第11話  獣憑き

「な、何でい! 御前ぇ等はよ!」


 集落の入口前に座っていた、顔中不精鬚で覆われた不潔そうな中年男が、此方を威嚇する様に立ち上がった。手には一応、刃毀れだらけだが刀を持っている。


「おや――貴方は確か、田代殿でしたかな? 元、南町同心の……」


 先頭を歩く藤田警部補が、相も変わらず慇懃無礼な調子で語り掛けた。


「お、御前ぇは――ふん、俺以上の落魄れ侍の藤田さんじゃねぇか。何の用だい」

「『怪力無双の辻斬り』――逢わせて貰いましょうか」

「何の事だか解らねぇな……此処にゃあ、そんな奴ぁ居ねぇと何遍云わせりゃ気が済むんだい。サッサと帰ぇんな!」


 次の瞬間、眼にも止まらぬ速さで抜かれた藤田の一刀が、田代という男の首筋を刀の峰で叩き伏せた。

「ぐあっ!」という、声と共に田代は気絶した。

 其の騒ぎを聞き付けた他の連中が鎌や竹槍、刃毀れした刀等を携え集落の中から駆け付けて来た。しかし藤田は怯む事無く、一気に其の中に跳び込むと瞬く間に全員を――八人もの男達を瞬時に叩き伏せた。しかも皆を峰打ちで仕留めている。


 ――強い……。


 な、なんだアレ? 其れなりに強いとは思っていたが強すぎるだろ! 雅か此処迄とは……ものの数秒で、あれだけの人間を殺さずに制圧するとは並大抵の技量ではない――想像以上の腕前である。どれ程の強さか見てやろうなんて多少、余裕ぶっていた自分の眼力の無さが恥ずかしい……。本当に俺達、『人造人間』の立場が無くなりそうだ……。

「行くぞ!」藤田の号令の元、捕縛隊は一斉に集落の中に駆け込んだ。

 不意を突かれた集落の住人達は、殆ど抵抗する間も与えられずに、次々と捕縛されていった。中には激しい抵抗をする者も居たが、藤田の剣技の前には敵う筈も無く、結局は縛に就く事となる。

 中々の手際の良さだ。虎の子の拳銃隊を使わずとも、標的以外の全てを捕縛出来るとは、俺としては及第点を与えても良いと思う。しかし藤田が居なくては、こうは上手く行かなかったろうけどな。


「報告します! 集落の住人は粗、捕縛いたしました。の、残るは――や、や、奴だけであ、あります!」


 作戦が八割方は成功しているにも関らず皆、笑顔も無ければ動揺も消えていない。報告に来た若い五等巡査も呂律が上手く回っておらず相当、緊張している様子である。其れは何も、今の報告をしに来た若者だけでは無く、此処に居る全ての警察官達も同様の事であろう。

 其れだけ、怪力無双の辻斬りが恐ろしいのである。致し方ない事だ、犠牲者達の屍を実際に見ている者達にとっては、奴の怪力は人智を超えた驚異的なモノに映る筈だろう。


「了解。其れでは『怪力無双の辻斬り』君の処へ行こうかね」


 藤田警部補はシレっと云う。

 前言撤回、此の男だけは例外であった。怪力無双の辻斬りを恐れる処か、捕縛する気か或いは殺す気満々なのである。

「奴ハ手強ソウデスヨ」と云っても、「手負いデショウ。恐がル要素ガ、マルデ無イ」と、あくまでも余裕である。俺(達)でさえ、『化物』や『怪物』もどきを斃す際には銃器や爆弾を使うというのに、刀一本で殺る気とは……大した自信家だ。

 しかし、過信や恐い物知らずと云う訳では無いしな……。

 実際、彼の強さは桁外れだった。幾多の戦場、数多の戦闘を経験して来た俺だが、あれ程の剣技は御目に掛った事が無い。

 例え怪物が相手でも、藤田の自信が揺らぐ事は無いだろう。其れだけの確かな実力が有るからだ。恐らくは経験も……。

 先の戦闘を見る限り、本物の『怪物』である俺でさえも、藤田と闘ったら勝てるか如何かは判らない。

 心臓を突かれても、動脈を斬られても即死する事のない『人造人間』ではあるが、首を刎ねられるか、脳を損壊されたら終りなのである。藤田の剣技を持ってすれば、首を刎ねる事も頭部を切り刻む事も朝飯前であろう。

 ま、まあ俺は、簡単には殺られはしないけどな……。


 奴が隠れていると思われる、掘建て小屋の周りを完全に包囲し終えた。愈々、対面の時である。川路大警視はゴホンと一つ咳払いをすると、威厳の有る声で語り掛けた。


「貴様は完全に包囲されておる! 無駄な抵抗は止めて、神妙に縛に就け‼」


 捕縛された集落の住人達は、揃って「逃げろー‼」と声を張り上げている。ピリピリとした緊張感の漂う中、掘建て小屋の入口前に架けられた筵が、静かに捲られた。



「うっ……うああ、ううっ……」



 奇妙な唸り声を上げながら、五フィート四インチ程の小柄な男がヨタヨタと出て来た。眼の下には濃い隈が有り、蓬髪を後ろで雑多に結んでいる。そして其の顔は未だ幼さが抜けぬ感じであり、俺には如何見ても一五歳~一六歳位としか思えない。


「き、貴様が怪力無双の……?」と、川路大警視も懐疑の表情である。やはり子供に見えるのだろう。同じ日本人の眼から見ても。


 しかし奴から漂う雰囲気は、常人の其れとは明らかに違う。其れは川路大警視も藤田警部補も感じている様子である。


「逃げろ! 何も云わずに逃げるんだー‼」

「御前さんは捕まっちゃならねー‼」


 集落の住人達は各々、叫び続けている。警官隊が黙れと必死に抑え込んでも、其の声は彼方此方から飛び交い、止む事は無かった。


「えぇい、黙れ、貴様達! おいっ、貴様‼ 名を名乗るがよい。そして我々と共に……」


 川路大警視の言葉が終らぬ内に藤田警部補が右手で遮った。


「川路殿。最早、言葉が通じる様ではありませんよ」


 川路大警視は意表を突かれた様子で、藤田警部補の顔を見やった後に再度、怪力無双の辻斬りを見てギョッとした。

 成程、之は確かに尋常成らざる事態の様である。何と件の少年が、ふうふうと唸りながら、まるで獣の様な形相に変わって行くのである。身体中が盛り上がり、浮き出た血管が更に不気味さを際立たせている。形容するならば雅に獣憑きだ。

 川路大警視は思わず後ろに跳び退いた。


「全員下がっていろ。本官が相手をする」


 



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