死尼僧』だったなら――『博士』の復活に繋がるかも……。

 いや、それよりも『人魚の肉』で不老長寿に為れるなら『人造人間』への改造手術もいらねぇじゃん! 博士や彼奴等には悪いけど。

 まあ、博士の復活には手術は必須だけどな。なんせ脳味噌しかないから。

 あぁ~、余りの急展開で本当に思考が纏まらん! 何時もは邪魔でしょうがない彼奴等の助言が、今は心底欲しい。

 動機が激しく高鳴る――額から脂汗が染み出す――誰も動かない、いや動けない。三者三様に色々な考えが渦巻いているのだろう。



「――うぅ、白ぅ~、お、お白ぅ~……お、お白ぅをぉ、い、苛めるなぁ~……」



 母屋から、しゃがれた声が聞こえて来た。あの声は間違い無い、渡邉信之助……。

 ガタガタと喧しく音を鳴らしながら、戸板の向こうから渡邉信之助がヨタヨタと姿を現した。手には長物の武器を携えている。矢張り生きて――いや、生き返っていた。

 唯、以前に見た時と違い、髪はキチンと後ろで結ばれ、衣服は野良着だが若草色の綺麗な着物を着ている。今回は徒手空拳では無く、薙刀を使うのか。

 しかし之で状況は動いたな、三竦み状態を打破出来る。主導権を取らせて貰うぞ!


 俺は得意の早撃ちクイックショットで、渡邉信之助の左耳の端っこを撃ち抜いた。

 パンと、銃声が空を割く。「ぎゃっ」と叫んで渡邉信之助は後ろに転がり、白は慌てて其の元に駆け寄って介抱をする。


「莫迦! 妾が声を掛ける迄、隠れておれと申したでしょう!」


 何だ? 今の会話だと白は、俺達が隠れ庵に侵入した事に気付いていたのか。其れとも渡邉信之助が気付いたのか? 後者の方が有り得るな、奴は恐らく五感も鋭いだろうから。


「動クナ、餓鬼! 座ッテロ……」


 渡邉信之助は血塗れの耳を押さえて泣いていたが、俺の恫喝で気が入ったのか今度は一転、獣の様な表情で、ふうふうと唸り始めた。

 よし、先ずは奴から先に押さえよう。白は其の後だ。取敢えず両肘、両膝撃ち抜いて縛り上げれば、暫くは真面に動く事も回復も出来ぬだろう。撃鉄に掛けた親指に力を込め様とした瞬間、藤田が間に入って来た。


「ベラミー殿、すまないが此奴は私の取りこぼした獲物です――譲ってくれませんか」


 そう云われたら、断るのは野暮になるので素直に譲る。藤田は、ゆるりと渡邉信之助に向き直ると奴も其れを理解した様で、白の静止を振り切りきり立ち上がると、薙刀を構えて藤田と向かい合う。白も、もう止められぬと悟ったか、何も云わずに後ずさった。

 俺も距離を取り、今度は白と向い合う。


「ハク殿、動カナイデ下サイ。貴女ヲ傷ツケタクハナイ」

「ほほ――べらみい様。あめりけ国の御方は、こんな状況でも、気障に振舞えるものなので御座いますか」


 皮肉交じりの返答だな、最初に見た穏やかな貌はもう無い。其の表情は敵意である。

 其れにしても、渡邉信之助の持つ薙刀は矢鱈と大きいだけでなく、何処か奇妙だな。柄の部分が――鉄? あの薙刀、刃から柄に至る迄、全鉄製で出来ているのか? だとしたら、物凄い超重量武器だぞ!

 俺の視線に気付いた白が、口を開く。


「嘗て、此処を作った相模の乱波衆の置き土産で御座います。あの子の剛力にも耐えられ様と思いて、奥から引っ張り出して磨いて置いたのです」


 確かに、あれなら奴の異常な握力で柄を握り潰す事も無いだろうが――以前、あの武器を使っていた奴は、どれだけの怪力だったのだろう。俺が持っても重そうだ。


「ふん、そんなイカレた武器がしまってあるとは――雅か、此処に隠遁していた乱波とは、風魔小太郎ではあるまいな」


 恐し気な得物を前にしても、藤田は一向に怯む気配が無い。当たり前か、あの自信家には下手な威嚇の類は何も通じない――其れだけの力量が確かに有るからな。


「ぐうぅ、き、貴様――あ、あの時の、官軍か……官軍~、い、維新志士がぁ~」


 渡邉信之助の言葉を聴くと先程迄、微笑を携える程に余裕の表情だった藤田の貌が、急に険しくなる。


「雅か、私が維新志士と呼ばれるとはな。笑えない冗談だ……」


 藤田も構える。例の独特の構えだ――両手を肩口近くに挙げて刀を水平に持つ。



「う、う、うぎゃあああああ‼」



 凄まじい咆哮をあげると身体中が盛り上がり、幾つもの血管が浮き出て来た――あの集落で見たのと同じ状態だ。そして其の表情は獣の面相と為り、戦闘態勢に入った様である。其の勢いの侭、渡邉信之助が先に仕掛けた。

 怒声を張り上げ、薙刀を滅茶苦茶に振り回しているが、其の風圧は凄まじい。しかし、藤田は全て難無く捌いている。

 暫し、激しい応戦が続いたが、此の侭では攻め切れぬと悟った様で渡邉信之助は後ろに飛び退き一旦、距離を置く。ハアハアと息を切らして額からは汗が噴き出しているが、対する藤田は余裕の呈である。


「大した馬鹿力だが所詮、其れだけだな……。ならば、今度は此方から行くぞ‼」


 藤田が飛び掛かる。奴は武器で受けようと構えたが――何と鉄製の柄が⁉ 

 之には奴だけで無く、俺と白も驚いた。其の断面は包丁で切った人参みたいに滑らかである。渡邉信之助は何が起こったか直ぐには理解出来ぬ様子で、眼を白黒させている。


「中々、良いかねだな……斬りごたえが有ったぞ」




 …………そ、そんな馬鹿な――『斬鉄』――だと…………。




 あんなモノは子供に聞かせる騎士物語の中に出て来る伝説の――架空の業だろ!  実際に出来る奴が居るなんて――眼にしておいても信じらんねぇ……吃驚だ……。

 俺も力任せに何度か鉄製の兜や盾を雑に事は有るが――なんて事は無かった。其の際は自分の得物も刃毀れするか、ひしゃげるか、折れるかして使い物にならなくなったのに、藤田の刀は無傷である。之は刀が丈夫とかの話ではない、藤田の業が凄すぎるのだ……常軌を逸している……。


 驚き固まる奴に、藤田の怒涛の追撃が襲い掛かる。

 袈裟切り、逆袈裟、胴薙ぎ、小手――之は細切れになったかと思いきや、何処も切れてはおらず、血も出ていない。

 峰打ちだ。何て野郎だ、藤田……あの怪物を相手に格下扱いで、いなしてやがる。

峰打ちではあるが、身体中の至る所の骨は折れて、ひび割れだらけだろう。しかし、奴はボロボロになりながらも、未だ短くなった薙刀を握っているが既に勝負有りの様だ……藤田が仕留めに掛かる。


 あの時と同じ業――左片手一本突きで……。




 ドカン! と大音を立て、渡邉信之助は母屋の壁に激突した。




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