4月9日(水) 午前ー別視点ー②

 メイに案内されながら、入学式の行われる大ホールへ向かう。

 道中では、メイが先ほどの騒動を忘れ去る勢いで話しかけてくれて、私の心もそれなりに落ち着いたものとなっていた。

「それで。あなた一人なの?騒動を避ける為にも、従者を連れてくる人も少なくないのに」

「その……。従者って誰にお願いすればいいのですか?」

 どれだけ記憶を掘り返しても、従者についての授業は受けていない。正直に首をかしげると、メイがため息をついて何かを呟く。

「突発のお急ぎによるその場しのぎとはいえ、頭の痛くなる……」

「あの、どうかした?」

「あ、ううん!なんでもない!そういう時は義親おやの……。あ、義親おやが誰かはわかるよね?」

 そこから先、大ホールにつくまで、メイによる貴族の諸々についての説明があり、これからの学園生活に必要な知識ばかりであった。ちなみに、メイの顔は疲れた色をしていたことを記しておく。

 そう時間をかけずに、飾り付けの為された大ホールに到着する。

 ドラゴンですらスッポリと入りそうなそのホールは、溢れんばかりの生徒が口々に会話を楽しんでいて、未だ慣れぬ人の多さに、少しだけめまいがしてしまった。

「大丈夫?ダメそうならもっと端っこに行く?」

「ううん、大丈夫。ちゃんと聞いていたいし」

 心配そうなメイを宥めながら会場の様子を確認する。

 最初こそただ会話を楽しんでいるのだと思ったのだが、媚びるような色が見えたり、逆に攻撃する様子があったり、ここだけでも貴族という世界がどんなものか、容易に想像することが出来た。

 そんな中、私たちにも1人の男子生徒が手を振りながら近づいてくる。直前のトラブルもあり、彼も同じような手合いかと、思わずメイの背中に隠れてしまった。

 彼は訝し気な視線を向けながらも、近づいてきた目的を口にした。

「なあ、君って噂の特待生だよな?どうして魔術を使えるんだ?」

 そのセリフがどこかのボーダーラインを超えたのか、顔をしかめたメイが私を守るように手を広げ、その男子生徒を睨みつける。するとその男子生徒も慌てて手を振り、攻撃の意思はないと否定の意を示した。

