人の分際で私に勝てると?


 深夜0時、四人は王宮の敷地内にある庭園迷路前にやって来た。


 ここに来るまでの小道も防犯の関係上、敷地内には一定の距離を置いて灯りがともされていた。とはいえそれらは必要最低限のものであった。


 ところが庭園迷路まで来てみると、周辺の明るさは段違いである。


 魔法の光源だろうか――夜空にいくつも光の玉が浮かんでいて、高い生垣(いけがき)で造られた迷路を上から照らし出している。背景の夜空とのコントラストが美しく、まるで小さな月が生垣の真上にいくつも浮かんでいるような光景だ。


 ――迷路入口で三つの人影が待ち受けていた。


 うちふたりは使用人の女性と男性で、取り立てて変わったところはない。


 もうひとりは人……なのだろうか? なんともいえない不思議な存在感で浮世離れしている。


 肌が青白く、雰囲気、佇まい、すべてが異質である。


 私は隣にいるアドルファス王太子殿下にこっそり問いかけた。


「あの青髪の人がアロイスですか?」


 以前話に聞いただけで、私はアロイスの姿を知らない。


「あれはアロイスじゃない。僕も初めて見る」


 アドルファス王太子殿下が瞳を細めて答える。


 私は驚きを覚えた。


 え……アロイスではないの?


「私はアレックスだ」


 彼(あるいは彼女?)が口を開いた。アレックスは男、女、どちらの愛称でも使われる。


 アレックスが高慢な笑みを浮かべて続ける。


「そういえばさ、関係者は『ア』で始まる名前が多いね――アロイス、アドルファス王太子殿下、そして私はアレックス――つまり我々には縁があるのかな。何かしら互いに共通点があると、ちょっとしたことでも運命を感じるよね――どう思う? アドルファス王太子殿下」


「運命は感じない」


「つれない返事だなぁ」


「君は何者?」


「アロイスの使いの者だ」アレックスは肩を竦めてみせる。「私の生年月日や性別なんかを詳しく訊きたいかい? だけど私が何者かはどうでもいいことだ。これからディーナはふたつ目の試練を受ける。『夜明けの卵』探しゲームに参加しなくてはならないし、勝たなければならない。私のことを詮索している場合ではないと思うね」


 淀みなく語るアレックスには超然とした雰囲気があった。


 外見は十四、五歳に見える。黒みがかった青い髪を長く伸ばし、後ろでひとつに括っている。黒のベストに同色のスッキリしたズボン。


 美しい少年のようにも見えるし、中性的な少女のようにも見えた。声は男性にしては細く、女性にしては低い。


「さて、そろそろ皆さんにご紹介しよう」


 アレックスが横によけ、かたわらにいた少女を手で示す。


「こちらはキッチンメイドのデボラだ」


 デボラはオドオドと視線を彷徨わせていた。お腹の前できつく手を握り締めており、怯えきっているようだ。


 いつもキッチンにこもって顔見知りの人たちと仕事をしている少女が、いきなり王族たちの前に引っ張り出されて、パニック状態だろう。


 恐怖で顔を引きつらせているデボラを見て、私は胸を痛めた。


 ……可哀想に。どうやってここへ連れて来られたのだろう。


 アレックスがさらに続ける。


「そしてデボラの隣にいるのは、ハンス。彼は王宮の御者をしている。ハンスの紹介はあとに回そうか」


 アレックスの進行は気まぐれだった。


「とにかくここにいるデボラがゲームに参加する。なぜ多くいる使用人の中からデボラを選んだかというとね――『デ』がつく名前だったからなんだ。ほら、デボラとディーナ――どちらも『D』で始まる。共通点があるだろう?」


 デボラはショックを受けた顔をしている。訳の分からないことに巻き込まれて、その理由を今説明されたが、名前の始まりが『D』だったから――それで納得できるはずもない。


 私は真っ直ぐにアレックスを見据えた。


「私とデボラさんに何をさせたいのですか」


「だからさ、メッセージに書いておいたよね?」小馬鹿にした口調でアレックスが鼻で笑う。「君たちにしてもらうのは『夜明けの卵』探しだよ。この庭園迷路の中には六つの卵が隠されている。ディーナとデボラは一斉に入口からスタートして卵を回収する――各自、取っていい卵は三つだ」


「あらかじめ数が決められているのですか?」


 私は眉根を寄せる。……てっきり多く取ったほうが勝ちなのかと。


「そう、三つずつ選んでもらう」


 アレックスが指を三本立てて言う。


「さて、では――契約に移ろうか」


 契約? これではなんの説明にもなっていない。


 私が何か言う前に、アレックスがパチンと指をスナップした。


 すると小さな円卓がふたつ現れた。その上には紙とペンが載せられている。ふたつの円卓が出現したのはアレックスのすぐ近くだ。


「ディーナ、デボラ、こちらへ」


 さすがに限度があると思ったのだろう――私を背中にかばい、アドルファス王太子殿下が進み出る。


「呼ばれて『はいそうですか』と行かせると思うのか」


「君たちに逆らう権利はない。ディーナに来てもらう」


「断る、と言ったら?」


「え、今さら?」ふたたびアレックスが小馬鹿にしたように笑う。「じゃあなんでここへ来たのさ? ふたつ目の試練を受けるためだろう?」


「君の息の根をここで止めて、ゲーム自体を潰すという手もある」


 アドルファス王太子殿下の声音は落ち着いているがゆえに、かえってすごみがあった。感情に任せて脅しているのではなく、『必要ならばやる』という覚悟が伝わってきた。


 彼は平和主義者であるけれど、臆病者ではない。アドルファス王太子殿下は大切な者を護るためなら、なんでもするだろう――先の静かな言葉を聞き、私にはそれが分かった。


 両者、一歩も退かず対峙する。しかしその在り方は対照的である。


 ――アドルファス王太子殿下は静かで揺るぎなく、アレックスのほうは苛立っており感情的。


 アレックスが忌々しげにアドルファス王太子殿下を睨み据えた。炎のように激しい怒りの感情を滲ませて。


「……へぇ、人の分際で私に勝てると?」


「まさかお前、僕が負けると思っている?」


 アドルファス王太子殿下がここまで重い空気を纏っているのを、私は初めて見た。先日ゲオルクにチカンされかかった時に、ものすごく怒っていると感じたけれど、その比ではない。凪いでいるだけに、重厚さが強調されている。


 私は圧倒された。特殊能力を持たない私ですら、アドルファス王太子殿下の存在は神がかっていると感じた。


 周囲の空気がさらに重くなる。向こうにいるアレックスの体から黒い邪念のようなものが噴き出し、アドルファス王太子殿下がそれを押し返しているのが私にも分かった。超常的な力がぶつかるさまは、夜だからこそ目視できたのかもしれない。


 ――バチン! 叩きつけるような音が響き、空気が軽くなった。


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