第13話 盗まれた遺体 

「此の国における殆どの人魚伝説は元になった、ある一つの伝承からの派生なんだよ。欧州の様に幾つもの違った物語が有る訳ではないんだな。つまりだよ、確たる事実が有ってこそ、後世の付け足しや創作にも微細な変化しか見られずに、原型を留める逸話として世間に散見したんじゃないかと思うんだ」

「滑稽とも思われる伝説の中にも、幾つかの真実は含まれる。無くもないべや……」


 嗚呼、鬱陶しい……毎度の事ながら、此奴等の講釈は長くて敵わない。

 東京市中で一番豪華なホテルの一番値段の高い一階部分を借りきって、御大尽気取りで滞在中の二人の元に俺が呼び出されたのは、怪力無双の辻斬り事件の犯人死亡から、僅か一日後の事である。

 コッチは未だ、報告書の作成や翻訳等、書類整理が山の様に残っているというのに、迷惑な話である。

 其れにしても此奴等、高級ホテルの一等室によく、こんな不気味な品物を並べられるな。

 御決まりの東洋土産、化物のミイラに訳の判らぬ動物の骨や毛皮や剥製に、用途不明の道具類に怪しげな薬物類――何の役に立つのか俺には、さっぱり判じかねる物ばかりだ。まあ、之も何時もの事だけど……。


「――で、俺に一体、之以上何を報告しろと云うんだい、御二人さんよ。確かに『怪力無双の辻斬り』は異常体力の持ち主で有る事は疑い様の無い事実だが、其れと『人魚』を結び付ける理由が有るとでも云うのかい?」


 そう云う俺の問い掛けに、パーシバルはやや、興奮した様子で言い放った。


「有るんだよ! 其の男の出身地が問題なんだ。だよ、今で云うシガ県さ」


 もっと、分かる様に説明しろと云ったら、此の国の人魚伝説の舞台になった場所というのが何あろう若狭、現在の滋賀県なのであるという。

 確かに俺達は、此の国に人魚の片鱗を求めてやって来た。そして、到着早々に異常体力を持つ人間の存在を確認した。

 だからと云って怪力無双の辻斬りが人魚の肉が持つという、不老長寿の影響を受けた者と断定するのには余りにも早計であろう。幾ら何でも、そんなに都合の良い偶然は有り得ない。


「いやいや、僅か数パーセントでも、可能性が無いとは云えねぇべ」

「そうそう! 僕、こういう幸運に結構、恵まれているんだよ!」

「運に頼る様では科学者は御終いだと云っていたのは誰だよ……まあいいや、其れで何を企んでいるんだ御前等?」

「決まってるじゃない! ソイツの死体、頂戴な。解剖、かいぼーう‼」

「警察の検死は終わってんだべ」


 成程、そう来たか。之も何時もの事か……。

 確かに警察の検死は簡単なもので、特に解剖等は行わずに、既に棺に納めてある。後は近親者を探して埋葬するだけとなっているのだが、彼の身内は未だ見つかっていないのだ。

 一応、武家の出では有る様だが、士族登録は出願されていなかったのである。

 季節も初夏だけに遺体の腐敗が進みやすいので之以上、放置しておく訳にもいかないので近々、近所の寺に埋葬する予定だ。其の事を伝えると、二人は大喜びである。


「取り敢えず、遺体の埋葬は明日の午前中には行われると思うんだ。だから遺体の回収――って云うか、盗み出すのは明日の夕刻以降にやってくれよ」

「了解! 其れじゃあ、死体を掘り出したら取りあえず、君ん家に運ぼうか」

「馬鹿云ってんじゃねぇ! 何で、俺ん家にそんなモン運び込むんだよ‼」

「だって――雅か、ホテルで解剖する訳にもいかないし……」


 だからと云って、俺の処なら良いと云う訳には行くか。第一、仮にも警察関係者として赴任している者の邸宅で、腑分けなぞ出来る筈も無いだろう。そんな事をしたら、吉平が驚いてヒックリ返っちまう――仁平に至っては泣き出すだろう。

 せめて此奴等が、医師や学者として来訪しているのなら未だ誤魔化しもきくだろうが、商人として滞在しているのだから、余り無茶な事はしないでほしいものだ。


「まあ、心配すんなべや。こんな事も有ろうかと、爆破実験をしても大丈夫な人目の付かねぇ山小屋を既に借りてあるだべさ」

「流石、グラントン社長! 用意周到だね」

「科学者にとって、秘密の館は常識だべ」


 何だかよく判らぬ事を云って、得意がっているが――兎に角、我が家が血に汚されずに済みそうだ。

 遺体回収の計画も纏まったので、俺もそろそろ警視庁に戻ろうと上着を羽織ると同時に扉がノックされた。


「失礼します。あの、警察の方が此方のベラミー様に御面会を求めておられますが」


 しまった、一寸ばかり長居しすぎたか? 急いで退室するとフロアで待っていた俺の秘書官を務めている、笹川三等巡査と伝令に走って来た伊東五等巡査が、未だ息を切らしながら蒼白な顔で報告をした。


「た、大変であります、ベラミー警部殿! 例の遺体――『怪力無双の辻斬り』の遺体が盗み出されました!」


 何だって?

 俺達より先に――と云うより、俺達以外に誰が彼の遺体を盗み出す必要が有るのだ?

 俺は慌てて一旦、二人の部屋に戻ると事の次第を伝えて、急いで警視庁に戻った。

 遺体安置所の前では、一寸した混乱が起きていた。無理もない、此処は東京市中の安全を預かる警察機構の本丸、其の敷地内で盗難事件が起きたとあっては、警察の面目は丸潰れである。 其れもよりにもよって、東京中を騒がせた賊の遺体を盗まれたのだ。有ってはならない此の事件に、川路大警視は辺り構わず怒鳴り散らしていた。


「よいな! 警察の威信にかけて、必ず犯人を捕らえるのだ!」


 幹部連中も同じ台詞の繰り返しだ。どうも、此の国の警察の捜査は感情的に動き過ぎるきらいがある。もっと、冷静に現場検証や聞き込み捜査を行わなければ、犯人の痕跡を捉える事は出来ないであろう。

 疑わしい者を片っぱしからしょっ引いて来ては、拷問に掛けて自白を迫っている様では日本警察に近代的科学捜査が定着するのは、未だ未だ先の事となるだろう。

 俺は独自に検証を試みたのだが、現場がかなり踏み荒らされている。倒された棺は其の侭らしいが、人の手が触れている様だ。現場保存の概念は雑である。

 此の国の棺は棺桶と云って、大きな桶の形をしている。遺体は三つに折り曲げて入れられ、外蓋を釘打ちして止めるのは、縦長式の棺と同じである。


 しかし妙だな――此の棺桶の蓋は既に、釘打ちされていたのだが、其れを外した時に出来る筈の傷が見当たらない。

 釘貫を使えば、棺桶の蓋や縁に押し付けられた傷が残らなければならないのに、まるで此の蓋は、内部から力押しに持ち上げて釘を抜いた様に見える。

 俺は棺桶の縁を指先でぐるりと一周してみたが、釘穴以外の場所はツルっとしていて、ささくれも無い。

 雅か、棺桶の中で件の少年が息を吹き返して、自ら這い出たのではないか?

 嘗て、俺も首の骨をグシャグシャに折った時、二時間で再生したな。


 ――蘇ったかもしれぬ死体……。


 異常体力、不老不死、不老長寿、人魚、其の伝説が残る若狭の地、其処の出生――何だか色々と繋がって来やがったな。





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