第7話 怪力の連続辻斬り犯

 不思議なモノで、汽車を待つ間に色々と話し続けていると、彼等の話す言葉の内容が、少しずつ解り始めて来た。やたらと頭の良過ぎる二人の家庭教師に、みっちりと仕込まれた成果が此処に来て、漸く発揮出来た様だ。

 言語なんて頭で考えるな、感性で覚えろ。

 何時も異国語を覚える時に、自分なりに思っていた事だけど、此の国の言語は難し過ぎるので、キチンと言葉の意味を理解していなければ、こうは行かなかっただろう。癪だけど奴等に感謝だな。そして頑張って勉強した自分を褒めよう。


 車中にて自己紹介をされた際に大いに驚く事となった。何と此の川路利良と名乗る小柄な男は東京警視局の大警視にして、日本陸軍の少将を兼任する超大物なのだ。 

 しかし、余りにも若い容姿である。聞いてみたら、やはり四十代始めとの事であった。そんな若僧が警察のトップを務める処なぞは、革命直後の新興国である事を如実に物語っているな。

 しかし何故、こんな高級役人が俺なんかの迎えの為に態々、首都から来てくれたのか?

   

 其れには二つの理由があった。 


 一つ目は此処、横濱埠頭の在る神奈川県は首都東京府の直ぐ隣に位置しており、汽車で僅か四十分足らずの近場である事。

 そして二つ目の理由というのが一寸、深刻なのであった。何と、此の五~六ヶ月の間に首都東京府に置いて、通り魔が出没しているとの事である。しかも其の通り魔は其処らのチンピラ犯罪者等とは違い、相当に腕の立つ者であるという。犠牲者は皆、か弱い女子供等では無く、政府関係者――其れも警察官や軍人達ばかりであり、既に八人もの殉職者が出ているといい、つい数日前にも屈強な二名の警察官が殉職したとの事である。

 そんな事もあり、政府の委託で来た『御雇い外国人』達も狙われる可能性が有るやも知れぬとの事で態々、迎えにと云うよりも護衛をしに来てくれた様である。

 警察官の指導教育官として鍛えに来た俺に護衛とは妙な話ではあるが、異国の御客様を危険な目に合せる訳には――と云う事か。


「武器を持った警察官達が、こうも易々と殺られるとは――遺憾の極みである……」

「相手ハ銃ノ使イ手デショウカ?」


 此の質問に川路大警視は一寸、困った様な顔をして、しどろもどろに答えた。


「ああ、いや――じ、実は其の賊と云うのがだね……そ、其の、徒手空拳の様なのだよ、信じ難い事に……」


 武器を持たずに素手という事か? 確かに其れは相当な猛者であろう。


「取り手や唐手、具足術や柔術トモ違ウ。唯、単に力任せに叩キ潰シテ、引き千切ル様ナ戦イ振リなのデスヨ。ベラミー殿、果たして欧州や露西亜、米国等に其ノ様ナ体術ハ有りますカネ?」


 藤田警部補の質問に対して、拙いながらも自分の意見を披露してみた。

 自分も幾つかの国の体術を知っているが、そんな乱暴な体術は聞いた事がない。

 可能性が有るとすれば、アフリカ原住民やアメリカ原住民の幾つかの部族に伝わる、戦闘方法に近い物かも知れない。

 信じ難い事に、世界には男性が成人する条件として勇気を示す為に、猛獣と闘う風習を持つ部族が幾つか存在する。其の部族の男達は、闘いの前に大麻等の薬物で精神を高揚、若しくは安定させるのだが、其の際に強大な力を発揮する者が稀に現れるという。

 其れは普段は使う事の出来ない潜在意識下の力を開放するという事なのだ。

 薬物や自己暗示等によって、極度の緊張状態や弛緩状態に陥った後、己が肉体に眠る力の全てを一気に解き放つが如く、尋常成らざる怪力を出す事が出来るのだという――いわば『火事場の馬鹿力』である。

 そんな意見を述べると、川路大警視は腕組みをして「ううむ」と唸った。


「成程、我が国の山伏や武芸者の間にも『鬼降し』なる、一刻だけ剛力が宿るという秘術が有ると聞いた事があるが――其の様な類のモノなのかのう」

「何なら『狐憑き』かも知れませんしね――川路大警視、やはり下手人は単なる人間ですよ。私も貴方も先の動乱で――京都でも、会津でも其の様な事を幾らでも見聞きした筈……いいや、自らも体現して来た筈でしょう」


 藤田警部補の意味有りげな物言いに、川路大警視は眉根を上げて顔を顰めた。


「私は君程、無茶な暴れ方はしとらんよ。しかし云われてみれば確かに、裂帛の気合の籠った人間の尋常成らざる一撃は嫌と云う程、味わったがね……」

「フジタ警部補。貴方ハ、其ノ犯人ヲ斃セル自信ハ御有リデスカ?」


 俺からの少し意地の悪い問い掛けに対して、藤田警部補は涼しい顔で「如何ですかね」と云いつつも、自信有り気な態度が見え見えであった。しかし自分の警邏中に中々、賊と遭遇出来ないとの事であり、警視局が全力を上げて捜索しているにも関わらず、潜伏先が要として知れずにいるのだと云う。

 其れも其の筈、何と此の国の首都、東京府は百万人に達する人口密度を誇る、世界的にも稀な大都市なのであった。

 発足したばかりの警察機構では捜査能力も未熟であろう。其れに加えて、百万人が暮らす大都市ともなれば犯人探しも、砂漠に落ちた金貨を探すと云った具合だろう。

 何時如何なる時に、力不足の警察官や軍人達が襲われるか分らない以上、銃器に長けた者達を育て上げるのが急務という訳か――俺の指導内容と方針は決まったな……。


 俺は懐に呑ませている、愛銃のS&W・モデルⅢを少し覗かせて、「ツマリ――実戦二投入出来ル銃使イガンスリンガーヲ、育テレバ良イノデスネ」と云うと、藤田警部補は口角を軽く挙げて、「ヤハリ貴方は優秀ダ。理解ガ早くて助かりマス」と冷笑を浮かべた。





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