第14話 夕餉

 結局、遺体は彼を慕う不平士族の者達によって、盗み出されたという結論に至った。

 仕方のない事であろう。雅か遺体が蘇って歩き出した等とは、近代捜査を自負する日本警察が認める訳にはいかないのである。

 方法は未だ解らないが、複数犯による犯行と思われるとの見解であるが、其の場に居た守衛官達は釈然としない様子だ。

 先に捕らえた件の集落の住人達も俺達以外の誰が、そんな真似を? と一様に首を傾げるばかりである。


「本当に心当たりは無いのか?」


 詰問をする川路大警視も、何処か自信の無い表情である。


「信之助の家人は、とっくにおっ死んでるそうだし――二親に祖父母、後は妹だったかな? 親類縁者も殆どいねぇって話だったよな」

「奴は小濱藩士の倅でよ。元服して直ぐに、親父殿と一緒に鳥羽伏見を戦ったそうだが――親父殿も、志を共にした馴染みの友も皆、おっ死んじまったって云ってたよなぁ……」

「鳥羽伏見の戦で大怪我おったらしくて永い間、邦元の外れで養生してたらしいから、其の後の戦には出て無えっていうし――奴ぁ、忠義に厚い幕臣だからよ。掌返した小濱藩の奴等の中に新たな友達なんてのも、居やしねぇだろう? 一体ぇ、何処のどいつが信之助の仏さんを持ってったんだよ?」

「だから、其れを私が訊いておるんだ‼」

「川路殿、之以上の不毛な問答は止めにしましょう。時間の無駄です」


 聞き取り調査に立ち会っていた、藤田警部補が辛辣に言い放った。


「しかしだな、藤田君……」

「渡邉信之助には彼等も知らない、秘密の同志なり仲間が居た。其れで十分でしょう」


 何とも無礼な意見具申だが、之で話が進み始めたのも事実だ。解らなければ又、一から捜査を遣り直せば良いのである。其れが警察機構と云う物なのだ。

 川路大警視は渋々乍らも、渡辺信之助遺体盗難捜査の指示を出した。勿論、事件が事件なだけに厳重な緘口令を敷き、捜査は極秘裏の元でとの条件を付けてである。各新聞社にも、『怪力無双の辻斬り』は捕り物の際に死亡したとの事以外は、記事にさせぬ様にした。


「しかし遺体なぞ盗み出して如何する気なのだろうなぁ……昔と違って、晒し首なぞにはせんのにのぉ」

「敵の手に仲間の首は渡したくない――と云った、心情からなのでしょうかね」

「そう云えば君も昔は――いや、よそう、よそう。昔の話なぞは……」


 何だ? まるで昔に、藤田が同じ事でもしたかの様な物言いだったが――まあ、内乱から明けたばかりの此の国だ。色々と云い難い事や話し辛い過去も沢山有るのだろう、下手な好奇心で問い質すのは野暮だな。川路大警視が云わなかった様に、俺も聞こえなかった事にしよう。

 さて……之で又、厄介な捜査が始まるな。奴等もギャアギャアと騒ぎ出すだろうし――そうなる前に一度、俺も命の洗濯と洒落込んでおこうかなぁ……。

 馴染みになった吉原の遊女達の顔が、ふっと浮かんだ。



 ウンザリする様な書類の山を片付けていると、庁舎前には既に仁平が待っていた。残りの書類の翻訳作業は明日にしましょうとの、笹川三等巡査の御言葉に甘えて今日は帰宅する事にした。帰り道に通り掛かった水売りの威勢のよい、「ひゃっこい、ひゃっこい~」の掛け声に仁平の眼が輝いたので、俺も序に冷や水(砂糖水)で喉を潤した。

「やっぱり、湿った季節には之が最高でやすね」と笑顔満面に仁平は云う。今日も買い食いの恩恵に与れて、先日の怪力無双の辻斬りの捕縛事件の事なぞは、すっかり忘れてしまったかの様である。もし、件の犯人の死体が盗まれ、事件が未だ終わらぬ処か、更に複雑怪奇に進展していると知ったら又、不安がるだろうから気付かれぬ様にしよう。


「今日の夕餉は、お父の得意料理の柳川鍋でやすよ! へへっ、泥鰌はおいらが昨日捕って来たばかりの活きの良い、新鮮なヤツでさぁ。泥抜きもシッカリ終わって、食べ頃でやすよ」


 出し抜けに仁平が得意気に語りだした。


「ソレハ、楽シミデスネ!」


 確かに嬉しい報告である。俺は仁平の思惑通りに顔が綻んだ。如何やら此の子は俺が西洋料理よりも日本料理を好んでいる事に気付いている様だ。

 牛蒡という根菜を薄切りにして、其の上に泥鰌を乗せて鶏卵でとじた、甘辛い味付けの鍋料理である。之が白米と絶妙に合うのだ。吉平の数ある得意料理の中でも、特に俺の大好きな料理である。いや、俺だけでは無く仁平も好物なのだろう。

 何だか此処の処、頭の痛くなる様な面倒くさい案件が多過ぎて一寸、疲労困憊気味である。でも、丁度良い具合に今日の夕飯は精の付く泥鰌料理だ。よし、今夜は美味い物を食って、色街で英気を養うとするか――そんな事を計画していたのも束の間、更に俺の頭を悩ます大事件が次々と勃発するのであった。




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