4月9日(水) 午前ー別視点ー③

 私のクラスに顔を出した先生は、なんと私の試験を担当してくれたフェルト先生だった。数週間前と変わらぬ軽薄そうな笑顔と剣を携えて、彼はパチンとウインクを向けてきた。

 そこからクラスメイトの自己紹介が始まり、私も慌てながらだが、同じように口を開いて一礼を返す。他のクラスメイトは淀みなく自己紹介を終わらせていて、そんなところにも自分とみんなの差を感じてしまった。

 その後は先生からご飯だったり寮だったりについての連絡を受けて、そこでひと段落がついた。

「以上。では、最後に皆さんに向けて一言だけ」

 こほん、と一度言葉を区切って、あの軽薄そうな笑顔が真面目なものへと変化する。

「あなた方はこれから、入学式で見た、あの偉大な魔導師を目指すことになります。そして私も目指す側です。一緒にあの男をギャフンといわせてやりましょう」

 ぞわり、と肌がざわつく感覚。今まで軽薄だが決して敵ではないと思っていた彼が、彼こそが私の倒すべき敵のような、まるで物語に書かれる魔王のような印象を受けた。

 だからと言って今それを指摘したところで誰が協力してくれるわけでもなく、私自身あまりにも無力だ。

 とにかく今は、自分の中に現れた焦燥感を押さえつけることに集中して、もしもの時を想像して集中が途切れるというのを何度か繰り返す。

「本日の予定はここまで。あとは門限まで、好きに校内を散策していただいて問題ありませんのでー」

 先ほどまでの怪しげな覇気を完全に消し去った彼に、私はもう以前のような親しみを持つことは出来なかった。


 クラスでの諸々の説明が終わった後、私はメイと合流してお昼ご飯を食べていた。

 先ほどまでの恐怖を完全には忘れることは出来ず、完全には食事を楽しめていないのがわかる。でもメイを私の事情に巻き込むわけにもいかず、頑張って笑顔で会話を続ける。

「それでさあ、うちの担任がまさかのおじさん!なぁんで学園まで来て家族と顔を合わせないとなんないのよー」

 言葉は悪いが、メイの顔には安心感が浮かんでいて、ついでに言うと、食べ方もお手本のようにきれいなものだ。そう言うところからも差を感じ、私は滑らかに会話を続けることが出来なかった。

 おそらくは同年代の友達とはこういった雰囲気、メイが言うには、ノリで話すのが普通なのだろうが、村での生活が長かったのもあり、私は曖昧に頷くことしかできない。

 すると、メイにもその心境が伝わってしまったのか、少し悩むようなそぶりをした後にニヤリと笑みを浮かべて身を乗り出してくる。

「それで、セシリアのとこはどうだったの?誰か気になる人でもいた?」

「えっ、あっ、ええと……」

「ああ、そういえば!サミュエル殿下が一緒だったんでしょ?よかったわねー、あんないい人と同じクラスなんて」

「そんな、恐れ多いよ!確かにもっと仲良くなれたら嬉しいけどさ」

 試験の日、一緒に飲んだお茶の味は今もよく覚えている。同じクラスになったのならば、その分顔を合わせる機会も多くなる。そしていずれは……。

 あの日の光景を思い出して顔を赤らめていると、メイが気味の悪い笑みをさらに深めて、楽しそうな笑い声を上げた。

「ちょっと!その顔はなに!」

「あはは!ごめんごめん。でもこういうことにも慣れて行かないとだめだよー。夜会とかになったらもっとややこしくなるんだから」

 私は怒りをあらわにしながら、メイの言葉には納得するほかなかった。自分自身の不甲斐なさと恥ずかしさを隠すようにフォークを口に運んでいった。

 その後の食事はしっかりと料理の味も楽しむことが出来るようになった。胸のつかえを軽くしてくれたメイに、伝わらないとわかっていても私は感謝を伝えたかった。

「その、ありがとね……」

「んー?なんのことさ。それよか、王子サマとホントに何もなかったのー?」

 それにも変わらず軽いノリで笑顔を返してくれて、その変わらぬ姿が私にとって代えがたい支えになっていた。


 昼食の後メイは用事があると言いどこかに行ってしまった。手持ち無沙汰になった私は、いざという時迷わないよう、教室だったりの場所の把握のため、校内を散策することにした。