「ああいや。平民でも小さな魔術は使えるが、鍛えなければ先生を吹き飛ばすようなものは使えないだろ?一体誰に師事してたのかなって」

 それを聞いたメイは呆れながら素早く身を引き、前に出るよう私の肩を叩いてきた。

「なんだ、そういうこと。私の叔父さんじゃないけどさ、もっとわかりやすく言うべきだよ。セシリア、いける?」

 だがそう言われても私は答えを持っていない。なんせ長年鍛えてきた訳でもないし、聖女のことを言うわけにもいかなかった。

 迷った結果私が選んだのは、友達に秘密を作ることだった。

「……ごめんなさい。それは、誰にも言うなって……」

「あ、やっぱり?そんだけ強いんだもんなー。一子相伝とか、そういうやつだよな」

 苦しい顔をしながら放った私の言葉に比べ、男子生徒の返答はあまりにも軽かった。メイも特に深掘りすることもなく、そうだよね。と軽くこの話題は流してしまう。

「え、と。それでいいの?あなたも……」

 黙っておくのが正解だろうに、私はその呟きを止めることが出来なかった。だがそれにもメイたちは何でもないかのように答える。

「それでいいの、って。逆に、これ以上聞いてもいいのか?そうじゃないからそう答えたんだろ」

「確かにそうだけど……」

 私の知る貴族、いや、私のイメージしていた貴族像は、王都で長く過ごしても剝がれることはなく、答えを誤魔化すなんてことは許されないと思っていた。

「ならそれでいいのよ。仕方のないことだろうけど、あまり貴族を誤解しないでちょうだいね」

 でもメイや王子様といった、私の周りの貴族たちは私に対して笑いかけて、優しく接してくれる。

 そのことがなんだかおかしく思えて、脈絡もなく笑い出してしまった。二人は一瞬訝し気な顔をしたものの、また笑顔で話し出す。

 そんな様子を見てまた人が集まっていき、平民でも仲良くしてくれる友人が出来ていく。

 最初は恐ろしかった貴族の学校という場所が、自分もいていい場所なんだと思えるようになった出来事であった。


 友人になった人たちと楽しく雑談をしていると、会場に先生の声が響く。

 もうすぐ式が始まるという指示に従い、その場は一度みんなに別れを告げ、壇上に集中する。

 最初の国歌斉唱は村でも歌われていたので問題なく歌い切り、学長の挨拶へと移っていった。

「カルフェン・ヘレクセイ・アイリスレーギアである。皆の衆、まずは入学おめでとう。この場にいる者たちは、みなそれぞれに試練を乗り越え、この場にたどり着いたことだろう。そのことを私は好ましく思う」

 声を聴くと否応なく従いたくなるような、どこか惹かれるものを感じ、人を導く王とはまさに彼のような存在なのではと思えた。

 先ほど私と話していた生徒たちも、その言葉を聞いて尊敬の念に溢れた表情を浮かべ、そのうち何名かは、恋でもしているかのように見えた。

 しかし、その様子を見た学長は、先ほどまでの優しい表情が嘘だったかのような鋭い視線で、ホールに声を響かせる。

「しかしだ!入学しただけで満足したものは、すぐに蹴落とされるだろう。ここは君たちの力を磨き上げ、さらなる魔導の深淵を覗くための場所なのだから。

 半端な覚悟では逆に深淵に飲まれてしまう。であるからな、今喜色を浮かべた者たちに帰ってもらって構わんよ?無事でいられる保証ができんからな」

 その威圧と脅しを聞いて、私も周りの生徒と同じように怯えてしまったのだが、内容自体には納得しかなかった。

 私は勇者様の力になるためにここにいるんだ。というか、入学できたと言ってもギリギリなんだから、まだまだ喜ぶことなんてできない。なればこそ、ここで満足などしていられない。さらなる覚悟をもって前に進む必要があるだろう。

 いやしかし、まどうのしんえんとか言われてもよくわからないし、やっぱり私は場違いなのだろうか?

「だからこそ、学べ。鍛えろ。己という存在をさらに大きなものへと成長させよ。そしていずれ、私を超える者が現れることを願っている。では、民のために」

 私の場違いな思考を置き去りにして、学長挨拶は終わっていた。兎にも角にも私はまだまだ未熟者。

 将来王子の傍に立っている自分の姿を想像して、もう一度ムンと気合を入れる。

 それをメイに見られてクスリと笑われてしまい、少しだけ恥ずかしくなってしまった。


 メイと一緒に教室までの廊下を歩く。残念ながらメイとは同じクラスではなかったので、ランチの約束だけして、私の教室の前で別れた。

 メイを見送ってから教室を覗くと、まだまばらにしか人がいない。誰か知っている顔でもあればよかったのだが、先ほど仲良くなった子たちはだれ一人とていなかった。

 仕方なく空いていた前の席に座り、居心地の悪さを感じながら手遊びをして知り合いが来るのを待つ。しばらくすると、勇者でもあるあの王子様が女性を連れ立ってやってきた。

 あちらも私に気が付いたらしく、サミュエル様が大股でこちらに近づいてくる。

 以前と比べ成長したところを見て欲しくって、先んじて立ち上がり挨拶をした。

「サミュエル様。ごきげんよう、です!」

「ああ、セシリア!君もこのクラスだったか!」

「はい!……あ、えと。お付きの方も初めまして。私、セシリアと申します」

 以前も王子の傍に控えていた女性にも挨拶をして、サミュエル様との再会を喜ぶ。彼も陽気に笑いかけてきて、上機嫌にその女性の紹介をしてくれた。

「セシリア。こ奴は俺の婚約者でな。メグ。自己紹介を」

 その言葉に私は驚いて何も言えなくなってしまう。私はなんて失礼なことを!婚約者の方に向かって、お付きの人だなんて……!

