第8話 警視局拳銃隊

 後日、俺は二人の泊まる東京で一番高級なホテルに赴いて『怪力無双の辻斬り』の話を聞かせると、予想以上に興味津津に聞き入って感想を述べ始めた。


「ひょっとしたら、人魚の肉を食べた者の仕業かも知れないねぇ」 

「食べる? 人魚って食い物なのか?」

「そうだべ、亜細亜圏で語られる人魚伝説の大半は、人魚の肉を喰らって不老不死や、超人的な力を授かったっつうモノなんだべ」


 何だか凄い話だな、欧州の人魚伝説のイメージからは遠く外れた感覚である。


「嫉妬深く、男を海に引き摺り込んだり、悲恋の末に泡と消えるなんて云う、ロマンチックなモノでは無いねぇ……」


 其れも西洋と東洋の文化の違いか等と考えている内に、ある事を思い出した。


「ん? まてよ。食って不老長寿を得るってぇと、前に志那で探した『封』や『太歳』も人魚の肉って事なのか?」


 『封』や『太歳』は、博士の収集物の中でも特に此奴等が重要視していた物である。其れを探す為に志那大陸で、どれだけの騒動に巻き込まれたか、思い出すだけでも腹立たしい限りである。


「あれはあれで関連は有るだが、一寸違う物だべ。『太歳』は粘菌の類の物だと、前ん時にも説明したべや」

「そう、未だあくまでも仮説の段階だけどね。ひょっとしたら『太歳』は、人魚の肉を媒介して出来た発酵体の可能性も有るんじゃないかと思ってるんだよ」

「んだ、十分に考えられる事だべ」


 それって、チーズやヨーグルトの様な加工食品みたいな物なのかと尋ねると、原理的には同じだと云う。

 其れならいっその事、俺達の肉を少しだけチョン切って、薄黴生やした燻製肉にでもして誰かに食わせてみれば、そいつは俺達の様に不老長寿に成れるんじゃないかと冗談のつもりで云ったら、既に試して失敗したのだと云う。学者に冗談は通じないな……。

 其れにしても誰の肉片を使って試したんだと尋ねると、二人揃って黙り込んだ。


 ――畜生、俺の肉片だな……何時切り取った?

 あの時か? 爆弾で腕と足を吹っ飛ばされそうになった時か――それとも、あの双剣使いに刻まれた時か? 色々と心当たりが有り過ぎるな……。





 今日は初当庁から待ちに待った日である。

 漸くに俺が預かる、警視局拳銃隊の発足式なのだ。川路大警視と藤田警部補に連れられて講堂に向かう。之から俺の教え子となる二十名の若者達との対面だ。


「ベラミー殿。彼等への指導、宜しく御頼みしますぞ。ああ、其れとね、隊の中に英語の堪能な者が居るのだよ。笹川三等巡査といってね、今日より其の者が君の通訳等の補佐を務める事となっておるので、よしなにしてやってくれたまえ」

「今日で私は御払い箱と云う事で」

「藤田警部補……その、言い方がな……」


 川路大警視は口を濁すも其れ以上は何も云わず、困ったものだとの様相で、「ふぅ」と溜息を付いた。俺も苦笑いで応じるしかなかった。相変わらず藤田警部補は人を食った様な奴である。しかし、彼から離れられるのは正直嬉しい。如何にも彼は慇懃無礼で取っ付き難い――いや其れよりも何か、得体の知れない恐ろしさが有るのだ。

 荒事には慣れた俺の直感が囁いている――此奴とは絶対、殺り合うなと……。まあ、俺(達)より強いという事は無いだろうが……。

 其れはさて置き、今日は教え子達を見分しつつ、交流を図るとしよう。講堂の扉を開けると整列していた集団が、我々に向かって一斉に敬礼を捧げる。中々に良い訓練が施されている者達だな。

 俺は期待を込めて彼等を端から端迄、見回す――あれ……?


 オイオイ、全員子供じゃねぇかよ‼


 俺はそう、叫びそうになるのを必死に堪えた。

 そうだ、亜細亜人種は童顔の者が多いのである。藤田警部補の様な厳つい顔の方が珍しいのだ。事前に渡された資料によると、最年少が十八歳で最年長が二十六歳との事だから皆、大人である。それに全員、読み書きが出来るとの事だし、心身共に健康。先頃終結した内戦に従軍していた実戦経験者も数名は居るのだ。他にも、此の国の大学機構に在籍して高い教養を得た者や、件の笹川巡査と同じく外国語を習得した者も居るという。

 そう、彼等は警視局の未来を担う、精鋭の卵達なのである――其の筈なのだが――しかし、何と云うか揃いも揃って幼い顔つきである……本当に大丈夫かな?

 いやいや、疑るな。徹底的に扱いて皆、一丁前の銃使いガンスリンガーにしてやる。其れが俺の任務だろう。何せ此処に至る迄には色々あったのだ、下手を踏んでなるものか。


 最初、川路大警視からは金銭的な理由で、使用する銃は隊員の個人所有物や寄贈された物を使いたいという案が出たのだが、何と全部が旧式のフリントロックなのであった。

 俺は時代遅れにも程があると、断固其の案を却下した。件の骨董銃はグラントンに無理矢理高値で買い取らせて、新品の購入代金の一部に充てた。そして幸いな事に此の国の軍隊が俺の愛銃と同じ、S&W・モデルⅢを使用していたのだ。早速、輸入問屋に問い合わせると、在庫が一杯有ると云うので直ぐに必要数を廻して貰う様に手配した。

 同じ銃の方が教えやすいしね。勿論、グラントン商事のコネクションを最大限に利用して粗、底値で買い叩かせて頂いた。川路大警視は随分安く済んだと大喜びだ。

 更に面倒だったのは、他の国々でもよくある事だが、此の国にも例に漏れずの問題が有った。軍隊と警察が仲良く無いのである。


 何故、警察に銃部隊が必要なのか? 其れでは鎮台(軍隊)の立場が無くなる云々と、苦情や横槍が相次ぎ、其の対応に四苦八苦させられた。最終的には何と、日本国の実質上の大統領、大久保利通卿に間に入って頂き、何とか軍部を説き伏せたのだ。

 そんな苦労の末に、漸く今日という日を迎えたのである。そして、後は此奴等を一丁前に出来るか如何かは、俺の手腕に掛かっているのだ。やってやるさ、之迄にも兵を預かり育てた経験は何度か有るのだ。

 そんな決意を胸に秘めた俺の横では、川路大警視が長々と演説を垂れている。更に其の横では藤田警部補が小声でポツリと呟いた。


「童ばっかり……」


 此奴――本当にムカつくな……今に見ていろ!





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