 色々な資料の纏められた図書館や実習棟の野菜畑など、素晴らしい施設の数々を見ながら目的もなく歩いていると、少し開けた場所に出た。

 そこはどうやら中庭のようで、花壇にはよく手入れされた花々が咲き乱れ、元々土いじりをしてした身からすると思わず笑みがこぼれてしまう。

 しゃがみ込んでその花を1つ手に取り覗き込んでいると、花壇の中にきらりと光る何かを見つけた。

 何だろうと思いよく見ると大きな宝石を装飾した、綺麗なイヤリングが落ちていた。

 誰のものかはわからないが、とりあえず学園の方に渡しておいた方がいいだろうと、それを拾い上げてよく眺める。

 しかしどこに持っていけばいいんだろうと思い、それを手にウロウロしていると、突然、後ろから声をかけられた。

「ちょっと、返しなさい!それは私のものよ!」

「え?」

「いいから!早く返しなさい!」

「で、でも。えっと、あなたので、合ってるんですか?」

「そう言ってるでしょう!早く返しなさい!」

 先頭の女性に合わせて、やんややんやと取り巻きの2人も捲し立ててくる。混乱した私はもう判断がつかなくなってしまっていた。

 そうしてまごまごしているうちに、痺れを切らした1人が奪い取ろうと手を伸ばしてくる。

 朝の光景と重なるそれに思わず目を閉じてしまう。だが、これも朝と同じように痛みが訪れず、恐る恐る目を開けると、今度は金の髪を靡かせた大きな背中が立っていた。

 その姿はやはり物語の王子様のように輝いて見えて、自分がお姫様になったような錯覚を覚えた。いや、あちらは王子様で間違いないのだが。

「貴様ら何をしている!ここは神聖なる学び舎であるぞ!」

 地まで震わすようなその声を受けて、彼女らの動きがピタリと止まる。

 それどころか空気まで固まってしまって、全員この後の展開が想像できないでいると、後から来た婚約者さんがてきぱきと手際よく場をまとめていく。

 サミュエル様もその様子を当たり前のように眺めていて、何故だか付き合いの長さを見せつけられているような気がした。

「サミュエル様、まずは場所を変えましょう。ここでは周りの迷惑となりますので」

「そうだな!では全員ついてこい!」


 サミュエル様ではなく、マーガレットの先導で訪れたそこは、人の目から隠されるように東屋が建っていて、メイドさんたちが手際よくお茶の準備を進めてくれていた。

 差し出されたそれはどこかで嗅いだことのある香りをしていて、一口啜ると今までの焦りが嘘のように消え去っていった。

 私を囲んでいた3人もその表情を和らげてはいるが、怯えるように王子たちを伺う視線はそのままだ。

 だがまあ何もわからない私が口を開くより、王子様や婚約者さんに任せた方が良いだろう。

 なにせ、なんでこうなったのか自分でもよくわかっていないんだから。

「さて。では何があったのか、話していただけますね?」


 そこから先は期待した通り、マーガレット様がそれぞれの事情を聞いて、文句のつけようのない采配を下す。

 相手方の彼女たちも渋々ながら謝ってくれたし、私が考えるべきだった点もしっかりと教えてくれた。

 嬉しくなって名前を呼んでしまったが、まだ少し早かったらしい。

「本当に……。あなたは名誉ある学園に入学した自覚があるのですか?これ以上目に付くことがあるようなら、学園を去ってくれたほうがありがたいのですが」

 その言葉には少し落ち込む。自分に才能ないのはもうわかってるけど、自分だって好きでここに来たわけじゃないのに……。

 だとしても、この程度で王子の隣にいたい気持ちは変わらない。改めて心を奮い立たせ、マーガレットの視線を正面から受け止める。

「その、申し訳ございません。もっと頑張って学んでいきます!」

「努力するのは当たり前です。ただそれだけでなく、しっかり目に見えるようになってこそ努力と呼べるのですから。それを忘れぬように」

 実際、彼女もそうしてきたのだろう。実感の籠ったその言葉には納得するほかなかった。

 これにてひとまず落着と、皆が純粋に茶会を楽しみだしてから数分。

 今まで何もせず黙っていたサミュエル様が何かを思いついたかのように顔を上げる。

「なあメグよ。セシリアは平民なのだから、色々至らぬのは仕方なかろう。そう、むしろ退学など言わず、俺たちの手で育ててやればよいのだ!」

 その言葉を聞いた私と王子以外のメイドを含めた全員が動きを止める。

 皆どうしたんだろう?いやそう言えば村を出るとき、皆が貴族の手付きになれば玉の輿とか言ってたけど、これがそういうことなのだろうか。

「サミュエル様?それではまるで、彼女を我々が囲っているように聞こえますよ?貴族が平民にいう言葉の強さを本当にわかっていない!」

 私にはなかった解釈の仕方に、貴族社会の難しさを感じてしまう。それでも、貴族から平民へ送られる言葉の恐ろしさは流石の私も知っていた。

 それはそれとして、サミュエル様とならそうなっても……。

 私が妄想の海に浸っている間にいつのまにやらこの場は解散となっていた。

 これからどうしようと悩んでいると、ふとマーガレットの姿が目に留まる。そうだ、彼女に学園を案内してもらいながら、仲を深めることが出来ないだろうか。そう考えたセシリアの行動は早かった。

「あの、マーガレット様。良かったら学園を案内してくれませんか!」

 その言葉を聞いたマーガレットは、何故か苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

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