第19話 誘導尋問

 翌日、俺達は朝一番から島田達の尋問に取り掛かった。奴等は全員揃って青痣だらけである。如何やら予想通り、前日の審問官や看守達は私情に奔ってしまった様であるな。こんな事では近代捜査は務まらぬのだが――まあ、身内が殺られたら私刑は致し方ないのか……。

 藤田警部補は先ず、島田一派の中でも一番下っ端という感じのする、杉本という男から取り調べを開始した。筆記官や護衛官は立ち入れずに、俺と藤田警部補の二人だけでの聞き取り調査である。

 杉本は腕組をしながら仏頂面で、此方を威嚇する様に俺と藤田を交互に睨み付けているが、未だ幼さが残る其の顔付きでは聊か迫力に欠けている。


「まあ、気楽にしてくれたまえ。何も今日は、拷問なぞしに来た訳では無いのでな」


 藤田警部補は、何処となく投げ遣りな態度で杉本の対面の椅子にドカリと座った。

 杉本も何か、今迄の取り調べとは幾分、違った雰囲気を感じ取ったのか、少し妙な顔をしつつも身構えてはいる。


「さて、あの物狂いの様な男の行方は知らんのか? 此方としても方々、探しているのだけどなぁ、中々見つからんのだよ……」


 不意の藤田警部補からの質問に杉本は、虚を突かれた様子であったが、何とか平静を装った。藤田は素知らぬ顔で軽い調子の侭、語り続ける。


「彼奴の名前位は聞いているんだろ、何処のどいつなんだ?」

「あっ? いや、其の……」


 杉本は一寸、困惑した。其の隙を突く様に藤田は惚けた感じで、たたみ掛ける。


「――ん? 雅か御前等、自分達が誰にも見られてないとでも思ってたのか?」

「え?」


 彼は眼を丸めて、キョトンとしている。


「あのなぁ……此処は御前等の田舎と違って、百万人が暮らす世界一の人口密度を誇る天下の東京府なんだぞ。何処に居たって、誰かの目に触れるのは至極当然だろう」

「えぇっ! い、いや……お、俺達は……」


 杉本は、しどろもどろに狼狽している。上手い、之で奴は藤田の術中に完全に嵌まってしまったな。藤田は首を傾げ溜息を吐くと、少し小馬鹿にする様に書類を捲りながら話を続けた。


「まいったなぁ……まあ、いいか。先ず、最初の目撃情報な。御前等と、あの物狂いが一緒に居る処は複数の乞食と夜鷹が見ているそうだ。凄いな――彼奴は素手で生木やら石ころを握り潰したって――本当か?」

「あぁ……まあ……」

「次のはな、大久保卿の襲撃の日だな。御前等が待ち伏せしていた、あの紀尾井坂辺りの林にはな、何でも季節外れの珍しい何とかって山菜が採れるらしくて、近所の婆さんが二人ばかり居たそうだ」


 杉本は唖然としている。周りには誰も居なかったと思っていただろうから、此の反応は当然だな。実際は御前の記憶通り、誰も居なったのだろうけれどな。


「吃驚したそうだぜぇ……何せ、奔っている馬車の上に飛び乗って、御者を捻り殺したってんだからな。見ていた婆さん二人共、腰が抜けたと云っていたそうだ」

「な、なんじゃ! 見られておったのか……」


 彼は素直に認めてしまった。

 虚実と真実と織り交ぜた、完全な誘導尋問ではあるが、何とも上手くいったものだな。其れにしても此奴、かなり手慣れているな――一寸した詐欺師並みだぜ。

 俺は笑いを噛み殺しながら藤田に目配せすると、向こうもまるで嘘も方便、知れれば僥倖と云わんばかりの、したり顔である。

 杉本から聞き出した話に依ると、如何やら奴等と行動を共にしていたのは、渡邉信之助本人に間違いは無い様である。しかし、彼と怪力無双の辻斬りが同一人物だという事には気が付いていない様だな。

 怪力無双の辻斬り事件は新聞や伝聞によって、既に解決済の事件として広く認知されていた為、島田一派の連中も『ワタナベ・シンノスケ』という同名に迄は特に気が回らなかったのは幸いだったな。

 杉本は、どうせ見られていたのでは隠しだてしても仕方がないと、渡邉信之助との出会いに付いてポツリ、ポツリと語り出した。


「我等が奴と出会ったのは、江戸に――いやさ、東京に入る少し前の山道であった。初めは唯の物狂いだからと、気に留めぬ様に通り過ごそうと思っておったのだがな……あの尋常ならざる馬鹿力を目の当たりにしたら、如何にか我等の計画に使いたいと皆が思ったのは至極当然の事であろう」


 其の男の拙い話振りを何とか繋げて見ると、維新志士に深い恨みを持つ、旧小濱藩の者である事が判った。島田一派は今では官憲達に恨みの捌け口を求める、其の物狂いの男を言葉巧みに丸め込んで、仲間に引き入れたとの事である。


「しかし、其処は物狂いの悲しさかな……奴は詰襟服の御者を――恐らくは警官か鎮台の兵士と思っていたのだろうかな? そいつを殺っただけで満足してしまい、肝心要の大久保には何もせずに、奇声を上げながら立ち去ってしまいよったわ」


 怪力無双の辻斬りの報告書を読んでいて前々から思っていた事ではあるが、やはり渡邉信之助は見た目で警察官や軍人と分かる詰襟の制服の者達だけにしか、己が敵である維新志士と認識出来ていない様である事が、之で証明されたな。

 そして奴との遭遇時や奴を匿っていた集落の連中の尋問の時に、何とは無しに感じていたが、渡邉信之助は実は精神疾患ないし、精神異常者ではないかとの疑問も之で解決した。

 あの集落の連中は言葉を濁していたが、目の前の此の男はハッキリと『物狂い』だと云っている。恐らく話の流れから、残りの島田一派の奴等も同じ認識であろう。

 俺以外にも奴の思考能力がシッカリと有るのか否か、というのを感じていた者も何人かは居るのだろうが今の日本警察の警察官達のレベルでは、そういう事を態々口に出して語る事の必要性や重要性が判らないのであろうな――正常者と異常者の行動原理の違いが、捜査に大きく関わるという事に理解が及んでいない。


 そういう意味に置いては、やはり藤田警部補は今の日本警察全体のレベルの中では、かなり革新的な考えを持った稀有な存在なのである。改めて彼の優秀さが際立ったな。

 でも、あの一か八か的な誘導尋問の仕方については聊か、問題は有るけれど……。

 杉本から知りたい情報は大抵聞き出せたので、残りの連中への尋問は形式程度で済ませて俺達は牢獄を後にした。

 其れにしても、もし何処かの個所で憶測が外れて杉本が話を否定したら如何するつもりだったのかと尋ねたら、「其の場合は後、五人も居るのだから別の切り口で試していけば、誰から如何にか聴き出せたでしょう」と、あっけらかんと言い放った。迂闊なのだか巧妙なのだか本当に喰えない奴である。

 報告を聞き終えた川路大警視は、少し混乱している様子であった。無理もないだろう、俺だって――いや、藤田警部補だって、未だ半信半疑の域は超えていないのだからな。


「其れが本当だとするなら、由々しき事態であるな。勿論、此の事は……」

「此処に居る三人以外には、未だ誰も……」

「そ、そうか。藤田君、ベラミー殿――此の件はくれぐれも内密に頼みますぞ」


 事が事だけに『ワタナベ・シンノスケ』を名乗る、七人目の大久保卿暗殺事件の容疑者捜査は俺と藤田警部補の二人により、極秘裏に開始される事となった。



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