第9話 拳銃隊の初手柄
日本に来てから、はや三ヶ月。漸く、此の国の暮らしにも慣れ始めた。
日本政府が俺の為に用意してくれた住居は何と、西洋建築の一軒家であった。二階建てで、其れ程の大きさでは無いものの、アメリカで暮らしていた下宿に比べれば、格段の広さと快適さである。使用人も二人おり、一寸した御大尽気取りである。
成程、之なら誰でも日本に来たがる訳である。日本政府から支給される給金は、驚く程の高額である上に、本国からの出張経費と合わせれば、かなりの金額となる。加えて、此の国の物価は安くて、俺の様な公務員でも王侯貴族の如くの生活が出来るのだ。
尤も、そんな俄か成金の様な真似はしようとも思わないが、其れでも少しだけ周りには羽振りよくしている。御蔭で使用人や近所の人達からの評判は上々である。決して調子に乗っている訳では無く、こういった人心掌握術も異国の地では重要なのだ。
仕事の面でも、俺の預かる拳銃隊の連中は皆、真面目が過ぎる程の好青年達であり、よくもこんなにと感心する練習熱心さで、鍛え甲斐が有る。今や、全隊員が其れなりの
彼等は腕が上がったからといって、驕り昂ぶる様な事は無く、今でも素直で従順なので奢り甲斐も有るというものだ。最初の内は遠慮がちであった青年達も、今では俺が一声掛けて何か食いに行こうか――一寸、呑みにでも行こうかと誘えば、皆揃ってワラワラと付いてくる。
御蔭で職場の方でも一寸した人気者となっているのだが、グラントンに云わせると「奢ってやれば人は懐く」と嫌な物言いをされるのだが決して、羽振りが良いだけではなくて指導内容が良いので信頼してもらっているのだと、自分では思いたい処である。
「旦那ぁ! そろそろ出庁の御時間ですよ。御仕度が宜しければ参りやしょう‼」
未だ、あどけなさの残る顔をした使用人の鈴谷仁平が今日も元気よく声を掛けて来た。
十四歳との事だが随分幼く見える、と云うよりも亜細亜人は皆、見た目が若い。
盛り場等で見かける大半の者が少年や少女の様に見えるので、つい心配になって歳を訊ねると、とっくに三十路を過ぎていて子供迄いると云う。そんな事が何度も有って、初めの頃は戸惑ったものである。
「オ早ウ、ジンペイさん。ソレデハ行キマショウカ。キッペイさん、今日ハ帰リガ遅クナリソウデスノデ、先ニ休ンデイテ下サイ。夕食ニハ『御結ビ』――イ、イヤ、『サンドウイッチ』デモ作ッテ置イトイテ下サイ。葡萄酒ハ赤デ御願イシマス」
「へい、旦那ぁ! 畏まって御座いやす。腕にヨリを懸けた、サンドイッチィを拵えておきやすぜ!」
此方も元気よく答えるのは、主に料理を担当する使用人の鈴谷吉平である。歳は三十八歳というが二十台半ば位にしか見えない。
彼は仁平の実父であり、親子で此の家の住み込み使用人として働いている。彼は若い頃に外国人居留地の在る長崎で料理修業をしていたと云い、幾つかの国の料理を作れる。
何時かは西洋料理店を開くのが夢だと語っており、今は其の為の資金稼ぎの最中との事だそうだが、きっと其の夢は叶うだろう。御世辞では無く、彼の作る料理は美味いのである。今では彼の御蔭で、初めは抵抗の有った日本料理も好きになった――と云うよりも日本料理が大好物になった。
来日前の事前情報で、魚の生食やら獣肉を殆ど食さないと聞いた時は、此の国の食文化には期待が持てないと覚悟していたのだが、最近では食肉文化も増えたとの事であり、肉料理の種類も豊富であった。生魚もいざ喰ってみたら意外といける味で、特に握り鮨にした時の美味さは最高である。他にも天麩羅、焼鳥、鰻丼、牛鍋等々――美味い物が目白押しであり、日本国はイタリアやフランスや志那と同じく、美食大国なのであった。
本音を云うと、喰い飽きた西洋料理よりも、もっと色々な日本料理を食べたいのだが、西洋料理を得意と自負する吉平には云い出しにくいので、欲望は外食で賄う事にする。因みに我が家の食卓は今の処、西洋料理七、日本料理三の割合だ。
息子の仁平も料理人を目指しているそうだが、父親に比べると未だ未だ技量が伴っていない。未だ若い仁平にとって、今は遊びの方に気を取られて中々、料理修業一本に専念は出来ない様子である。
母親は四年前に病気で他界したそうで、吉平には周りの者が後妻を宛がう機会を何度も御膳立てしてくれたそうだが、全て断ったと云う。かなりの鴛夫婦だったそうで、未練が断ち切れないそうである。
「お
俺の出勤する東京警視局庁舎迄、仁平は何時も鞄持ちとして付いて来る。偶に違う場所に出向する時にも、必ず付いて来たがるので少し鬱陶しい気もするが、其れが自身の仕事と思っている以上は、無碍に断る訳にもいかないので好きにさせている。
当然、帰庁の時刻にも迎えに来るのだが、其の時は下心が有って、俺に買い食いを強請るという中々に強かな奴なのだが、何処か憎めない可愛らしい子である。
其れにしても、今日の仕事は――いや、今日からの仕事は一寸、手間が掛かりそうだ。
「其れじゃぁ、旦那ぁ――お、御気を付けて下さい……い、いってらっしゃいませ!」
仁平も其れと無く、何かを感じ取っているらしく庁舎の前迄来ると、何時もの元気が無くなり、少し緊張した口調になっている。
如何やら、此の子は気付いていたか? 其れでは気になる筈であろう。
実は今日、之より東京市中を騒がしている『怪力無双の辻斬り』の捕縛作戦が、遂に開始されようとしているのである。
俺が此の国に来てからの三ヶ月間に、更に三人の犠牲者が出ており、東京警視局も躍起になって犯人探しに奔走して来たが、昨日の夕刻頃に拳銃隊の警察官が警邏中に犯人と接触、応戦したのである。捕らえ損うものの犯人に手傷を負わせ、犯行現場からは逃げられたが、残された血痕を辿って遂に犯人が潜伏していると思われる場所を特定出来たのである。俺の仕込んだ
勿論、此の事は未だ極秘事項であるが昨晩、我が家に狂喜乱舞して訪ねて来た警察関係者達の態度で、直接に聞いた訳では無いにしろ、仁平の知る処となったのである。
「心配ハ要リマセン、今日ハ遅クナルノデ迎エハ来ナクテイイデスヨ。判リマシタカ」
そう云うも、仁平は心配そうに何か云いた気な様子で、口の中をモゴモゴとさせているので、仕方なく俺は胸の銃帯から愛銃を抜き出して、「私ハ強イカラ、大丈夫ダヨ」と云ってやると、漸くに何時もの笑顔となって、其の場を去って行った。
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