幸運のアミュレット


 ゲーム開始の十五分前、五人は王宮の北西裏口に集合した。


「眠れた?」


 アドルファス王太子殿下から尋ねられ、


「少し」


 はにかみながら私は答えた。


 緊張して眠れるわけがないと思っていたけれど、アドルファス王太子殿下にハグしてもらってから自室に戻ったのがよかったのか、短い時間でも体を休めることができた。


「それはよかった」


 アドルファス王太子殿下がにこりと笑ってくれる。


 普段そんなに表情が動かないぶん、たまの笑顔は特別に感じられる。


 私も笑みを返した。


「――ディーナさん、私、後ろでものすごく応援しますね!」


 ユリアが胸の前で両拳を握って励ましてくれる。勝負に挑む時、ユリアのように押せ押せな人がいると士気が上がるものだ。


「ありがとうございます」


 元気が出た。


「姉さん、僕も一生懸命応援します!」


 マイルズもそう言ってくれる。


「ありがとう、マイルズ」私はマイルズにハグをした。「あなたが一緒にこの国に来てくれて、本当によかった」


 出発時も嬉しく感じたけれど、今になって余計に『助かった』と思う。アドルファス王太子殿下がいてくださるとはいえ、家族のマイルズがいるといないでは、安心感がまったく違ったはずだ。


「姉さん……」


 マイルズもキュッとハグを返してくれて、皆は微笑ましくこれを見ていたのだが、ユリアだけが少し悲しげに眉尻を下げていた。……私には、ハグはないのですかぁ……? 小さな呟きが彼女の唇から零れ出た。


 隣にいたルードヴィヒ王弟殿下が気の毒そうにユリアを見遣り、頭をポンポンと撫でてやった。


「――ディーナ、これを君に」


 アドルファス王太子殿下が私の手を取り、手のひらに何かを載せる。


 私はそれを眺めおろし、微かに目を瞠った。


「四葉のクローバーのお守り?」


 四葉のクローバーを模したゴールドのアミュレットは、美しい細工が施してあり、キラキラと輝いている。歴史の重みを感じさせるデザインだ。


「叔父上からだよ」


 アドルファス王太子殿下が悪戯っぽくそう言って、ルードヴィヒ王弟殿下のほうを見遣る。


 ルードヴィヒ王弟殿下がにこりと笑みを浮かべて説明してくれた。


「それは幸運のアミュレットだ」


「ルードヴィヒ王弟殿下は呪いのアイテムにしか興味がないのかと思っていました」


 私がつい素朴な感想を漏らすと、ルードヴィヒ王弟殿下が可笑しそうに笑う。


「負(ふ)のものを扱うなら、正(せい)のものも持っていないとね」


「なるほど……」


「そのアミュレットはラッキーを引き寄せる。そして直感に働きかけるので、正しい選択の手助けになるはずだ」


 シンプルなだけに無敵というか、万能なアイテムだ。もしかすると国宝級の代物なのではないだろうか。


 手のひらに載ったアミュレットが重さを増したような感じがした。


「ありがとうございます、とても心強いです」


 私がジンと感動しながらお礼を言うと、ルードヴィヒ王弟殿下が頷いてみせる。


「どういたしまして。……君が甥っ子の婚約者になってくれて、本当によかったよ。ここ最近、アドルファスの変化を見ていて特にそう思う」


「変化、ですか?」


「変な言い方だけど、人間ぽくなった気がする。アドルファスは優しい人間だから、家族への愛情はもちろんあったけれど、それだけではこの世界に繋ぎとめておくのは難しいのかな、と思っていたんだ。だからディーナさんが来てくれてよかった」


 ルードヴィヒ王弟殿下が語った心配は、私には正直なところよく分からなかった。長年一緒に過ごしてきたからこそ、非凡な甥っ子を見て、何か思うところがあったのかもしれない。


 思慮深いルードヴィヒ王弟殿下に「来てくれてよかった」と言ってもらえると、私も自信が持つことができた。アドルファス王太子殿下と結婚することは、最終的に自分の意志で決めたつもりだから、他人がどう思うかは関係ないという考え方もあるだろう。けれど周囲から温かく見守ってもらえるのは、とてもありがたいことだ。


「――じゃあ行こうか」


 ルードヴィヒ王弟殿下に促され、皆で歩き出す。


 私は片手をアドルファス王太子殿下と繋ぎ、反対の手を弟のマイルズと繋いだ。マイルズももう大人に近い年齢で、普段ならこんなことはしないのだけれど、試練の前だから今日は特別だ。


 ユリアが悪戯に笑み、ルードヴィヒ王弟殿下のほうに手を差し出した。


「ではせっかくなので我々も」


 ルードヴィヒ王弟殿下が困ったような、それでいて愛おしげな視線をユリアに向ける。


「君……私と婚約している自覚はあったんだね」


「どういう意味です?」


「たまにこうして甘えられると、ものすごくびっくりするんだよ」


 いつも堂々としているルードヴィヒ王弟殿下がぎこちなくユリアの手を握るのを見て、皆、なんとなく笑ってしまった。


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