第10話 捕縛作戦開始

「何時もの小僧さんには、上手く言い包めたのかね? ベラミー殿」


 執務室にて、今か今かと出動を待ち詫びている川路大警視は気を紛らわす様に、おどけた調子で聞いてきた。


「大丈夫デス、カワジ殿。アノ子ハ以外ト頭ガ良イデスカラ、危険ニハ近付キマセン」

「わはは! 確かに、あの子はちゃっかりとしておるからのぉ」


 無理に明るく努めているが之から始まる大捕物を前に、やや緊張の色を隠せずにいる様である。

 不意に扉をノックする音が響いたと同時に、若い四等巡査が勢いよく入り込んで来て大声で叫んだ。


「失礼します、大警視殿。出撃準備が整いました、御命令を願います‼」


 其の言葉に川路大警視は、待っていましたと云わんばかりに拳を叩いて、「よし! 直ぐにも出動する。ベラミー殿、行きますぞ‼」と気色ばんで足早に部屋を飛び出し、俺も其の後に続いて部屋を出た。

 玄関前には捕獲隊隊長の藤田警部補を筆頭に、俺が仕込んだ拳銃隊の精鋭達、其れに警視局の中でも腕利きを集めて編成した、剣客警官隊が出撃準備を整えて川路大警視からの出動命令を待っていた。其の数、実に五十人の大部隊である。


「諸君! 之より八か月以上に渡り、東京市中を騒がせた不埒な悪漢『怪力無双の辻斬り』を遂に捕らえる日が来たのである。各員、努々油断せぬ様に心して懸かるのだ、行くぞぉー‼」


「おおう‼」と全員が勇ましい声を上げると、捕獲部隊は川路大警視を先頭に、賊の潜む隠れ家へと向かった。

 其の場所は、東京警視局から一時間程歩いた、とある貧民窟であった。此の場所は何度も捜索されてはいたが、此処に暮らす住人達は警察に――いやさ、現日本政府の者達に対して非協力的なのである。

 前政権の従事者達。今は零落した嘗ての、支配階級に属した『武家』とよばれた者達で形成されている集落なのである。

 新政府の発足により『武家』は『士族』という身分に変更され、其れまでの様に国からの給付金が与えられぬ事となったので当然、生活の糧がいきなり無くなった者達は憤慨して、彼方此方で『不平士族』と呼ばれる者達の暴動が起こった。


 そして去年、不平士族の中心人物と称され、嘗ては新政府の設立に貢献した西郷隆盛による、大規模な暴動が起きるのである。  

 其れは後に『西南戦争』と呼ばれる内戦に発展する事となった。

 しかし其の戦闘も新政府軍の圧倒的な物量の前に敗北に終わり、此処に不平士族達の希望は完全に潰えたのであった。

 そんな彼等にしてみれば、世間を騒がす通り魔、怪力無双の辻斬りは自分達の鬱憤を晴らしてくれる、一寸した英雄に映るのだろう。大事に匿われる筈である。

 夜通し見張りをしていた警官達が此方に駆け寄って来て、賊は未だ此の集落の奥まった場所に在る掘建て小屋に居る事を告げに来た。


「ハラさん、オオサコさん。御手柄デスネ。良クヤリマシタ」


 怪力無双の辻斬りに手傷を負わせて其の侭、隠れ家を見張っていた拳銃隊隊員の原五等巡査と大迫五等巡査は眼の下に大きな隈を作っていた。夜通しの緊張状態で相当疲れているだろうが、俺からの労いの言葉を聞くと更に気を張り出した。中々に頼もしい事であるが、疲労困憊の身体で捕り物は厳しいだろうから、部下の二人と他の徹夜組の警官達は後方に下げた。


「やはり、此処の連中――もっと厳しく吟味すべきであったな……」


 川路大警視は苦々しく呟いた。


「まあ、何にしても之で漸く片が付きますな」


 藤田警部補は何時もの調子で、何の興味も無い様に呟いた。

此の男、本当に冷めた奴である。其れでいて仕事は卆なくこなす処が又、嫌味なのだ。

 しかし腕の方は確かな様である。荒事に限って云えば、化物並の力量だと誰もが口を揃えて云うのだ。前に戦場や強盗団等を捕らえる時に同行した者達の話によると、藤田の振るう剣技は圧巻であり、到底人間の其れとは思えぬ程であったとの事だ。

 なんと彼は土壁越しに敵を貫いたり、自分に向かって放たれた銃弾を叩き落としただとか、二つに割いたなんて事を云う者迄、居る。流石に其れは眉唾物の作り話だろうが、其れ程の腕を持っているらしいという例えなのだろうな。

 確かに何度か練武場で観た、藤田の練習風景は凄まじかった。彼に一撃を叩き込んだ者は未だ一人も居ないというし、俺自身も勝っている藤田しか見ていない。そんな荒唐無稽な噂が立つのも頷ける。もし仮に彼の逸話が本当ならば、『人造人間』で『化け物』である俺(達)の立場が無くなるよ。

 正直、今日の俺は犯人逮捕よりも、藤田の実戦を見られる事の方に興味が有る。多くの人々の巷説に上がる彼の腕前を、じっくりと見分出来るのだから。


「ベラミー教官殿、愈々でありますね……」


 拳銃隊で一番若い、伊東五等巡査が緊張した面持ちで語り掛けてきた。


「心配ハ要リマセン、練習通リニ遣レバ良イノデス。決シテ、敵ヲ恐レナイ様ニネ」


 俺の一言で拳銃隊の面々も少しだけ緊張が解れた様子だが、心配だな――未だ未だウブな連中なのである。

 俺の預かる拳銃隊には、実戦経験者が二割程しか居らず、殆どの隊員が未だ敵を殺した経験の無い、達なのである。因みに怪力無双の辻斬りに発砲した原巡査と大迫巡査も、未だ童貞であった。

 本来なら、御雇い外国人である俺には、危険が及ばぬ様に事件現場への同行は控えて貰いたいのだろうが、手塩に掛けて育てた拳銃隊の教え子達を初陣で散らしたくは無いので、無理を云って付いて来たのである。

 俺の銃の腕前を知っている者達は何の心配もしていないのだが、責任者である川路大警視や幹部職員達は万が一を考えて同行を渋っていたが、藤田警部補の「私が傍に付いていれば大丈夫でしょう」の一言で漸く、了承を得たのである。

 其の直ぐ後、藤田警部補は俺に近付いて来て「私、特に何もシナイノデ、御自分ノ身ハ御自分で、ドウゾ宜しく」と耳打ちをして去って行った。

 此の男、気を使って云っているのか、本音のみで語っているのか、真意の程は知れないが何にしても無礼な奴である。

 望遠鏡を覗き込んでいた警官が川路大警視に向かい、何やら合図を送った。如何やら集落の回りの包囲が完了した様である。


「ようし諸君、突入開始だ。其れと藤田君、解っているとは思うが……」

「了解しています、此処は戦場では無い。無益な殺生なぞはしませんよ」


 怪力無双の辻斬りの捕縛作戦が愈々、始まった。





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