 前に出てきた彼女はやはり怒っているのかこちらを睨んでいて、でも何故か嫌な感じはなく、なんとなく母に叱られているような感覚を覚えた。

「初めまして、私はマーガレット・リコリスネーロ。あなたに一つ、侯爵家の者として忠告です。この調子ですと、この学園をすぐに去ることになりますわよ」

 言葉の内容にも驚いたのだが、その声もお母さんが怒る時と同じように聞こえて、じっと彼女の顔を見つめてしまう。

 あちらもムッとした表情をしてそのまま見つめ合っていると、サミュエル様が私を庇うように前に立ち口を開いた。

「メグ。それはどういうことだ?平民であることを言っているのであれば、この学園に身分による罰則などないはずだ」

 学園を去るということがどういうことなのか自分でも考えたが、こんな思慮深そうな方がそんな簡単なこと知らないはずない。

 そうではなく、なにか私に至らぬ点があったのだろうと彼女の方を見つめていると、その通りの内容を口にした。

「それくらい存じております。だとしても、王族の前に立つための最低限の礼儀というものがございます。それすらできないようであれば、今後が不安だというのです」

 なるほどやはり。先生からもギリギリ人前に出られるレベルだというのは言われていたし、入学までの間も必死に練習してきたがやっぱりまだ足りないか。

 どうすればよいのかと繰り返し動作を思い出すが、自分では何度やっても何が悪いのかわからない。

 そうしてうんうん唸っているとまたマーガレットが前に出てきて、お手本のように整ったお辞儀を見せつけてくれた。

「セシリアさん。お辞儀はこのようにするのです。あれだと出来の悪い人形劇にしか見えませんわ」

「ありがとうございます、マーガレット様!こう、ですかね?」

 元の立ち姿から礼の角度まで、お手本を見ると自分のいけないところが本当によくわかった。それを参考にしながらギギギと身体を動かして、何とか正しい形に近づける。

 マーガレットからの睨みつけが引っ込むことはなかったが、諦めたかのようにため息をつき、私はその視線から解放された。

「……不格好ですが、いいでしょう。ですがまだ、赤点ではなくなったというだけですからね」

「もちろんです!教えていただき、ありがとうございます!」

 やっぱりこの人はいい人だ。悪いところはちゃんと悪いと言ってくれる友人は、大切であることくらい私でも知っている。

 こんな素晴らしい婚約者がいるのなら、王様も私なんかと結婚するようお願いしなくても良いのでは?とも思うのだが、何か貴族の事情だったりがあるのだろうか?

 後で先生にも質問してみようと心のメモに書き留めて、サミュエル様たちに意識を戻した。

「ふん。こういったことを教えてくれる方はいらっしゃらなかったの?特待生に指名されたのならそういった教育も受けるはずよ」

「それが、王都に来たのも2か月前くらいでして。先生たちも必死に教えてくれたんですが、私の出来が悪くって……」

 いやはや全くその通りだと、一応の言い訳を口にしながらあちらの様子を伺うと、怒りに震えているのか二の腕を握りしめ、私が思った通りの言葉を返してくれた。

「時間は言い訳にはなりません。出来が悪いことを自覚しているなら、より一層努力なさい」

 教師でもなく友人でもない、まだ知り合って数分の私に対してちゃんと向き合ってくれる。メイもそうだが、王都に来て知り合った同世代の貴族が彼女たちで本当によかった。

「はい!ありがとうございます」

 そんな気持ちのままお礼を言うと、ふいと、マーガレットはそっぽを向いてしまった。また何かいけないことでもやってしまったのだろうか?

 そう思って声をかけようとするが、それより早くマーガレットの方が口を開く。

「そろそろ先生がいらっしゃるわ。早く席に着きましょう」

 そういうとマーガレットはサミュエル様の手を引いて、私の元を離れて後ろの席へと行ってしまった。

 また一人ぼっちになるのが寂しかったので、私も隣の席に座って先生を待つことにした。友達の隣に座ることなんて特別なことでもないし、何の問題もないよね!


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